第4話 服従
無事コリアンテ領海に入り、潜水して身を隠したまま深夜は休息して夜明け前、プフェートことプー兄さんのナビに従い海上モードで西地区のヨットハーバーに係留。字面だけ見るとセレブだけど光景は……、うーん控え目に言ってもスラム。
軍人として隣国の情勢くらい把握しているけど、海遊中に端末で調べ直してみた。
コリアンテ王国はここ十年くらい内乱が続いて政情不安をアピってる。そこら中で撃ち合い、とかじゃなく今日はどこの基地に誰がグレネードを投げたと報道されるとか、ビミョーにだらけた、少しは死人の出るストライキ、くらいの騒ぎ。だからいつまでも続いてるんだけど。
王政のくせにコントロールできないのか? 政治と歴史と宗教とひいきのチームの話はNGと言われるように、庶民はこれらを誰かと語り合うことがないから、無関心と不勉強だからわりと認識がズレている。
シンプルな古代が分かりやすいから地球の実例を挙げると、ダイミョーが刀狩りする前の一揆はほぼ全部成功している。武器の取り締まりがなかったら、庶民が普通に武装していたら、
つまりガンショップとコンビニが並ぶ今時、独裁や恐怖政治は無理なの。お上が頼りないと庶民は文句を言って反乱を起こすこともあって、お上は庶民がガチギレして革命騒ぎまで発展しない範囲でなだめるわけ。庶民も「じゃあお前が王な」って言われても困るしお上がガチギレして全軍出動とか怖すぎだから安全ラインを反復横跳びするのね。
結果がこの有り様。文句はあるけど自分が政治をするのはイヤって自国民に荒らされたコリアンテ。多分少し未来のエクス王国もこうなりそう。一揆の中身知ってる? 全部ではないけど結構な割合で、オラ算数できなくて契約書も読めなくてヤミ金に手を出したらトイチの地獄だったから借金チャラになるまで地団駄地団駄示談はしねー、よ。これ悪いのお上?
誰が悪いって単純な話でもないけどね。コリアンテは東と西に分かれている。名称はあるみたいだけど東区と西区に定着している。そうね、東区がエクス王国王都の第一区画と言ったら分かりやすいかしら。
国土の東側が裕福な層、西側が貧しい庶民の層。東はエクス王国と政治経済的に繋がっていて、だから私たちは西にいる。オーケー?
「オーケー。つまり姉ちゃんは金持ってんだね。ありがてぇ」
「うん? なんでそうなるの?」
「わけありだから東区に行かないのであって行けないのではない」
「あら、言葉の裏を読むってなかなかできないことよ。お利口さんね」
「えへへ、ホントはいい船停めたの見てただけだけど」
ハーバーとマリーナの違いが分からないけどとりあえず船置き場を出た途端に絡まれた。戦闘力のない兄たちを船に残して正解。辺りはホントもう映像記録でしか見ないようなバラックだらけのスラム。入江は廃材の板を並べて二人乗り程度の舟が行き交い、どの建物も逆にどこから調達するのか不思議なトタンかなにかのツギハギが目立ち、舗装された道のほうが少なく固めた土には水たまりというか汚水。こんな場所にひとつだけ小綺麗な船置き場があって無事なのアヤシー。
結局のところ第一次第二次と次々に宇宙船の大船団を組んで、汚染のひどい地球を離れてテキトーな惑星をテラフォーミングして住心地を整えて、かなりの種類の怪我も病気も治せるようになって、高層建築にふんぞり返って進歩しまくったつもりになってもこの程度よ。
勝手に生きろと放置された人々はそのへんの枯れ木を集めて小屋や舟を作り、小魚をとり、何年前に作られたのか不明な服を着て、明日生きてる保証もなくて、金持ちを見かけたら襲おうとする。ゼロから始めたら一万年前となにも変わらない。無能の治める国の庶民に生まれたら身体ひとつで頑張るしかない。持てる側の私から見ると逞しくて眩しくもあるけどね。
「あら? こぶしに巻いてる鉄線? それ武器?」
「へぇ、これが武器ってよく分かったな。楽器に使われる鋼線だとさ。オレが使うと指でも手首でもスパーンと飛ぶぜ」
「ウフフ、カッコイイじゃない」
「おぉー、こいつの良さが分かるって姉ちゃんやるぅ」
「方向性がまるで同じ兄がいるのよ」
流石にプー兄さんが実装を企むロボットのロマン兵器リストに鋼線はないだろうけど。……ないわよね。
「んじゃーそろそろ姉ちゃん、怪我したくなかったら」
「ハイハイ、端末出して」
「そうそう、素直に出すもん出せば、てえぇー、ナニコレ」
私に絡んだ九人の小汚い集団は全員十代後半、かも知れないけど栄養不足のガリガリで前半に見える。キッズギャングとかそんな感じの呼び名でいいのかしら。私に物怖じせず話しかけてきたリーダーらしき子供の年代物の端末に所持金を振り込んだら驚かれた。
「どうかした? まさか両替できないとかじゃないわよね」
「こんな大金、なに考えてんだよ」
「おごりよ。いっぱい食べなさい」
人を見る目には自信があるの。肩までのびたボサボサの茶髪。何日も洗ってなさそうな日焼けした浅黒い肌。元の色は絶対違ってそうな赤黒いシャツ。スラムで生まれ育てばこうなるって想像通りの汚い身なり。
でも、瞳が濁ってない。他国のとはいえ軍服姿の私を脅してきたし、荒事に慣れてるふうだし、人を殺めたことすらありそう。なのにギラついた瞳は野心に燃えている。仲間と笑って暮らす未来を夢見て生きてる、そう見える。
軍にはこの正反対の堕ちた人がちらほらいる。多くの軍人はある意味自分から洗脳される。命を奪う罪悪感と命を奪われる恐怖、殺し合いに狂わないよう、世界の秩序がどうとか国を守るとか大義や正義を自分に言い聞かせ、赤い血も青い空もない、世界は白と黒の二色だけってわざと単細胞になって思い込む。あぁ、肌の色がどうとか下らないことを一生気にする木偶の坊にとっては三色か。
そこまで能天気になれない軍人、敵も同じ人間と感じてしまうまともな人は、例えばPTSDとか心を病んで退役する。優しい人は苦しんで病むけど、自己中は嗤って病む。快楽殺人者とは少し意味が違う、殺し合いのスリルで生を実感するとかそんな自分なりの戦う理由を作る。でも言葉でどう誤魔化しても正当化してもその瞳は濁って未来を映さない。
そして私も自己中。堕ちたかどうかは知らないしどうでもいい。自分がしたいからしたいことをする。そこに理由が必要って思わない。
しんどい環境で下を向かずに生きるこういう強い子は大好きよ。だから他愛のない手助けくらいお安い御用。
「なんで」
「お金なんて、持ってる人から貰えばいいのよ。大抵悪い人が大金を持ってるから世の中って上手くできてるわね。ホラ、財布のほうから来た」
「ラティシス・ウッドストック大尉ですね? お迎えにあがりました」
軍服を着た間違えようのない軍人が近寄り声をかけてきた。背後や横の建物の影にお仲間が……、四人。分隊行動していて残り四人はもう少し遠くから監視、というとこかしら。ああ、視線を感じる。屋根上に狙撃手ね見ーつけた。
目の前にそそり立つ軍人は身長二メートルを超えそうな巨漢。筋肉至上主義のパツパツな輪郭。ふんって力をいれたら漫画みたいに服が千切れ飛びそう。身長一六六の私の角度じゃ見にくい徽章を見ると分隊長だから男爵の家系か騎士爵か。コイツだけモブとは違うのだよモブとは、って無言で主張してるけど、ププ。ライオンが普段筋トレしてるとでも思ってるの?
