第3話 突破
愛車のハムスターを押して庭のガレージに入る。スイッチはえーと、これか? 棚に置かれた何とも繋がってなさそうな、バラした部品にしか見えないアナログスイッチをパチンと指で弾くと床全体が下降を始めた。ビックリ。遊戯室のエレベーターは一人乗り。こっちは車両ごと。
あれっ、ちょっと待って。これってもしかして。
地下に到着するとやや広いスペース。間接照明くらいのライトアップで高い天井がでこぼこにアーチを描いているのが見えて、天然の洞窟を改造しました感を演出しているけど人工でしょうね。車両が通れる幅の一本道が見えたからバイクを押して進むと、テキトーな感想だけどプールを十倍したような水面に潜水艇が停泊していた。後部がダンゴムシのように丸いシャッターになっていて、開いた口からバイクを運んで固定する。
出入り口は他にもあるようだけど、ついでのようにシュヴァインとプフェート、ボア兄さんとプー兄さんも乗り込んできた。家の外に出る前に預けておいたトランクケースを受け取りながら聞いてみる。
「いつの間にこんな場所作ったの?」
「俺が秘密基地を作らない世界線があるとでも思うのか、と言いたいとこだけど、作ったのは歴代ウッドストック家だな。最初が誰かは謎。少なくとも百年以上は昔」
やっぱりそうか。プー兄さんならなんでもアリって先入観で気付くのが遅れたけどひとりでコレは無理よね。金と時間がどんだけかかったのやら。潜水艇も。プー兄さんとボア兄さんが部品を集めてコツコツ作った想像でスルーしかけたけど解釈不一致だわ。二人が熱中したら古き良くもないヤンキーバイクやシャコタンとか痛車やデコトラ系の魔改造を極めたトンデモ兵器になるはず。定員七名だっけ。その時家族が六人はいた誰かが用意したんでしょうね。あれ? もしかしてウッドストック一族って私が思ってたより
プー兄さんが思考を読んだかのように憮然とした。
「お前って昔から俺だけ変人扱いするけど一族全員おかしいからな。父上も、兄貴も、そしてお前が一番突然変異って自覚しろラティシス。ひとりだけ空飛ぶ女帝ってトンビどころかカエルから産まれたタカ」
いやそれはもうタカを産んだカエルのほうが超越者じゃね。
「どうかしら。勘違いだとしてもエレベーターを見た瞬間、プー兄さんがすでに自爆装置つきって意味不明なロボットを作っていたとしても驚かないって決めたわ」
自爆する予算と余白があるなら火力と勝率上げろよ。
「確かに自爆はロマンだけど作ってねーよ大体お前が自爆したらいくら俺でも寝覚めが悪いっつーの。まずは自爆のロマンを分かる同士にテストパイロットしてもらうとしてじゃあ爆破テスト開始しまーすオッケーてならねーよ。自爆の試行錯誤に付き合ってくれる余命幾ばくもないロマンを解する熱いオトコ募集って裏掲示板の闇バイトに載せたら人生に挫折した通り魔予備軍や自爆テロ志願者が集まって俺以外全員逮捕されちゃってロマンじゃなくスマン。まぁ確かに自爆はロマンだけどっ」
ヲタクの詠唱やめい。サラッとひどいカミングアウトが混じってたし、これは完成品はなくても設計図くらいはやっちまってんな。あと何回自爆はロマンって繰り返しても
午後七時三十分。バラストタンクに注水して潜航開始。数十メートル沈むと前方の壁がスライドして海中トンネルが現れた。海流で揺れて壁をこすらないよう海手前も壁があるみたい。あるいは海からトンネルを発見されないための偽装かしら。
潜水艇といっても限界深度は五百メートルもない小型船舶だから、大量のレンズを通して操縦席のディスプレイにライトアップされたトンネルが映っている。本格的なやつはカメラが意味なくて音波による海図を頼りに進むけど、私たちは海中遊泳を楽しめそう。
捨てる屋敷や基地を誰も一顧だにしないあたりがウチらしくて少し笑える。ボア兄さんも家に縛られるタイプのつもりらしいけど、好きなことだけできそうな未来にワクワクしてるんでしょ。モニターを見る目が少年に戻ってるわよ。
プー兄さんが説明したように、潜水中は発見される心配はない。そもそも攻撃するまでは見つからないための兵器だしね。
隣国コリアンテの領海までは直線距離でざっと四百キロメートル。この船が五十ノットくらいだから四時間後に問題の海域に侵入する。エクス王国時間で深夜を越えたころ。
