第21話 詠唱キャンセル

 突然現れた炎の魔神に街はパニック状態となっていた。


「うわああああ! 霊災だ!」


「デカい! 四十メートルはあるぞ!」


「ここにいたら焼き殺されるぞ! 逃げよう!」


 超巨大な炎の人型がビルに拳を振り下ろそうとすると、何かに弾かれたように拳を持ち上げ直した。

 右でダメなら左でと拳を振り下ろそうとするが、同じ挙動を繰り返す。


 思い通りビルを叩き潰せないことに怒りを爆発させた炎の魔神は、目にも止まらぬ超スピードで連続パンチを繰り出しはじめた。


 巨大な炎が激しい動きを繰り返すので、火の粉と呼ぶには危険すぎる炎の弾幕が右往左往している民衆に降り注ぐ。


「炎がこっちに降ってくるぞ!」


「みんな! 建物に逃げろ!」


 街に振りかけられようとした炎は、白い光の壁に阻まれた。

 一定間隔で並ぶ街灯から発せられている光壁は、逃げ惑う民衆を守り抜く。


「都市結界だ! 助かった!」


「いや、長くはもたないぞ! 出来るだけ遠くに逃げよう!」


 こういった状況に慣れている人々は、炎の巨人が踊り狂う場所から離れていく。

 慣れすぎているのか、一部の人間はスマホを向けているほどである。


 何十何百とパンチを繰り返した炎の魔神は、流石に疲れたのか腕を振るうのをやめた。

 しかし、巨人の激しい攻撃を受けたビルはといえば、その形を損なうことなく建っていた。流石に窓ガラス類は割れてしまっているが、ビルの形を保っている。


 それを見て大変ショックを受けたらしい炎の巨人は自らの拳を見つめ、打ち合わせて調子を確かめた後、己の青く燃える頭部をぶん殴った。


 飛び散った青い炎が一撃の破壊力を物語る。


「あの巨人、さっきから何をやっているんだ?」


「さあ? だが”近づかない”だ。妙なことに興味を持たないのが被災時の鉄則だぞ」


「そうだな!」


 その様子を観察していた避難者達は疑問を飲み込んで、歩みを止めることなく逃げていく。


デーヴァ輝けるアグニ焼却神のいち……ぼあ! か……う゛ぉ! アグ焼却……っ! っ!』


 プルプル震えていた炎の魔神は、青く燃える頭部を燃え上がらせながら詠い。

 パチンと何かで叩かれたように青い火を散らした。

 何度も何度も青い火を散らす様子は、点滅する青信号のよう。


「今度は歌い始めたぞ? 何だかゾワゾワするし、気味が悪いな」


「無視だ! 無視! ん? あれは……」


 一人芝居を続ける炎の魔神の向こう側から、輝く星達が近づいてくる。


 #####


 炎の魔神は一方的に暴行を加えられていた。

 術を使おうとする度、片手でカエデをひっつかみながら空を駆け回る巫女が殴ったり蹴ったりで邪魔しているのだ。


 一言一言喋りながら、頭部である青い炎を狙い攻撃し続ける。


「このっ! このっ! 全く! 術式で街を焼こうなんて悪い神様だよ! 経済活動が停滞して! せっかくの霊晶石が値崩れしたらっ! どうしてくれるのっ!」


「アゲハせんせーってば、いつになくカゲキだぞ!?」


「これは過激というレベルなのか? このまま祓ってしまいそうだが……」


「そこまではしないよっ! お金を貰ってるわけじゃないし!」


 そう言いながら強烈なビンタをお見舞いした巫女は「そろそろだよね」と空に視線を向けた。

 すると、地平線の彼方から輝く光達が飛んでくる。


「わーっ! 航空退魔隊だ! カッコいい~!」


「こういうのは本職に任せればオッケー! 適材適所だよ!」


 光達はあっという間に距離を詰め、炎の魔神を取り囲んだ。

 光に見えたのは球状に展開されている防護結界であった。

 白く輝く防護結界の中にはカラスを模した姿の黒甲冑が存在しており、翼をはためかせてホバリングしながらアゲハたちに敬礼する。


「おつかれーっす」

「れんじゃー!」


 やる気なさげに敬礼を返したアゲハは、その場から離脱していく。

 近くで代表的なカッコいい霊能力者を見て大興奮のカエデも見よう見まねで敬礼しながら、全く関係の無い単語を残して持ち去られていった。

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