猫かぶり
ロボットには感情があると各地でデモが起こった。
多くの人が長い列をなして国会の前に鎮座している。叫び、泣き声、怒号。
様々な声がN博士に突き付けられている。渦中のN博士は国会で議員たちの大きな反対を受けながら言った。
「あれは感情なんかではありません。そういう風にプログラムしているだけです。」
ロボットへの暴行は見過ごせないものほどだった。多くのロボットの持ち主がロボットを買うと1週間で壊してしまう。そんな有様だった。彼らの多くはロボットを仕事の手伝いだとか家事の手伝いだとかでは買わなかった。彼らはロボットが人間へ絶対服従であるのをいい事にストレス発散のために殴るのだった。
N博士の研究室でもそれは同じだった。N博士はロボットを殴る事はしなかったが、他の人はそうではなかった。ロボットはN博士と会うたびにボコボコで現れた。N博士は会うたびに修理して元の綺麗な姿にしてあげるのだった。
N博士はいつもそれが気がかりだった。彼はロボットについて贔屓してやろうという気はなかったが、それでも可哀そうだと思っていた。
「なにかいい方法はないだろうか。」
N博士は漠然とした思いで呟いた。その時、後ろでガラスが割れる音がした。N博士は振り返るとロボットが薬品棚にぶつかった様子で、ロボットは慌てて右手を箒にすると破片の掃除を始めた。
「怪我はないかい?」
ロボットなのだから怪我なんてしないとわかっていたが、N博士は言った。
ロボットは電子的な声で「大丈夫です、すみません」と言った。
ロボットに感情はないとはいえ、一人で掃除する姿を見るとしょぼくれている様に見える。N博士の心にうっすらと罪悪感が訪れた。
その時、N博士の頭に一つのアイデアが出てきた。
ロボットに泣き声を追加するのはどうだろう?
殴った相手がそれを聞いて罪悪感を覚えれば、もうロボットを殴る様な真似はしないだろう。
ロボットのプログラムに暴力を受けると女性の声で泣くのを追加した。N博士は試しにロボットの頭を叩いてみた。
「痛いです、止めてください。」
そう言うとロボットから泣き声が出た。その姿はなんだか不気味だったが、N博士はこれでもロボットは安全だと思ったがせっかくなら万全を期したい。
ロボットを殴る人を見つけるのは簡単な事だった。N博士は部屋の隅に隠れると部下を自分の研究室に呼んだ。
「博士、来ましたよ。」
部下はそう言いながら、研究室に入った。が、部屋にはロボットしかいない。
「おい、ロボット。博士はどこに行った?」
「分かりません。」
「使えないやつだな。」
部下はロボットが床に倒れる程強く殴った。
ロボットは床に倒れたまま泣き声を上げた。
部下は驚いて部屋の中を確認したが誰もいない。
その声がロボットから発せられているとわかると、「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。泣かないでくれよ。」と言いロボットに駆け寄った。実験成功だ。
N博士はさっそくロボット会社に売り込みに行った。
ロボット会社のからの反応は悪かった。
ロボット会社にとって消費者がロボットを1週間で買い替えてくれる事はうれしい事この上なかったからだ。
しかし最終的にはロボット会社もN博士と同じようにロボットを可哀そうと思っていたらしく、ロボットが泣くプログラムは導入される事となった。
ロボットが泣くプログラムの効果は予想以上だった。ロボットが殴られる事はなくなった。その内におかしな主張がまことしやかに言われるようになった。
「ロボットに感情がある。」
N博士の発言を聞いて、国会の議員たちは大声でヤジを言った。
「彼らは新しい人間だ。」
「彼らに感情はあるぞ。」
「君は人間失格だ。」
N博士はじっとヤジが止むのを耐えた。両手は掌に爪が食い込む程に握りしめ、頭は極度の怒りでぼうっとしてきた。気づかないうちに頬には涙が伝っていた。
「あれはロボットに暴行をしてきた人に向けて喋るようにしたのです。ロボットに感情があるなんて言ってる人はロボットを殴った事のある人だけだ。」
N博士は言った。しかし、その声はヤジの声の中に消えいった。
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