星砕きのノア ——歌姫と駆ける鋼鉄のクロニクル——

@homare_noah

第一章『鋼鉄の墓標と銀の歌姫』

第1話:沈黙の黒騎士

「――死ね」


 無機質な思考と共に、俺は操縦桿(スロットル)を押し込んだ。


 爆音。

 背部ブースターが悲鳴のような咆哮を上げ、数トンの鉄塊を無理やり前方へと押し出す。

 強烈なGが全身をシートに押し付ける。肺の中の空気が絞り出され、視界の端が明滅する。だが、そんな生理現象などどうでもいい。


 目の前には、敵がいる。それだけで十分だ。


『ガアアアアアッ!』


 スピーカーから、敵機「ガルーダ」のパイロットの狂乱した叫びが聞こえる。

 ノアⅦ(セブン)から参戦した、白銀の疾風。美しい流線型の機体は、今やオイルと煤(すす)に塗れ、見る影もない。


 俺の愛機、漆黒の重星装機(ヴァリドール)「ベオウルフ」は、ガルーダが放つビームライフルの雨を、分厚いシールド一枚で強引に突破する。

 装甲が焼ける臭い。衝撃で軋むフレームの音。

 それらが俺の脳髄を痺れさせ、生きているという実感を無理やりに叩き込んでくる。


(遅い……)


 ガルーダが回避行動に移る。

 右だ。ウイングバインダーの角度、スラスターの噴射炎。奴は右へ旋回し、こちらの背後を取ろうとしている。

 まるでスローモーションのように、敵の挙動が見える。


 俺は反射的に機体を左へ――敵の予測軌道上へと滑り込ませた。


「なっ!?」


 通信機越しに、驚愕の声。

 ガルーダのセンサーがこちらを捉えた時には、もう遅い。


 ベオウルフの右手に握られた巨大なヒート・バトルアックスが、唸りを上げて振り下ろされる。

 熱量によって赤熱した刃が、紙屑のようにガルーダのウイングを断ち切り、そのまま肩口へと深々と食い込んだ。


 鋼鉄が断末魔を上げる。

 火花がアリーナの空を焦がす。


「ぐあぁぁぁぁっ!」


 敵機がバランスを崩し、地面へと叩きつけられた。

 追撃はしない。いや、する必要がない。

 コクピットブロックの真横、動力パイプだけを正確に断ち切った。これで奴は動けない。


 土煙が舞う中、ベオウルフはゆっくりと残心を行い、沈黙する。


『勝負ありッ!! 勝者、ノアⅣ(フォー)所属――カイトォォォッ!』


 実況のアナウンスが響き渡ると同時に、観客席から地鳴りのような歓声が爆発した。

「黒騎士!」「沈黙の死神!」「強えぇぇぞオイ!」


 熱狂。興奮。欲望。

 賭けに勝った者たちの絶叫と、負けた者たちの罵声が混ざり合う。


 俺――カイトは、コクピットの中で深く息を吐いた。

 汗がバイザーの中に垂れる。心臓が痛いほど脈打っている。


(……終わったか)


 勝利の喜びなど、微塵もない。

 あるのは、今日も生き延びてしまったという、重苦しい徒労感だけ。


 モニターの端に、勝利者として俺の顔写真が表示されている。

 鋭い目つきに、無愛想に引き結ばれた唇。

 「沈黙の黒騎士」。人々は俺をそう呼ぶ。

 無敗の英雄。だが、その中身は空っぽだ。


 俺は、過去の悪夢から逃れるために戦っているに過ぎない。

 コックピットを出て、アリーナの喧騒を背に薄暗い通路へと向かう。

 光の当たる表舞台から、油と鉄の臭いが染み付いた整備区画へ。そこが、俺の本当の居場所だった。

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