9-2. いやいやいやいや
「ええ……ええ……大丈夫です。遊撃隊、行動を開始します」
潮騒の中でシズの声が小さく聞こえてくる。
俺達がいるのはハリアの港に面した建物の陰だ。ハリアに到着した一行はそれぞれの小隊に分かれて所定の位置に向かった。第五から第七小隊は造船所へ、遊撃隊は龍の居座る政庁舎へ。
開始の合図を告げたシズの耳には神聖術に似た光輪が浮かんでいる。第五小隊長の〝伝心〟という祝福らしく、指定した人間と遠隔での会話を可能とするものらしい。電信機構の存在しないカナタにおいてこの祝福の恩恵は大きい。
「行きましょう」
「……」
シズの掛け声で建物の陰を出たところで、後ろにいたリオが止まっていることに気付いた。
「おいリオ、何やっているんだ」
見ればリオは胸に手を当てたまま立ち尽くしていた。その胡乱な表情はいつもの聡明なリオの印象とは程遠い。
「リオさん?」
「え……あ、ああ! ごめん」
シズが声をかけてようやくリオは我に返った。政庁舎までは距離があるので多少騒いだところで問題は無いものの、出だしには不安が残る。
「どうしたんだ一体。朝からなんか変だぞ」
「緊張かな。なんだか体がふわふわしているんだよ。ごめん、気を付けるって言ったのに」
リオは今朝からずっとこんな調子だ。ようやく辿り着いた故郷に感慨が込み上げてくるのも分かるが、任務に集中してもらわないと討つべき仇も討てなくなる。
移動を再開した俺達の前には荒れ果てた街が広がっている。燕脂に白を基調としたカラフルな建物は青い海と相まってさぞ風光明媚な様だったろうが、それは龍の支配する十年ですっかり失われてしまった。
「にしても重いなこれ……」
肩に担いだものを上目に見ながら呟く。
それはビニールシートのような黒い敷物だ。なぜそんなものを担いでいるのかと言えば、この敷物を龍の誘導に使うからに他ならない。
そもそも生身の人間の足では龍の機動力に敵うはずがない。それは翼のある無しに関わらず、ブレスの射程距離や体力的な問題もある。そこでササキ氏から渡されたのがこの敷物だ。風術を動力に浮遊移動が可能になる、簡単に言えば魔法の絨毯。
もちろん制約はある。浮遊できるのは地面からちょっとの高さだけで、風術を行使し続けなければ動かず、いざ動かしても軌道の修正もろくに効かない代物ときている。
しかし、この世界の主たる機動力である獣車は龍を恐れてろくに近付けないために、そんなガラクタにもお鉢が回ってきた。
「そろそろです」
政庁舎のある高台の麓に到着した俺達は、息を潜めながらゆっくりと坂を登っていく。政庁舎への道は何の変哲もないはずなのに、そこにいるであろう存在によって異様な雰囲気を醸し出していた。
「ここから先は広げて持っていこう。二人とも準備を——」
担いでいた敷物を広げながら二人に言いかけて違和感を覚える。二人とも空を見上げたまま動かない。その時点でもう嫌な予感は確信に変わっていた。
「そっちかよ……!」
見上げた視線の先、快晴の空には銀色に輝く巨影が浮かんでいる。それは紛れもなくこの世界の生態系の頂点に立つ生物の姿だ。
「二人とも乗れ‼︎ 麓で相手をするぞ‼︎」
作戦を切り替えるためにシズとリオに向かって叫ぶ。
政庁舎に到着した時点で龍が飛行している場合の作戦は決められている。高台から麓に移動して遮蔽物を利用しながら龍が降りてくるのを待つというものだ。
ただ、そもそも作戦開始で龍が政庁舎にいることは視力増強の祝福を持つ隊員により確認されていた。龍が飛翔すれば俺達でも気付くはずだ。
「こちら遊撃隊! 対象はすでに飛行状態のため対空誘導に切り替えます! 以降の状況は——」
「ちょ、ちょっと待ってシズちゃん!」
シズの〝伝心〟への連絡を遮ってリオが声を上げる。
「あいつ、造船所に向かってる……!」
リオの言うとおり、龍はそのまま滑るように空を飛行している。そして造船所の真上で停止したかと思いきや、直後に急降下を開始して……。
「皆さん‼︎ そちらに龍が‼︎」
