第3話

院の御所にて行われた裳着は後世の語り種になるであろうと言われるほど豪勢なものだった。

院の御所で掌中の珠のように育てられた姫宮たちはそれぞれ美しく見る者たちのため息を誘った。院以外の後見役などいない姫宮たちなどの婿になってもと思っていた貴公子たちも、腰結い役を院の母である太皇太后が務めたことにより、目の色を変えて恋文の和歌を考えだした。院はもともと3人の姫宮たちを結婚させる気もなく、一品に遇する準備をしていた。それなのに牡丹の宮が次の帝に入内することになり掌中の珠の一つが奪われることとなり、姫宮たちの婿取りの話をしようものなら寝台に閉じこもってしまいそうであった。


「女一の宮、女二の宮、女三の宮を一品に遇する。」


裳着の儀式の直後、発表されたこの言葉により牡丹の宮の身分は保証されることとなった。それぞれに院の所領から荘園も与えられ、生活の保証までされる徹底ぶりだ。各地から献上された宝物も平等に与えられそれだけでもひと財産である。

ー后となることは女としての栄華を極めることというけれども、貧乏籤のように思えるわー

女御、中宮になどならなくても一生和歌に管弦にと遊んで暮らせるようという親心をみると数ヶ月後に行われる春宮の元服、自らの入内が憂鬱に思われてくる。

ーその上、あんな事情までー

めでたい席であるのに牡丹の宮の心は憂鬱だった。

煌びやかなそれぞれの名に合わせた襲の衣を着て初めての髪上げをする。晴れやかな気持ちで迎えるはずだった裳着なのにと頭をよぎるが準備してくれた者たちのことを考えると憂鬱そうに見せるわけにはいかなかった。


自室に退出後、宴の管弦が聞こえる。それを聴きながらはしたないと、思いながら格子を上げ御簾もなしに月を眺めていた。

庭には牡丹や藤が華やかに配置されている。入内したらこの庭ともお別れだ。

ーせめて庭にお花のあるお部屋を賜れればよろしいのですけどー庭から花を眺めるのが好きな牡丹の宮はそう思った。


その時、ふと藤の花の影から人影がこちらを伺っていることに気付いた。

ーこんな近づかれる程気付かないなんてー

牡丹の宮は咄嗟に扇で顔を隠し後退りしようとした。

「お待ちください。女二の宮でお間違いないだろうか?」

涼やかな少年の声がした。松明に照らされ少年の顔は牡丹の宮からよく見えた。涼しげな目元、美少年と言って間違いない容貌だ。少年は牡丹の宮に声をかけるとこちらで近づいてくるように思えた。牡丹の宮は内心取り乱し気を失ってしまいそうだが、少年は階の脇まできたがそこから動く様子はない。

「私はここからは動きません。お答えいただきたい。」

お答えと言われても牡丹の宮は女房以外とはほとんど会話したことがない。

御簾越しでも女房づてで話すのだ。どうすればいいのだろうかと思い、かろうじで小さく頷いた。

「あなたには迷惑をかけて申し訳なく思っている。妹のことを頼みます。」

少年はさっと頭を下げると足早に掛けて行った。

「待って」

妹とは誰なのか、そもそも少年は何者なのか、そもそも頼む相手は自分でいいのかと言いたかったが牡丹の宮がやっとのことで絞り出した声は少年に届くことはなかった。

少年の後ろ姿が消えて行った先には藤の花がひらひらと散っていた。

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