テクノロジー的には昼も夜もあまり関係ない。星明かりだけでも解像する技術なんてカンスト気味だし。でも生理的には影響ありそう。ウチを貶めようとした連中は、警察に連行できなくて少しは焦ってるのかしら。屋敷を監視し続けて、焦れて、サーモグラフィに動きがないぞ、とか気付いて関係各所に指示を出して強引に屋敷に突入でもするのかしら。重いまぶたをこすって、フフ、ご苦労さま。
王都周辺は特に、陸は監視が万全だから、海に出たことはすぐにバレる。ただ、逃走ルートを一本に絞ることは無理だから、使える戦力は分散させざるをえない。
コリアンテ方面が最有力とは考えるにしても、浅瀬の諸島をぶっちぎるとか想定できるのかしら。あの無能どもが? おっと油断大敵、相手を過小評価は怪我の元ね。まぁ全戦力でぶつかってこられても切り抜ける自信しかないから上等よ。
沖に出て数十分、魚も寝る時間帯だからモニターの映像も変化がなくてあくびがでそう。時折寝ぼけて浮上するカラフルな縞模様の魚に慰められつつ、操縦席の後ろに立って雑談する兄二人を下がらせようと思った。この船を改造するならどことかどーでもいーわ。そう声をかけようとしたら三面モニターの上にある、いわゆるバックミラーの映像を映すモニターが一旦消えて、すぐについた。
『お前たちがこの映像を見ているころ、私はこの世を去っているだろう。……一度言ってみたかった』
なにやってるの、父さん。ボア兄さんが一昨日父さんが地下に降りたとか言ってたけど、まさか整備じゃなくイタズラしてたの?
『面と向かって真面目な話は上手くできる自信がない。口下手だし、少しもいい父親にはなれなかったからな』
「な? 父上もまあまあ変人だろ」
「そうね。ちょっと混乱してる」
『シュヴァイン。お前の整備は好みを優先しすぎだ。このモニターに細工してあると見抜けなかったか? そのていたらくで私を超えるのは五十年早いぞ。整備士がパイロットの命を守る。視野を広く、違和感を探れ、ヒヨッコ』
「クソ親父」
『プフェート。どんまい』
「どこに同情したんだよ言うことないなら黙れ」
『ラティシス。まったくかまってやれなくてすまなかった。年々母さんに似ていくお前とどう接していいのか分からなくて、愚かにも距離を置いてしまった。特に婚約について、王命だからと下を向いて従ってしまった。エースになるまで頑張ったお前に目をつけて、国民の人気取り程度に打算して、血筋しか誇るもののない第三王子なんてバキューン(自主規制)の生贄にされて、おのれ、おのれェ』
「熱量の差」
が凄い。そっか。父さんそんな風に思ってたんだ。
『私の死を嘆くな。これは
背後から二人の視線が刺さるけど、心配しなくてももとより復讐に生きるつもりはないわよ。私が他所で活躍すればするほど、私を放逐した無能が銀河中で笑われる。これ以上の屈辱がある? エースと整備の要を失ってほっといても勝手に転落するでしょうし、トドメをさすのは最後の最後、気が向いたらでいいわね。
『私と母さんは貴族にしては珍しい大恋愛だった。もう一日中イチャコラしていた。お前たちにもそんな出会いがあるといいな。最後にこのデータは消失する。サラバだ』
ボシュ、とモニターから白煙があがって壊れた。マジでなにやってくれてんの父さん。
「あー、あぁ、大丈夫。予備の部品交換ですぐ直る」
ボア兄さんが軽くチェックして頷いた。
「置き土産が強烈だったな。少し頭を冷やしてくる」
ちゃちゃっと直して兄二人はプライベートルームに下がった。
そうね、私も少し頭を冷やしましょ。
発端というか元凶は王の優柔不断にあった。優しい善人だけど、無能だった。万能の人間なんていないのだから、個人の無能は何も悪くないけど、人の上に立つ人の無能は明確な悪だ。
王は子供を可愛がった。自分を律して人望を得られる人物でなければ王族を名乗る資格もないのに、少なくともそういう姿勢は示さなくてはいけないのに、資格を与えた。次代の王をなるべく早く指名して次代の臣下共々育てなければいけないのに怠った。
結果、派閥がいくつもできて足を引っ張り合っている。父さんが息苦しさと表現した空気の正体。
そっか、私も優柔不断だったのね。家族が大事と思って無駄に我慢してずるずると沼にハマってたのか。さっさと国を捨てるのが正解だった。家族を捨ててでも決断していれば父さんは死なずに済んだ。
良し、反省終わり。済んだことをウジウジ悩んでも何も改善しない。次から気をつけよう、でいい。
午前零時三十分、現着。