叫ぶシズの耳元に浮かんでいた〝伝心〟がノイズによって激しく揺れる。
坂から見える造船所の光景は壮絶だ。龍の巨躯が暴れ回り、どちらが行使したのかも分からない魔術が飛び交う。地鳴りに爆裂音、建物の倒壊する轟音が遠く離れたこちらにも響いてくる。人の悲鳴が聞こえないことがせめてもの救いか。
ついには〝伝心〟の光が消え、俺達は顔を見合わせた。
「私達も造船所へ向かいましょう‼︎ 皆さんを助けないと‼︎」
「分かってる‼︎」
シズの臆することのない言葉に気後れしないよう、広げていた黒敷物に足を乗り出す。だが、同じように首肯すると思っていたリオの様子がおかしい。
「いや……」
「どうしたリオ! 早く造船所に——」
「いやいやいやいやおかしいって‼︎ なんで……」
泣くとも笑うともつかない顔でリオが坂を見上げている。嫌な予感もここまで来れば、むしろ当然の帰結とすら言える。
「なんでこっちにもいるのさ!?」
リオの視線の先、そこには蒼白色に輝く二体目の龍が俺達を睥睨していた。
***
その巨躯を見上げながら最初に思ったことは『第四小隊の役立たず』だった。
次に頭に浮かんだのは『最初から嫌な予感はした』だ。
そして最後に口から飛び出した言葉は、
「逃げろリオ‼︎」
蒼白龍の口から閃光が放たれる瞬間、俺はリオの体を抱えて飛び退いた。そのまま二人で坂を転がり、背中に走る衝撃と共に止まる。痛みに途切れそうな思考をかろうじて繋ぎ止め、なんとかリオを引っ張り起こして近くに残っていた建物の影に隠れる。
「ふざけんな! 今度は光術かよ!?」
頭に浮かんだクレームをそのまま叫ぶことで痛みと恐怖心を紛らわす。
「リオは無事か!? シズは!? あーくそったれ!」
自棄と紙一重の大声はしかし、この場においては頗る有効だった。
「シラセさん! 私は無事です!」
少し離れたところから声が聞こえてくる。見れば遮蔽物に隠れるシズの姿があった。蒼白龍も標的を見失ったせいか追撃は仕掛けてこない。
「く……くく……」
シズの無事に安堵したのも束の間、リオが肩を震わせていることに気付いた。
「リオ……?」
「あっはははははは! 傑作だ! こんな面白いことはないよ! まさか家族の仇に家族ができているなんてね!」
「はあ!?」
「いやいや分かるだろう!? ここが龍の棲家になってから十年も経ったんだよ!? そりゃあつがいだってできるさ! いやもしかしたら子どもかも」
先ほどの俺よりも激しいリオの感情の発露。だが驚いたのはそれだけではない。
「お前、口から血が……さっきの光術が当たったのか!?」
「うん? ああいや、これは大丈夫さ。しかしこんなことすらも愉快だよ。本当に、本当にね‼︎」
「リオさん……!?」
リオの態度はあまりにも不可解で、俺だけでなくシズも呆気に取られていた。
だが、考える間も無く事態は変化する。
「行くよシラセくん‼︎ 今ここで家族の仇を討つ‼︎」
「な……おい馬鹿‼︎」
止める暇もなくリオが建物の影から飛び出す。そんなことをすれば格好の的になるぐらいリオなら分かっているはずなのに。
案の定、標的を補足した蒼白龍の口に光術の魔粒子が集まる。昼間だというのに、坂の上から降り注ぐその光はまるでスポットライトのようにリオを照らす。
光の中でリオは静かに振り向いて、
「……リョウは、わたしを助けてくれないの?」
その顔は今にも消えてしまいそうな儚いもので、
「リオッッッ‼︎」
「リオさん‼︎」
俺の叫びは届かなくて、シズの悲鳴も虚しく響いて、放たれた光線がリオを貫くその瞬間。
「——なんてね」
一瞬にしてリオの姿が消え、光線が目の前を横切っていった。
「あっははは‼︎ 気を付けるって言っただろう!? 好機到来だよ‼︎」
すぐさま同じ場所にリオが現れる。どうやら光線を躱したらしく、そのまま蒼白龍のいる政庁舎へと向かっていく。ついてこいと言わんばかりのその背中に俺は頭を掻きむしる。
「わっけわかんねえよ‼︎ ふざけやがって‼︎」
