#003 可愛い子には旅をさせよ

 私には不思議な力を持っている。それは動物と仲良くなれる力だ。

 理由はわからないけど、森の鳥や動物たちはとても私に懐き、私の言うことを聞いてくれて私のことを守ってくれるのだ。

 私もその動物たちの感情がわかるし、お互いの気持ちが通じ合っているし、動物たちが何を言っているかわかるし、私はその動物がいま嬉しいのか悲しいのか寂しいのか痛いのか理解してしまうのだ。


 初めは私がこの村に住み始めて十日ぐらい経ったころだった。あの時私はおじいちゃんと一緒に森で薬草を探していたら、いきなり一羽の鳥ちゃんが飛んできて私の肩に留まり、咥えた花を私に寄越した。

「お、おじいちゃん、この鳥ちゃんが私に花をくれたんだけど‥‥‥」

「鳥が?」おじいちゃんが鳥ちゃんと花を交互に見ると、「なぜ鳥がおまえに花を?」と聞いた。

「私がわかるわけないでしょう?」

「これはヒユ花だ。潰したら解熱剤になる。持って帰ろう」

「そうなんだ。鳥ちゃんすごいね〜ありがとう〜」

 私が肩に留まった鳥ちゃんの頭を撫で褒めると鳥ちゃんが照れて嬉しそうに笑ったと私は直感で分かった。でもその時私はなぜ鳥ちゃんが照れたのがわかったのかよくわからなかった。


 その日以来も森の小動物たちや鳥ちゃんたちが木の実や花をくれたり、畑仕事を手伝ったり、朝私を起こしたり、鹿ちゃんたちが家事の手伝いをしたりして、やっと自分が動物とすぐ仲良くなれる体質なんだと理解した。


 しかしすべての生き物ではない。虫とか蛇とかは全然だめだった。蜂に刺されたこともあったし、蛇にかまれたこともあった。蛇にかまれた時、びっくりしておじいちゃんのところまで号泣しながら走って行ったこともあった。あの時は未熟だったな。今は何度噛まれても平気だ。毒のない蛇に限るけど。


 ある日、魚とかエビとかならどうなるのかなと気になって川に入ってみたことがあった。しばらく突っ立っていても一匹も近づいてはくれなかったし、取った魚とエビとカニを見つめても何を考えているのか、何を感じているのか全くわからなかった。生き物の大きさが関係しているのかもしれない。それとも意思疎通(?)ができるような動物だけなのかもしれない。


 まあ、虫は嫌いだから別に仲良くなくても大丈夫だし、蛇も魚もカニもエビも美味しいからむしろ仲良くならないほうがいい気がしなくもない。

 この動物の仲良し力は最初は村の人たちに驚かされて不思議がられていた。でも今はみんなもう慣れて私が動物たちにたくさん囲まれても何も驚きもしなくなった。


 しかし動物と仲良しのおかげで、いつの間にか私は肉を食べられなくなってしまった。

 だってね、さっきまで仲良くじゃれあっていた相手を食料のために殺しちゃうなんて‥‥‥誰がそんな残酷なことができるというの?まあまあまあ、できちゃう人がいるかもしれないけど、私にはとても無理なことなんだよね。

 ちなみに意思疎通できない生き物は食べる。だから魚は食べるしエビとかカニとかも食べる。蛇は最初怖くてなかなか食べられなかったけど、食べてみると意外と柔らかくて美味しかったから、蛇料理は私の好物の一つになったのだ。おじいちゃんは森に薬草を探しに行ったら、よく蛇を持って帰ってくれる。


 そんな平和な日々が過ぎていき、ある日私とおじいちゃんは晩ご飯を食べている時におじいちゃんが突然、

「おまえはこの村に来てもう三年だな」と言い出した。

「そうだね~」

「村を出たらどうだ?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥うん?」幻聴かしら?