王都を北西に進んだ先、領海の端に位置する、サンゴ礁ではないけどパッと見そう見える岩礁だらけの諸島。深さは平均五メートルくらいの浅瀬が広がり、潮の満ち引きにもよるけど海面から飛び出た岩もちらほら。さらに点在する無数の小島のせいで視界は悪く、さしずめ船にとっては天然の迷路みたい。
諸島の外周付近に半径百メートル程度の、比較的大きな島を選んで軍の駐屯地が複数置かれていて、普段は麻薬の運び屋などの取り締まりを主任務にパトロールしている。厳密には海上保安警察の仕事だけどそのへんのツッコミは野暮ってものね。ふむふむ、密入国者ですら諸島は避けるのか。面白い。
潜水したまま、潜望鏡代わりのドローンを飛ばして水平線の現場を見ながら端末つついて情報とマップの再確認中。一応頭に入れてはいるけどマップを拡大して指でなぞってルートを三通り決めておく。
「じゃ、行くわよ。べつにここにいなくていいけど、しっかり掴まっててね」
後ろに突っ立ってる兄二人に声をかけて、タンクに圧縮空気を注入、排水して浮上。スロットルを上げていく。
電波探知で一番近い通信を傍受したら上手く基地側のやり取りを拾えた。意外と一般人には知られていない豆知識。盗聴技術のほうが強くて軍は諦めて通信回線をオープンにしている。個人間はともかく軍としては、絶対に聞かれたくない情報は伝令というアナログか偉い人だけが使えるホットラインになる。
『レーダーに敵性反応あり。エリアK-4、高速で北上中』
『はぁ? あの水路を通る気か。ほっときゃ座礁すんだろ』
『だとしても無視できるか。ポキャット班はエリアB-2で待機、出口を封鎖、追い込み役は━━』
『待てっ、王都防衛軍から緊急指令、乗船しているのはウッドストック伯爵家の子息と令嬢、てことは』
『ブルーエンプレス? 本物の? なんで?』
『『『キャー』』』
『騒ぐなっ、ここからは私、国境警備301部隊小隊長、サンド・フォン・バックデス中尉が指揮を執る。返事はっ』
『『『イエッサー(ボソ)酔っ払いがこんな時だけ出しゃばんなよ』』』
『王都からの指令は乗員の身柄拘束、抵抗する場合は武力行使を許可する。相手は亡命を図る政治犯だ。同国人だからと手心を加えるな』
『はい、いいえ、あのエースに自分たちだけで向かうのは無謀ではないかと』
『どあほ、不敗神話なんて
『隊長』
『なんだよまだビビってるのかいい加減にせんと私が……』
『ターゲット、エリアB-2に達していますが』
『はっや、え? はっや。ちょっ、えーとポキャット班っ』
『聴いてました。まだ駐屯所でありますっ』
『クビだ消えろぉぉぉ』
『なんで余所者が夜間に高速侵入して座礁しないんだよ。ホームの俺らでもできねーよ』
『ガチだ、ガチの女帝だ。サインほしー』
『はぁ、はぁ、おねえ様』
『だ、黙れっ。いいから全員出撃。攻撃機をこっちにまわせ、私が乗る』
『お世話になりませんでしたっ』
『ちょっ、クビとか真に受けるな。今大事な……』
『『『お世話になりませんでしたっ』』』
『キィー、これだから揚げ足取り世代はっ』
……、なんか凄いトコね。練度が低すぎて戦いにもならなかった。
遥か後方に速度はイマイチな攻撃機の排気音を感じながらバラストタンクに海水を注入。
「状況終了、作戦、オールクリア」
「予想した最大戦力は間違ってない。最低戦力はゼロだ」
電波をキャッチするためにさりげなく有線ブイを射出しつつ、ブリーフィング台無しの気不味さを隠すプー兄さんは無視して斜め下にコポコポ潜水しながらなんとなく端末触って気になったワード、揚げ足取り世代を検索してみる。
星暦4200〜4209年生まれ。およそ現二十から三十未満の世代を指す。親、教師、上司など目上の者に歯に衣着せない口調で立ち向かう反抗的な態度が特徴。彼らが十代の学生のころ、圧倒的なカリスマを見せつけた
あのってどのラティシスよ。知らない人ね。おや、下に関連記事が。
ラティシス・フォン・ウッドストック伯爵令嬢がエドゥーン星系総合武術学生チャンピオンを決めた決勝戦伝説のインタビュー。動画は↓をクリック。
『おめでとうございます。全試合手加減しない貴女に踏み潰された若い芽が可哀想でしたw』
『ありがとうございます。気が合うわね。戦いを知らない貴女ごときに席を奪われたアナウンサー志望の子が可哀想って私も思ったw』
『ひどぉーい、なんでそんなこど言うのぉ』
『あらあら泣かないで、えーと確か、ミス枕営業さん?』
『びえぇぇぇん』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます