第24話 久住純夏
純夏さんが笑うと、頬のタトゥーが形を変えて少し不気味になる。
「奏に作曲してほしい」
「作曲?」
「私が今やってるバンド、作曲できるやつがいないんだ。まぁいると言えばいるんだけど、浅くてつまらない。こう見えて、実は私は、作曲家としての奏のファンでさ。どうしてもあんたの新曲がほしいのさ。あんたが作曲してくれるなら、金は払わなくていいよ。私が個人で立て替えてやる」
「物々交換ってこと?」
「お得だぜ~。どうする?」
「どうするって……何曲作ればいい?」
「四曲は作ってほしい」
「多いよ。それだけ作るのにどれだけ時間がかかると思ってるの」
「イヤならこの話はなしで。他の印刷会社だと、うちより安い見積もり出してくれるところもあるんじゃない? まぁ楽曲との物々交換を受けてくれるところなんてないから、現金を用意しないといけないけど」
「ぐっ……」
時間がなく、金もない。
そんな俺たちは明らかに立場が弱く、選択肢もない。
「あの~、村雨くん。この条件だと、村雨くんひとりの負担になってしまいます。そういうのはよくないですので~、担任としては賛成できません。クラスのみんなには先生から謝りますから、お断りしましょう」
と、鏡花ちゃんが言う。
花束も、あきらめるしかないという表情をしている。
「おっと、私のこと悪者扱いしないでよ。この条件で一番負担大きいのは私なんだからさ」
純夏さんは、花束の恨みがましい目でにらまれ、そう言った。
たしかにこれで話がまとまれば、純夏さんが俺たちの代わりに会社に金を支払うわけだからな。負担が大きいのは純夏さんか。
それはそれとして……ちぎり絵の地図を破ったのは、軽音部の女子だ。
しかし、軽音部とのいざこざを作ったのは俺と花束で、クラスメイトたちは完全にただの巻き添え。
一番悪いのは軽音部だが、クラスメイトたちに俺や花束と同じ被害を与えるわけにもいかない。
俺はみんなよりも多少多めの負担を受け入れる義務がある……のかもしれない。
「わかった。作曲する」
鏡花ちゃんが断るように促してきたが、「いえ、もう決めましたから」と告げる。鏡花ちゃんは逡巡を挟んでから、俺を説得することをあきらめてくれた。
「さすが奏だ。覚悟が決まってる」
「その代わり、すぐに作れと言われてもムリだから。ある程度時間はもらうよ」
「わかったわかった。ま、夏くらいまでにやってくれたらいいよ。あ、それとついでなんだけど、文化祭って私も行っていい? どれくらい漫画みたいなことやってるのか気になるから見てみたい。学校でメイド喫茶って本当にやるの?」
「メイド喫茶をやるクラスあったかな? 覚えてない。というか、この人入校許可下ります?」
俺がそう問いかけると、鏡花ちゃんは「う~ん……」と唸りながら、頬から首筋、デコルテ、手首から指先まで広がるタトゥーを見る。
正直な話、全然知らない人が純夏さんを見たら、まず間違いなく近づかない方がいい人だと認識するだろう。
子どもは泣き出すかもしれない。
この量のタトゥーに恐怖しない小さな子どもの場合は、なにか起こる前にと親が子を抱えて走り出すかもしれない。
教育の場である学校に、これほど似つかわしくない外見の人は、まぁなかなかいないだろう。
別に悪人じゃないんだけどな。善人とも言わないけど。
「…………仕事をおねがいした業者さんですので、先生の方から校長に伝えておきます。たぶんなんとかなるでしょう」
しばらく考えた後、鏡花ちゃんは覚悟を決めたらしくそう言った。
教育者として、“人を見た目で判断してはいけない”を実践したのかもしれない。
そう、見た目で判断してはいけない。氷柱さんみたいに、ものすごい美人なのに内面がヤバい人はいるから。
「あ、氷柱さん……」
「は? 氷柱がどうかした?」
純夏さんが露骨に不機嫌になる。
ひとりだけスカウトを受け入れ、勝手に脱退したことをまだ値に持っているようだ。
「氷柱さんも文化祭にくるんだった」
「ちっ、あいつが……まぁあいつが来るからって、それで予定を変えはしない。それだと負けたみたいだから」
「ケンカしないでよ?」
「しない。そんなガキじゃない……もしもの時の仲裁役として、住吉も呼んでいいか?」
住吉は俺たちと一緒にバンドをやっていたメンバーのひとり。二メートル超えの巨人だ。
どちらかが手を出しそうになった時、住吉ならその巨体と怪力を活かして物理的になんとかしてくれるだろう。
「そう言うことで、もうひとり分おねがいします」
「あ、はい。わかりました~」
鏡花ちゃんがそう言って、忘れないようにメモを取る。
これで文化祭までの問題はすべてクリア……かな?
まぁケンカ別れしたバンドメンバーが全員揃うってことで、別の問題が起きそうな予感がするが……今は考えないでおこう。
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