「おまえはまだ若いからな、もっと世の中を見るべきだぞ。この小さな村に埋もれるのはもったいないんだ。おまえは賢いから、きっと多くの人に役に立つだろうな」

「ど、どこに行けっていうの?」げげげ、幻聴じゃなかったよ!

「そこの川の下へずっと下れば、トレストという町に着く。そのあとはおまえの行きたいところに行けばいい。トレストにずっといてもいいし、王都に行ってもいいし、他の街でもいい。おまえ次第だ」

 おじいちゃんがおかずを口に入れながら、淡々と話した。まったくこの可愛い可愛い私の気持ちを微塵も気にしない様子だった。悲しい・・・・・・・。

「お、おじいちゃんは?」

「わしがここにいるにきまってるだろう」

「じゃ誰がおじいちゃんの面倒見るの?水汲みは?薪は?村から離れるのはいやよ。絶対にいや!いーーやーーーだーーーーっ!」

「それにこの村、老いぼれしかいないから、お前はこのままだと結婚できないぞ」

 おじいちゃんはまったくこの可愛い可愛い私の訴えを聞かない様子だった。悲しい・・・・・・・。

「じゃしなくていいじゃん。私はおじいちゃんとずっと一緒にい・る・の!」

「わしに孫を抱かせろ」

「でも村を出たら孫を作ってもおじいちゃんは抱けないんじゃないの?おじいちゃんがこの村にいるんだからさ!」

「おまえの薬の知識は口答えの能力と同じぐらい高いんだから、きっと世の中の役に立てるんだろうな」

「‥‥‥‥‥‥えっ?今私を褒めてる?褒めてるよね!?」

 ちょっとひどいことを言われた気がしなくもない。あっ、いや今はそんなことをそこら辺に一旦置いておこう。

「わしは意味もなくおまえにやらせることがあったか?」

「えっ?何を言ってる?何度もあったでしょう?この前だっておじいちゃんが私をあの崖に行かせたよね?あれ結構危なかったよ。足が滑っちゃったら死んじゃうよ。あれ何のため‥‥‥‥‥‥じょ、冗談ってば〜。目が怖いよ〜」

 おじいちゃんがギョッと私を睨みつける。何百回もこの恐ろしい鬼目で睨まれたことがあるけれど、慣れないわね。ムリムリ。

 おじいちゃんは普段すごく優しいけど、怒ると鬼に化ける。というか鬼より怖いのだ。

「じゃ、じゃおじいちゃんも一緒に行こうよ!ねねねね!一緒に行こう!絶対楽しいよ!」

「わしはもう六十三歳だ。楽にさせてくれ。何日も森を歩かせる気か?膝が痛いんだろ?それにわしも行ったら村の病人はどうするのだ?おまえはまだ若いんだから一人で行きなさい。こんな村に埋もれるのはもったいない。世界を学んで来い」

「なにそれっ!?この前六十三歳舐めんなとか、わしの膝心配するなとか言ったくせに!都合よく六十三歳だとか言い訳にしないでよ!」

「やはり口答えが達者だな、わしの見込み通りだ。外へ行って来い」


 とまあ、こんなそんな言い合いをしながら、いろいろ説得されたのち、四日後村を出ることになった。全く納得していないけどね。


 出発日まで意外とやることが多い。私が村の一人一人に別れの挨拶をしておじいちゃんのためにできるだけたくさん水を汲んで置いてたくさん薪を割って置かなければならない。ブランちゃんと鹿ちゃんたちがずっと私を手伝ってくれた。


 メアリーおばあちゃんが別れの挨拶すると、

「そう、もう村を出るのね?これからリーマの元気な挨拶がきけなくなって寂しいわね。でも頑張ってたくさん学んできてね。街の人に気を付けるんだよ」

と心配そうに応援してくれた。


 お隣のジゼルお姉ちゃんが

「まあ、街に行くのね。いいなあ。でも男には絶対に気を付けるんだよ。男は女の子に優しくしたら騙そうとするんだからね。男の言うことを信じちゃダメだよ!はぁもう心配で心配で仕方ないわ。リーマは男の耐性がないんだから」

