第25話 文化祭開幕
三連休を挟み、休み明けの朝。
普段なら気だるい雰囲気が教室を包んでいるが、今日はみんなテンションが高い。
なにせ文化祭一日目だ。すでに祭りは始まっている。
一日目の日程だが、午前中は各クラス毎の作業に当てられている。
一年生は合唱コンクールのみなので余裕があるが、二年生はクラス展示の飾り付けと合唱コンクールの最終調整。三年生は模擬店の準備、と忙しい。
昼食を挟んで午後からは、場所を市民会館に移す。そこで合唱コンクールと、吹奏楽部、演劇部の公演が行われる。
他のクラスはすでに展示物ができあがっているか、間もなくできあがるか、という感じだろう。
だがうちは、まだ発注したブツが届いていない。純夏さんは、今日の朝九時に持ってくると言っていたのだが、なにかトラブルがあったのだろうか?
その不安は的中せず、遅れたが九時半には“久住印刷”とロゴの入った軽ワゴンがゲートをくぐって学校の敷地に入ってきた。
荷物を受け取りに、俺を含めた男子数人と鏡花ちゃんが向かう。
「ご注文の品、お届けに参りました」
純夏さんが運転席から降りてきてそう言った。
まさか純夏さんが直接来るとは……。言っちゃなんだが、この人は直々に客前に現れないで、別の人に任せた方がいいような気がする。ゴールデンウイークで人手不足なのかな?
とはいえ、いつものようにタトゥーを晒しているわけではない。長袖のシャツを着て、指先まで覆う作業用のグローブ、顔にはマスク。
もしかしたら、三十分の遅刻は、タトゥーを隠せと守衛さんから怒られていたから……なのかもしれない。
「検品おねがいします」
そう言って、純夏さんは後ろのドアを開けた。
車の後部に大きめの段ボールが三つ入っている。
「ん~……ここで広げるのは良くなさそうなので~、教室で確認しましょうか~」
鏡花ちゃんの言う通りだ。外で広げて、汚れたら大変だ。
どうせ教室に運ぶのだから、どこで検品しても俺たちの手間は変わらない。
まぁ純夏さんからすれば、この場でさっさとやってくれと思うかもしれないが……いや、学校の中に入りたそうにしているぞ。
そうか。この人、小学校から不登校で高校には一度も通ったことがないから、学校が珍しいのか。
入学するのは絶対にイヤなんだろうが、仕事のついでに見物するくらいならやってみたい、と……気持ちはわかる。戦車に乗って戦いたくはないが、試乗体験くらいならしてみたいもんな。
「オレはこっち持つから、村雨はそっち持ってくれ」
と近くにいた男子に言われ、ふたりで段ボールを持つ。
思ったよりもズッシリ重い。
紙しか入っていないはずなのだが……まぁ紙でも数が集まると重くなるか。
段ボールの端を抱えたままふたりで横向きに移動し、階段を上って教室まで運んだ。
他の段ボールも別の人たちによって運ばれ、それからみんなが見ている前で開封の儀が行われた。
箱の中にはキレイに折り畳まれた分厚い紙が収まっていた。
紙よりは、まるで安物のカーペットのよう。表面がざらざらと毛羽立っている。
世の中にはいろんな勝っ身があるんだなぁ……。
その紙を床に広げた。
毛羽立った表面に色が塗られ、絵が印刷されている。図柄は、俺たちが本来作ろうとした地図とまったく同じ。
ちぎり絵とは微妙に違うが、これはこれで味のある地図になっている。
他の箱もたしかめる。
どれも設計図通りの図が印刷されている。
「どうですか?」
純夏さんの言葉に、クラスメイトたちが満足そうに頷いた。
「ええ、これなら展示できます。ありがとうございました」
と花束が全員を代表しお礼を言い、それから鏡花ちゃんが受け取り票にサインをした。
それから俺は、純夏さんに学校を案内するため、教室から離れた。
しかし純夏さんは、「どうせ明日も来るから、その時に見て回る」と言って、すぐに帰ってしまった。
教室に戻ると、みんなは地図を壁に貼って、そこに付箋を貼っていた。
「これはなに?」
と花束に訊くと、
「やっぱり印刷したそのままじゃさみしいと思って、少しアレンジを加えたいなって。注釈を加えたりとか。ってことで、奏もなんか書いて書いて」
そう言われ、ちぎり絵の余りだろう色紙を渡された。
なるほど、アレンジか。それはいいアイディアだ。ひと手間でも加えると愛着が出てくるもんな。
さて、なにを書くか……。
他の人を見ると、おすすめのラーメン屋を書いたり、店をやっている実家のことを書いて宣伝したりしている。
俺はどうしよう? 母親がやってるピアノ教室のことでも書いておくか。
付箋を地図に貼ってからクラスメイトの様子を眺めていると、大場が教室の隅でひとりポツンとしているのを見つけた。
本来の地図を破いたのが軽音部のメンバーだということがバレて居場所がなくなった――というわけではなさそうだ。その場合は、悪い意味でひとりにはなれないはずだから。
大場の手には、色紙とペンが握られていた。どうやらただ単にひとりで考えているだけのようだ。
「大場さんはまだ書いてないの?」
と、俺は近づいて話しかけた。
「……村雨。なんの用?」
「それまだ書いてないなって。全員が書かないと終われないから、早く書いた方がいいんじゃない?」
「あんたらとうちは敵対してるでしょ。話しかけないで」
「軽音部とは敵対してるけど、今はクラスメイトとして協力しないといけない立場だから」
「余計なお世話」
「別に世話してるわけじゃない。それを書いてくれないと、こっちは警戒を続けないといけない。また“やる”つもりじゃないかって」
「クラスのみんなは関係ないから、迷惑になることはもうしない。……しないように言ってある。そこは心配しなくていい。私はただ……これを書く資格が私にあるかわからないだけ」
