第11話 やれやれだぜ
彼の名前は「代行屋ヨシダ」。
どんな依頼でも、代わりにやってくれる。
買い物、謝罪、告白、果ては結婚式の代理出席まで。
「あなたの代わりに、なんでもやります」がモットーだ。
僕が彼を知ったのは、会社の先輩の紹介だった。
「お前、あの人に頼んでみろよ。人生、変わるぞ」
最初は半信半疑だった。
でも、試しに「上司への報告」を頼んでみたら、完璧にこなしてくれた。
報告書も完璧、受け答えも丁寧、しかも僕より評価が上がっていた。
それから、僕はどんどん頼るようになった。
飲み会の出席、親戚の法事、役所の手続き。
全部、ヨシダさんが代わりにやってくれた。
「いや〜、助かります。僕、こういうの苦手で」
「気にしないでください。これが仕事ですから」
ヨシダさんは、いつも淡々としていた。
感情を表に出さず、完璧にこなす。
まるで、影のような存在だった。
*
ある日、僕はふと思った。
「……自分の人生、全部ヨシダさんに任せたら、どうなるんだろう?」
試してみたくなった。
仕事も、プライベートも、全部。
「ヨシダさん、僕の人生、丸ごと代行してくれませんか?」
「……本気ですか?」
「ええ。僕、もう疲れちゃって。あなたなら、僕よりうまくやれる」
ヨシダさんは、しばらく黙っていた。
そして、静かにうなずいた。
「わかりました。では、明日から私が“あなた”になります」
*
翌日から、僕は自由の身になった。
朝寝坊してもいい。
満員電車に乗らなくていい。
嫌な会議も、気まずい人間関係も、全部ヨシダさんが引き受けてくれる。
最初の数日は、夢のようだった。
昼まで寝て、カフェで本を読み、気ままに散歩。
夜は映画を観て、好きなだけゲームをした。
でも――
「……なんか、暇だな」
誰も僕を必要としていない。
誰とも話さない日が続く。
やりたいことは、すぐにやり尽くしてしまった。
ある日、会社の同僚から連絡が来た。
「お前、最近すごいな!プレゼンも完璧だし、部長に気に入られてるって噂だぞ!」
それは、ヨシダさんの成果だった。
僕じゃない。
でも、僕の名前で評価されている。
なんだか、胸がざわついた。
*
数日後、僕はヨシダさんに会いに行った。
「すみません、やっぱり……人生、返してもらえませんか?」
ヨシダさんは、少しだけ笑った。
「そう言うと思ってました」
「やっぱり、自分の人生は自分でやらないと、つまらないですね」
「その通りです。では、引き継ぎましょう」
彼は、分厚いノートを差し出した。
そこには、僕の“代行された日々”の記録が、びっしりと書かれていた。
「すごい……全部、完璧に……」
「当然です。私は、あなたの人生を“真面目に”やっていましたから」
「……ありがとうございます」
ヨシダさんは、立ち上がった。
そして、背を向けて歩き出しながら、ぽつりとつぶやいた。
「やれやれだぜ」
その背中が、やけにかっこよく見えた。
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