なんなんだあいつ。笑ったり泣いたり、言っていることとやっていることが無茶苦茶すぎる。
「待ってリオさん‼︎」
混乱する俺を差し置いてシズが地面を蹴っていた。
「お前もかよシズ‼︎ あーもうどうにでもなれだ‼︎」
想定外に想定外が重なって半ばやぶれかぶれに政庁舎への坂道を登る。すでにリオの姿はなく、辛うじて蒼白龍の頭が高台で動くのが分かるのみ。咆哮と魔術の音に笑い声が混じる。
「リオのやつ一体どうしたんだよ!?」
「私が知るわけないじゃないですか‼︎ とにかくリオさんをお守りしないと‼︎」
追いついたシズと言葉をぶつけ合いながら坂を登り切る。
政庁舎は両翼の張り出したコの字型の建物だった。人を招き入れるようなその形状は、現在のハリアを支配するものにとっての玉座にも見える。
そこに鎮座する蒼白龍は今まさに魔粒子を溜めて光術を行使しようとしていた。その標的は目の前で膝をついて項垂れるリオだ。
「シズ‼︎」
「分かってます‼︎」
間髪入れずにリオの前方に光の壁が出現する。だがこの距離ではリオを護るには足りないと直感で分かる。シズに声をかけた時にはすでに足が動いていた。蒼白龍の光術がシズの光護を貫く瞬間に、メイスを両手で持ってその光の中に飛び込む。
「ぐうっ‼︎」
とんでもない衝撃と熱が体を襲う。閃光で目の前が真っ白に染まる。
「なめん……なっっっ‼︎」
叫びながら無我夢中でメイスを振り抜く。光線が弾けて視界が開けた途端、蒼白龍の翼へと晶塊が衝突するのが見えた。皮膜から血を流した蒼白龍が悲鳴を上げて後退する。
「二人とも下がってください‼︎」
「分かってるよ‼︎ 立てるかリオ!?」
シズに急かされながら、俯いたまま動かないリオの肩に手を置いてようやく気付く。
「お前、この血は……!?」
リオの肩からは夥しい血が流れ、旅装を赤く染めていた。
「あ、ははは……やられちゃった。いやー失敗失敗」
「笑い事じゃないだろ‼︎ さっきからおかしいぞお前‼︎」
「……アークル・シオル‼︎ シラセさん何やってるんですか!?」
シズの水術が頭上を通過する。しかしもう蒼白龍の悲鳴は聞こえない。後ろを振り向いている暇はなく、リオに肩を貸して引きずるようにして運ぶ。
「——ね。わたし」
「ああ!?」
「情けないよ……。舞い上がって勝手に突っ込んで……」
「うるせえな‼︎ んなこと言ってる場合じゃねえよ‼︎」
どいつもこいつも情けない情けないと。情けないのは昔の俺だけで十分だ。
「シズ‼︎ リオを頼む‼︎」
「待ってください‼︎ また……」
「心配すんな‼︎ もう負けねえ‼︎」
根拠はない。アイザを出てから少しは強くなった気はするが、所詮は素人に毛が生えた程度。最悪あの時みたいにいっぺん死んで闇術を思い出せれば御の字。今はまず死にかけのリオを逃すことが——
「いいから来て‼︎」
「ぐうっ!?」
蒼白龍と対峙しようとした途端に襟口が勢いよく引っ張られた。
「自己犠牲なんて求めていません‼︎ リオさんはシラセさんが運ぶんです‼︎ ……イルファ・エ・フエルテ‼︎」
シズの焔術が蒼白龍の鼻先で爆ぜ、黒煙が視界を奪う。
「走ってください‼︎ 坂まで戻れば——」
だが、シズが走り出そうとした瞬間に強烈な風が高台に吹き付けた。それが蒼白龍の羽ばたきによるものなのは確かめるまでもない。
滞空状態に移行した蒼白龍の口には魔粒子が煌めく。空振が耳をつんざいて光線が放たれようとした、その時。
「
突如、背甲に衝撃を受けた蒼白龍がしなるように墜落する。軌道の変わった光線が真っ青な空に吸い込まれていく。
蒼白龍の背甲には人影。紅白の髪をなびかせ、手には年季の入った木刀。
……おいおい、こんなの漫画のヒーローじゃないか。
「いっつも死にそーになってんな、シラセ!」
クロセドで別れたはずのカイが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
***
「カイくん‼︎」
「むぐっ……ひ、久しぶりっすシズさん」