「資格なんてないに決まってるだろ。でも義務はある。ちゃんと協力して、クラスに敵対してないってことを示してもらわないと。そうでもしてくれないと、俺が知ってる情報を公表しようかな。文化祭に水を差したくはないから、終わってからがいいかなぁ……」
文化祭前に事実を公表すれば、祭りの終わりと同時に糾弾も区切りになるかもしれない。
だが、終わってから公表すれば、区切りをどこでつけたらいいかわからず、きっと長引くだろう。
「あと、今の地図になにかあったら、金は軽音部で払ってもらうよ。逃げられると思わない方がいい。タトゥーだらけの怖い人がどこまでも追いかける」
「あの印刷会社、そんな連中と付き合いがあるところなの? あんた、なんてところと取引を……」
大場が舌打ちをした。
タトゥーだらけの怖い人ってのは、もちろん純夏さんのことだ。俺は別にウソは言っていない、勝手にヤクザと勘違いした大場が悪いのだ。
「まぁそういう展開を望まないなら、ちゃんとクラスメイトとしてやるべきことをやって。もちろん、それは展示のことだけでなく、合唱コンクールでも。もし余計なことをしたら、取り返しがつかないことになるかもね」
「……わかった」
大場は観念したらしく、紙にペンを走らせた。
その中身には別に興味がないので、俺は大場の近くから離れた。
「なんの話をしてたの?」
と、花束が聞いてきた。
「釘を二本刺しておいた」
「釘? 二本って?」
「一本は展示の安全保障。もう一本は、合唱コンクールで余計なことをしないように。途中で奇声を上げられて台無しにされたらたまらないからね」
「さすがにそこまではしないと思うけど」
やってもおかしくないんだよなぁ、今までの軽音部からすると。
まぁ、今の釘刺しで大場はもう動けないだろう。
獅子身中の虫なので特に厄介な相手ではあるが、身中にいるので牽制も効く。大場のクラスでの安全を人質にできたので、工作員としての彼女はもう死に体だ。
人質がいれば、軽音部も俺たちにイヤがらせをすることはもうできまい。
「ねぇ合唱コンクールはいいとして、展示の安全保障って?」
「……あ」
しまった、これは失言だった。
「もしかして、本来の地図を破いたのって……」
「しっ。静かに……花束が気付いた通りだよ。実行犯は大場さんじゃなくて軽音部の別のやつだけど。まぁ共犯と考えていい」
小声で耳打ちすると、花束も同様に耳打ちで返す。
「……どうして教えてくれなかったの?」
「花束に不快な想いをさせたくなかったから。金曜日の精神状態でそのこと話してたら、かなりヤバかったろ?」
「まぁたしかにそうだけど……その気遣いはありがたいけど、そんな大事な話を黙ってるのはなしだよ」
「わかった、ごめん」
「他に黙ってることは?」
「ない」
「そう、ならいいわ。できるなら、この場で大場さんを吊るし上げたいところだけど、まぁ今は勘弁してあげる。どうせ明日、軽音部をまとめて公開処刑できるんだもの」
三日間開けたことで、花束の精神状態はかなり落ち着いている。目が血走っているとかもない。
……今の花束なら、大丈夫かもしれない。
前に思いついたが、さすがにクラスメイトたちに悪いと思って、軽音部がさらになにかしない限りはやらないと誓い、保留した作戦がある。
だが、敵の方から一線超えた。そして、三日間の連休で花束はメンタルをしっかり回復させてきた。
今なら、あの作戦を実行してもいいかもしれない。
「なぁ花束。ここまで敵に先手を取られっぱなしだっただろ? 合唱コンクールでは、こっちから仕掛けてみないか?」
「合唱コンクール? 奏が相手の……飯田さんだっけ? の心をピアノの腕前でポッキリ折るつもりなのは知ってるけど、それ以外になにかするつもり?」
「ああ。あいつらの度肝を抜いてやろうと思って。お前らが相手にしようとしてるのは、どんなに恐ろしいやつらなのかってことを教えてやりたい。そのために、花束には俺以上に無双してもらいたい」
「へぇ」
「どうせ明日のステージであいつらをワカラセてやるが、なんなら今日のうちにやってしまいたくないか? 今の段階で圧倒的実力差があることを理解しても、今さら明日の対決はキャンセルできない。そうしたら、あいつらは震えながら今日の夜を過ごすことになる。死刑執行を予告された死刑囚みたいに」
「なにそれおもしろそう。具体的になにするの?」
俺がその計画を話すと、花束はにたりと邪悪な笑みを浮かべた。
「おもしろい。これを実行すると伝説になるわね」
「また多数派工作が必要だけど、頼めるか?」
「任せて」
花束はクラスの陽キャグループのところに行き、さも文化祭を盛り上げる名案があるとばかりに話を始めた。
あっちは花束に任せて大丈夫だろう。
軽音部よ、お前たちはちょっとやりすぎた。
普通の相手なら、こんなイヤがらせをされたらビビって降伏するのかもしれない。
でも俺も花束も、そういうタイプじゃない。
右の頬を殴られたら、左の頬を全力でぶん殴ってやらないと気が済まないタイプだ。
お前たちがやりすぎたせいで、俺たちの闘争本能は、すっかり燃え上がってしまった。
煉獄の炎は、罪が燃え尽きるまで治まることはない。
軽音部のプライドを完全に叩き潰し、もうやめてくれと叫ぶまで燃やし尽くしてやる。
それは合唱コンクールから始まる。
“合唱”コンクールを、俺たちのワンマンライブに変えるところから始まる。
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