第2話 管理小屋の影

空き地での“送水塔大暴走事件”から10分後。

霧島町はもう、ちょっとしたパニック状態だった。


「道路が川みたいになっとるぞー!」

「役場に電話繋がらんのか!?」

「なんでこんな日に限って水道管が……!」


大人たちの怒号と困惑が飛び交う中、5人の子どもたちは空き地の草むらにしゃがみ込み、小声で作戦会議をしていた。


陽介が額の汗をぬぐいながら言う。

「とにかくさ、止めなきゃ。僕らが触ったのがきっかけなら、僕らで何とかしないと」


健人は青ざめた顔でプルプル震えている。

「む、無理だよ……。こんなの、大人でも無理だよ……」


茉莉はぎゅっと拳を握る。

「でもさっき、管理小屋に誰か入っていったよね。あれ、絶対怪しいって」


太一が冷静にうなずく。

「うん。送水塔の操作は本来、役場の職員しかできないはず。

誰かが勝手にいじってる可能性がある」


直哉は無邪気に言った。

「じゃあ、その人が止めてくれたらいいじゃん!」


太一は口をへの字に曲げる。

「もし“止める気がない人”だったら?

もしくは、最初からこうなるように……」


5人の背筋にゾワッとした風が吹いた。


陽介は、勇気を振り絞って言った。

「……行こう。管理小屋まで」


送水塔の裏手にある古い管理小屋は、思ったよりひっそりとしていた。

屋根のトタンは錆び、窓には蜘蛛の巣。

普段ここを使う人がほとんどいないことは一目でわかった。


茉莉がささやく。

「さっき誰かが入っていったんだよね……?」


太一が耳を澄ます。

「……中、静かだ。物音は〝しない〟」


健人がぐっと陽介の袖をつかむ。

「ねえ……やっぱりやめない? ぼく、なんか嫌な感じがする……」


直哉は胸を張る。

「お兄ちゃんがいるから平気!」


陽介は小さく息を吸い、そっと扉に手をかけた。

ギィ……と音を立てて、扉が開く。


暗い室内には、古い配電盤やパイプが並び、機械油の匂いが漂っていた。

床には、誰かの足跡がうっすら残っている。


太一が指で示す。

「これ……今日ついたばかりの足跡だ。やっぱり誰か来てる」


その瞬間だった。


奥の机の上で、古い無線機が突然ノイズを吐いた。


 ザザッ……ザ……

 「……計画……進行……問題なし……」

 ザザザッ……


5人が凍りついた。


茉莉が震える声でつぶやく。

「……今の、聞こえた……? 計画って……なに?」


太一は口を押さえながら言った。

「誰かが……この町の水道システムで、何かしようとしてる……?」


陽介は無線機を凝視し、心の奥が熱くなった。

「じゃあ……やっぱりこの暴走って、ぼくらだけのせいじゃないんだ!」


無線が途切れてすぐのこと。


管理小屋の外から、ザッ……ザッ……という砂利を踏む音が聞こえてきた。


健人が小声で叫ぶ。

「だ、誰か来るっ!!」


茉莉が陽介の腕を引っ張る。

「隠れて!!」


5人は咄嗟に、扉の横の大型ポンプの影へ身を寄せた。


その数秒後──

管理小屋の扉がギィ……と開く。


逆光で顔は見えないが、背の高い大人の男がゆっくり足を踏み入れてくる。

手には工具箱。

全身から“ただ者じゃない空気”が漂っていた。


男は無線機の前に立つと、低い声で言った。


「……まったく、ガキどもが余計な機械を触りやがって……。

だがまあ、計画には支障ない。予定通りだ」


5人は息を止める。


男は無線機に向かって続けた。

「……送水量はさらに上げる。町に“混乱”が広がるほど、こっちは助かる」


直哉が涙目になる。

(こわい……お兄ちゃん……)


陽介は弟の手をぎゅっと握り返した。


太一が囁くように言う。

「……この人、町をわざと混乱させようとしてる……!

そうなると、送水塔の暴走も……」


健人は震えながら言った。

「ぼ、ぼくら……どうすれば……」


茉莉は悔しそうに歯を食いしばる。

「わかんない。でも、このままじゃ町が危ない……!」


陽介は目を閉じ、覚悟を決める。


(逃げてもいい。でも……逃げたら絶対、後悔する)


目を開いた陽介は、仲間たちに小さくうなずいた。


「行こう。僕らで止めるんだ。

この夏、ぼくらが町を守るんだよ」


外では、送水塔の放水がさらに激しくなる音がした。

霧島町にこれから巻き起こる大事件など、まだ誰も知らない。

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