龍の背甲から飛び寄ってきたカイにシズが抱きつく。
「もう! 勝手に消えないでください! どれだけ寂しかったか……」
「それについてはさーせん。オレもいっぱいいっぱいだったんで」
「……カイ、いいのか?」
「あー、そうだな。いつまでもウジウジしてたらヒサに叱られちまう」
「分かった。俺もお前が戻ってきてくれて嬉しいよ」
カイの本心は分からない。だから、俺達ができるのは歓迎することだけだ。
「カイくん……」
傷口を抑えながらリオは弱々しく呟いた。
「リオさん、あんたには聞きたいことがあるんだよな。でもまーその前に……」
カイはリオを流し目に見てそのまま振り返り、
「あいつをぶった斬ってやる……よッ!」
地面を蹴って再び蒼白龍へと突撃する。
「手ェ貸せシラセ! シズさんは光術!」
「ああ‼︎」
「分かりました‼︎ ケリト……」
カイの背中を追う俺と後ろで詠唱を始めるシズ。
蒼白龍が咆哮とともに尾を振るい、砕けた政庁舎の瓦礫が飛来する。シズの光護が発動してそれを防ぐ。カイが地面を滑るように移動し、木刀でしなる尾先を斬り落とす。
だが蒼白龍も怯まない。魔粒子を集めた翼から今度は無数の光矢をカイに浴びせかける。
「んなもん! 効くかよォッ!」
それを木刀で弾き落とすカイ。一向に仕留められない標的に蒼白龍の意識が集中する。完璧なタイミングだ。ずっと二人で前線を張ってきたからこそ分かるお互いの意図。
そしてそれはシズも同じこと。
「喰らええええっ‼︎」
「エナス・エ・ギルト‼︎」
振りかぶったメイスにシズの晶術が纏わりつく。そのメイスをカイに気を取られた蒼白龍の鼻先目がけて全力で振り抜いた。
「っぐ……‼︎」
反動がモロに全身に伝わる。だがその効果は絶大だった。悲鳴を上げて蒼白龍がよろめく。
「上出来だぜ、シラセ」
消失する魔粒子の中ですでに反撃体勢をとるカイ。木刀を低く構えたあの姿は、オリヴェルタの幽鬼討伐の時と同じ。
「我が血と魄により罪を禊ぐ——
その抜刀は、常人の俺には捉えることすら叶わず。
気付けば、刎ねられた蒼白龍の首が宙を舞っていた。
***
血飛沫が装備を赤く染めるのに時間はかからなかった。
蒼白龍の胴体は頭部を失ったことに気付いていないかのごとく動き回り、玉座たる政庁舎にぶち当たり、そして最後には力無く地面に沈んだ。
「……」
神速の居合を繰り出したカイは木刀の血を振り払い、無言で蒼白龍の遺骸を眺めている。これまで何度も龍を斬りたいと話していたのにその表情は晴れない。
「どうした? そんな浮かない顔して」
「なんつーか、あんま嬉しくねーなって」
カイは遺骸に触れながら答える。
「遠くから見てたんだけどよ、あっちにも別な龍が飛んでっただろ? こいつはアイザで見た奴ほどでかくねーし、もしかしたらあっちの龍と家族なんじゃねーかな。そんで、もし兄妹だったらって思っちまった」
「それは……」
確かにその可能性はある。リオは夫婦か親子と評していたが、同じ腹から生まれた兄龍に妹龍と考えることもできる。
「龍にんなこと言っても仕方ねーんだけど。でもそー思ったら素直に喜べねーもんだな」
「優しいですね、カイくんは」
会話の輪にシズが混ざる。その隣には応急処置の済んだ肩を抑えるリオもいる。幸いにもリオの傷は浅かったようで、顔の血色は良く目にも光が戻っていた。
「別に優しくなんかねーよ。もう斬っちまったし」
「……行こう。造船所のみんなを助けないと」
感慨に耽るカイに声をかけて踵を返す。
「ここにいたら危ないし、シズはリオと街のはずれに行ってくれ。カイは俺と一緒に——」
「待てよ」
カイが俺の声を遮った。それは先ほどの優しさを含んだものとは違う、鋭さを帯びた声だ。
「……どうした?」
「シラセじゃねー。リオさん、あんただよ」
カイは満身創痍のリオに視線を向ける。
「さっき言ったろ? 聞きたいことがあるって」
「そんなの後でも——」
「いや後じゃダメだ。ここではっきりさせとかねーと、シズさんと二人になった時に何するか分かんねーからな」
