殺虫剤

真っ赤なエア・カーが高速道路を滑るように走る。時速200キロの速度でフロントガラスに映る全ての景色を後ろに置いていく。自動運転で走るエア・カーは目的の高層ビルの前に到着すると静かに止まった。運転席から女性が降りてきた。女性は綺麗なブロンドの髪を持つ絶世の美女だ。手に持っていた煙草を吸うと、道路に捨てた。道路に転がる煙草は甲虫に覆い隠されて食べられた。

 女性が自分の部屋の扉を開けると、後頭部に銃を突き付けられた。

「暗殺者ね。」

女性は言った。扉の裏に隠れていた暗殺者は銃を向けたまま女性の前に回った。しかも抜け目なく扉にはしっかりと鍵をかけた。

「博士。貴方が見つけた甲虫には私たちは困らされているのですよ。」

暗殺者は言った。


高層ビルの窓から道路を見ると、ただ何の変哲もない道路に見える。しかし、光の当たり加減では魚の鱗の様に細かい粒が敷き詰められて“道路”を形づくっている。鱗の様に見えるものは小さな甲虫だ。この小さな甲虫はなんでも食べて、単為生殖で増殖する特徴を持つ。この甲虫の発見は世界をひっくり返すものだった。というのもこの甲虫は本当になんでも食べ、生ごみやプラスチックごみ、果ては核廃棄物まで食べ尽くしてしまう。その食欲を買われてごみの処理、道路の掃除に活用された。


「ごみ処理会社の人の依頼でしょ。」

女性は言った。暗殺者は答えなかった。その代わりに銃の撃鉄を起こした。

「私を見逃して下さらない?」

女性は言った。暗殺者はそのまま銃で撃ってしまう前に少し話を聞いてやる事にした。

「そこのバッグにお金が入っているから。」

女性が指さすと暗殺者は気を付けながらバッグの中身を見た。中には大量のお金と着替えと香水、歯ブラシなどが入っている。頭の中でお金と暗殺者としてのプライドを計算すると、暗殺者は女性に銃を向けるのをやめた。


 暗殺者はお金の入ったバッグを持つとそそくさと部屋を後にした。部屋に一人残された女性はポケットから煙草を一本、取り出して吸った。そのまま窓辺によると道路の様子がはっきりと見えた。高速道路を走る一台の車。恐らく暗殺者の車だろう。その車が通った後に一本の赤い線が出来上がっている。それは道路の甲虫が真っ赤なお腹を空に向けて死んでできた線だ。

 女性は窓を開け、天井についているファンを動かした。彼女は鼻が慣れてしまって気が付かなかったが、この部屋は開発途中の殺虫剤の匂いでいっぱいなのだ。そしてその部屋にいた人もまた殺虫剤の匂いが移ってしまうのだ。

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