 ジゼルお姉ちゃんが真剣な顔でいろいろ忠告した。後学のためにどうやって耐性を極めるのかも教えてほしいものだ。

 ジゼルお姉ちゃんの旦那さんのニックお兄ちゃんがジゼルお姉ちゃんよりさらに真剣な顔で、

「いいか、リーマ?おまえが街に行ったら、男がたくさんおまえに群れてくるんだろうが、絶対に絶対に男を信じてはダメだぞ。あいつらがおまえに甘い言葉を注いでも聞くな!信じるな!おまえは自分の身をしっかり守るようにな。騙されないように気をつけるんだぞ。わかった?男を信じるなよ。街の男はみんなケダモノだ!」

と言った。隣に立っているジゼルお姉ちゃんも何度もニックお兄ちゃんの言葉に頷き、私は心の底から街の人が怖くなった。街の人って化け物か何かなの?


 ルネおばちゃんに

「あたしみたいになりたくなかったら街の人を絶対に信用しちゃダメだよ」

と簡潔にいわれた。


 みんな同じことを言うんだね。私の進路よりみんなこのことだけ気にしている。街は絶対ひどくて残酷で無惨な場所だ。街の人も絶対ケダモノで最低で最悪な人たちだ。怖いよ・・・・・・。

 どうしておじいちゃんは私にあんな危険なところに行かせたがっているの?めちゃくちゃ怖いんだけど・・・・・・。



 おじいちゃんから少しお金をもらった。

 こういうものもあるんだとおじいちゃんが昔そう言って、お金の価値や使い方を教えてもらったことがあったけれど、村では使うことはないから、今までお金という存在を忘れていた。街ではお金が必需品みたい。

「これあれば一ヶ月ぐらい安い宿に泊まって生活できるはずだ。その間にちゃんと仕事を見つけて給料をもらえば心配することはないぞ。お金の使い方、覚えてる?後でお金の使い方を練習しな」

「だいたい忘れかけてるよ。後でもう一回教えて。何というお金だっけ?く、く、くれん、だっけ?」

「セルだよ、セル。忘れかけてるよりすっかり頭から消えたんじゃないか」

「しょうがないじゃん。最後に教えてもらったのは二年前ぐらいでしょう?」

「ほら、この硬貨は一セル、これは十セル、五十セル、百セル。後は五百、千セルもある。一番高価なのは千セルだが、五百セルと千セルはここにないんだ」

 おじいちゃんが早速お金の価値を教えてくれた。五セルあれば、果物を三個ぐらい買え、十セルあればご飯一食を食べられるみたい。

「わかった。覚えた。ありがとうおじいちゃん。でもさっき一ヶ月ぐらい生活できるって言っていたけど、あれは二十年前のことじゃない?今の相場はどうなっているの?全然変わっていないの?本当に足りるの、これ?」

「‥‥‥‥‥‥知らんわ。足りなかったら自分でなんとかしろ。自分で探せ」

「えっ!無責任なことを言わないでよ!足りなかったら私どうするのよ!?」

「知らん」

「‥‥‥‥‥‥シクシク」

「泣いても無駄だぞ」

「‥‥‥‥‥‥」涙作戦失敗‥‥‥



 四日後、村を出る日がついにやって来た。今日もいつも通り朝のまだ暗い時間に起き、水を汲み、朝ご飯を作る。ブランちゃんと鹿ちゃんにお別れをしておじいちゃんのことと村のことを頼んだ。これからおじいちゃんと一緒に朝ごはんを食べたら、出発するのだ。


「リーマ、元気でな。道中気を付けるようにな。森で動物たちと植物と遊んでばかりいないでちゃんと街に行くんだぞ。いってらっしゃい」

「うん!おじいちゃんも元気でね!じゃね!行ってくる!」


 私は自分の荷物を背負いながら、おじいちゃんにお別れをした。意外とあっさりしたお別れだった。

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