「ププ」
「なにか?」
「ああごめんなさい。ベンチプレスする大きい猫を想像したら可愛くて」
「?」
「お迎えと言ったかしら。頼んだ覚えはないから回れ右して結構よ。ご苦労さま」
「ほう、コリアンテ軍が接触してきた理由は興味ないと?」
「エクス軍から私の身柄引き渡しの要求がきて欲が出たんでしょ。随分早く見つけちゃって、フフ、情報料は奮発したのね。そんなお金があるならもっとマシな使い途はいくらでもあるでしょうに残念な連中。まぁ私はそこそこ利用価値があるのかしら。最終的にエクスに引き渡して報酬ガッポリだとしても、その前にコリアンテの国民相手にCM出演でもさせちゃう? みんなのアイドル女帝ちゃんが軍についたから争いはやめて従いましょー、て」
「話が早くて助かる。ご同行願います」
「うっわこのコたちより国語力低いわね。回れ右して結構イコールお断りって聞こえない?」
「そちらこそ洞察力が低くて残念ですよ。力ずくで従わされなければ理解できないのかな?」
「あらあら、前フリってやつね。わざわざラティシス・ウッドストックってフォンを入れず、すでにエクスに貴族籍はなくなったからこっちにつけ、て匂わせたから期待しちゃったじゃない。貴族的な言い回しを指示したのは上官のほうかしら。どっちにしろたかが分隊で私をどうにかできると思ってるとか道化でしかないけど」
場が急速に冷えた。カチンときたの? 大きい猫の万分の一くらいはカワイイじゃない。
でもダーメ。お前のような瞳の濁った軍人はノーサンキューよ。
コイツからは濃厚な血の匂いがする。でもね、
「……お嬢さん、これが最後の説得です。エース待遇で迎えるのだから素直に応じて下さい」
「あらあら急に女のコ扱いでマウント? 笑止。このコたちに飢えない環境も作れない国が私に満足する環境を用意できるわけもない。昏君が私を跪かせようなどと身の程を知りなさい」
「ほう、そういうエクス王国は立派な国なのか」
「違うから今ここにいる。ホント察しが悪いわね栄養不足のこのコたちより脳に栄養いってないのかしら貧しい国は大変ねドンマイ」
「……」
おぉー、冷え冷え。つまり自信と暴力的な気配に溢れたマッチョなコイツは弱い者をなぶり殺しにしたことしかないタイプ。隊員にいたってはただの腰巾着。どうせ今まで軍内の汚れ仕事を引き受け続けて堕ちた病人よ。病名は誇大妄想癖症候群ってとこかしら。何人も殺した自分は強者のつもり。滑稽。
じゃ、現実を教えてあげる。
「ねぇ君、その鋼線貸してくれない?」
「え、(コソッ)姉ちゃん逃げろ、コイツやばいって」
あらぁウフフ。このコたち、この状況で逃げる機会を伺って息を潜めていたけど、私の心配までしてくれるの? 好感度バク上がり。
「大丈夫大丈夫、危ないからみんなその場を動かないでね。すぐ終わる」
「さっきから随分ナメ━━」
ちょっと強引に鋼線を奪ってナックルガードに巻くというか絡めて振り向きざまに抜刀。胸ぐらを掴もうとしたのかなんなのか、私に伸ばした巨漢の右腕を肘から斬り飛ばして前進。サーベルは柄が指の腹をこすりながらスッポ抜けたように慣性に任せてキャチボールくらいの穏やかさで上空へ。巨漢の左腰のホルスターからゴツイ拳銃を拝借。私は佩刀コイツは拳銃、このへんは好みで軍人による。兄二人は正式名称を詠唱できるのでしょうね。私は無理。拳銃だけでもどんだけ種類があるのよ覚えようとする意思が理解できない。撃てりゃいいのよ撃てりゃ。
親指でセーフティを外しながら左手でスライドを引くとチェンバーから薬莢が。おいコラ装填済みかよ始めから撃つ気マンマンかよ。のわりには近所のお仲間はホルスターに手をかけてすらいないの練度
前と右の二人に一発ずつ発砲。コイツは筋肉で反動を抑えてたのかしらウケるぅ。姿勢で撃つ、軍で叩き込まれる基本よ。
左の一人を撃つために向きを変えながら隣りに立つ邪魔な巨漢の膝裏を刈って跪かせる。まだ飛んだ腕を見て放心している。初動からコンマ五秒は経過しているのに神経ニブ。恐竜かな?
背後の一人もほぼ止まらず撃って一回転するとようやく遠方のスナイパーからライフル弾が。巨漢の身体で射線を切って狙いを胴体から頭に誘導していたから、マズルフラッシュ、火花が見えると同時に軽く屈んでかわしつつ、音速を超えて通り過ぎる半透明の射線と平行になるよう右腕ごと身体の向きを調整して発砲。レーザーサイト並みに分かりやすい照準のおかげでスナイパーの喉周りにヒット。
四回繰り返して沈黙。
あのさ、戦闘機の機関砲はこれより大きい弾が秒間百発飛んできて、ヘッドオン、対面だったら自分も音速を超えて飛んでるから相対速度が頭オカシクて、そんな弾幕の中を目印の曳光弾をヒントに予測しながら回避するのが空の戦いなの。ぶっちゃけ地上はスローモーションのサバゲーよ。
二秒足らずで八名ダウン。運が良ければ何人かは病院で蘇生するかもね。でもコイツは始末する。
私は拳銃を投げ捨て鋼線の端を持ち、立ち上がろうとする巨漢の首に巻き付け少し前進、空中でピンと張った鋼線に引っ張られて下に弧を描くサーベルを見上げた。鋼線の下にバラックの張り出した屋根が重なっていて、ナックルガードに鋼線をつけたサーベルは急にギュルンと振り子状態で襲ってきたから柄を握って腰に引き、片足に全体重を載せた軍靴で宙の鋼線を踏みつけた。
「ンギッ」
立ち上がろうと上に向けた重心も利用して首吊り完成。ほんの十センチメートルしか浮いてないけど関係ないわね。
「た、だすけ」
「筋肉に祈れ」
映画のマッチョ主人公だったら暴れるとバラック崩壊で助かるんでしょうね絵面が思い浮かぶー。でもバラックって結構頑丈らしい。スラムを生き抜く見た目に反して中身の詰まった連中に殺されろ。
「鋼線ありがといい武器ね」
「……」
「どうやら遠慮なく奪っても良さそうって確認できたから良し。やっぱ候補は王かしら」
「……、まさか国を相手に逆かつあげ?」
「人聞きの悪い。先に手を出したのはこの国。それに急いでここに派遣できる手駒が少なかったとしても、本当に一分隊しか寄越さないとか、実は私結構ナメられてたみたい。カッチーンよ。燃えるわ」
昨夜の通信も推定酔っ払い中尉とやらが私に勝てるつもりだったらしいし。これは由々しき事態ですぞ。貴族でなくなったとしても、ナメられたらこぶしで分からせないと。
「……惚れた。姐さん、オレを舎弟にして下さいっ」
「惚れたってあなた女のコでしょ」
「気付いてたんスか」
「見れば分かる。こんな場所で肩肘張って生きる女子グループ、カッコイイじゃない」
「カッコ……、うぐ、ひっく」
「いずれ見どころのあるコは積極的にスカウトするつもりだったからいいわよ、ついてきなさい」
「コイツらも?」
「もちろん」
「アジトに幼いヤツがあと十人ほど……」
「もちろん。てか後ろにたくさん背負ってそうだから大金あげたんじゃない」
「あぅー、惚れすぎて心臓いたい」
「そういえば自己紹介もまだね。私の名はラティシス・ウッドストック。隣りのエクス王国で軍人やってた伯爵令嬢だけどなんやかんやで家族以外全部捨ててココ。とりあえず宇宙船ゲットしにきた」
「姐さんにとってこの国居酒屋? 宇宙船がチューハイに聞こえる日がくるなんて。オレはデルフント・ベルト。一生ついていきやすおなしゃーす」
「「「おなしゃーす」」」
「他のコたちの自己紹介は帰って落ち着いたらにしましょ。にしても貴女、名前まで男のフリしなくても」
「施設にいたころつけられた名なんでどうでもいーっつーか」
「じゃあシーバ・ベルトね」
「ホントにどーでもいー扱いするんスね。ウス、オレ今日からシーバっス」
信じられる? 船着き場を出て十分も経ってないのよ。
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