「は?」
「カイくん……?」
カイは俺やシズを横目に見ながらリオへの注視は絶やさない。
「オレ、お前らと別れてクロセドに残ったあと街の連中に聞いて回ったんだよ。あの夜に何か見たヤツはいねーかって。……いたよ、一人だけな。最初の日に聖堂の前で処刑されてた男の兄弟だった」
クロセドの聖堂跡で起こった、思い出したくない光景がカイの言葉によって蘇る。
「そいつは黒示教が消えたんで死んだ家族の弔いに来たんだってよ。んで、オレとシラセが消えてから包帯の女が戻ってくんのを見た。そこまではシズさんも覚えてるよな?」
シズはカイの確認に無言で頷く。
「そっからシズさんは気ィ失って、包帯の女はヒサの首を掴んだ。……でもおかしーんだよ、ヒサには〝憐愛〟があるからな。ヒサが本気でお願いすればどんなヤツだって言うことを聞くのは、生まれた時からずっと一緒だったオレが一番よくわかってる。それは包帯の女だって例外じゃねーだろ」
「じゃあ、別な奴が……?」
「そーだよ。ヒサが包帯の女に気ィ取られているうちに後ろから襲ったヤツがいる——それがてめーだ、リオさん」
冷たい目と木刀をリオに向けるカイ。
「わた、し……?」
名指しされたことに驚き、目を見開いてゆっくりと後ずさるリオ。
「思えば初めっから怪しかったんだよな。王都で包帯の女が襲ってきた時に都合よく現れたり、クロセドでシラセに俺を追わせたり。さっきだって状況も考えずに突っ込んでっただろ? まるでシラセとシズさんにわざと厄介ごとを押し付けるみてーによ」
「待て、お前は一体何を言っているんだ……!?」
冷静に努めたつもりが意図せず語気を強めてしまう。混乱する状況が感情の抑制を許さない。
「シラセ、おめーは都合よく利用されたんだよ。好きなやつと同じ顔をしてるってんで、なんかあっても味方につけられると思ってたんだろ。今みたいにな」
「それは……でも、そんなこと……」
「ちょっと待ってください」
言い返せない俺に代わってシズが落ち着き払った声を放つ。
「カイくん、その人の話は信用できるんですか? 一緒に旅をしてきたリオさんよりも?」
「一緒に旅しても裏切ったヤツなんざ数えきれねーし、シズさんやシラセが珍しいぐらいだぞ。それにオレが聞き回ったのはクロセドだけじゃねーよ」
「それって……」
「王都だ。正直キツかったぜ、咎人のオレが誰かに話を聞くってのは。今までずっとヒサに甘えてたんだなって、そん時になってよーやく分かった」
カイの目に宿る鋭さが一瞬揺らぎ、そしてまた元に戻る。
「相手はシズさんの親玉んとこで働いてるアイザで会った女だ。リオさん、おめーが秘密にしとけっつったあの女だよ。そんでその女が妙なことを言いやがった。……『リオの姿を婚約者が死んでから見てない』ってな」
カイの口から出たその言葉に、心臓が大きく跳ねる。
「……その婚約者の、名前というのは?」
「カヤべ・ツカサ」
「な……!?」
衝撃が全身を襲う。カヤべ・ツカサ。茅部司。俺の友人にして、黒い花の咲く森で死んだ第三小隊の隊員。
「カヤべっつーのは〝魔声〟ん時に死んだヤツだよな。そんでそいつの復讐で包帯の女はオレたちを襲ってきた。それを助けたのがリオさんで、でもそのリオさんの婚約者がカヤべ。なんかおかしいよな? シラセ、包帯の女の名前はソーエルで、そいつがカヤべの婚約者って話だったろ?」
「そう、だが……。でもそれは、衛兵が嘘を……」
「ウソつく意味ねーじゃん」
「じゃあカイの聞いた話が嘘で……」
「だからそのウソに意味がねーっつってんだよ!」
声を荒げるカイの迫力に思わず竦み上がる。それでも頭の中ではまだ言い訳を考えていた。
「つーか、別にシラセに聞きたいわけじゃねーんだわ」
ため息をついたカイがその紅白の双眼を煌めかせる。
「リオさ……いや、リオルト・ウォル・ハリア。答えてもらおうじゃねーか。おめーは、誰だ?」
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