第2話 華麗なるお坊ちゃま 次男 尾崎 学

 言霊ことだまを信じますか? 

 スピリチュアルな話ではなく、考え方の一つとして。

 僕は強く信じている。


 僕は尾崎がく

 OZZUオズグループのファウンダー(創始者を敬虔けいけんした役職)の次男。母は永遠の少女として有名で、ソプラノ歌手として大成している。つまり生粋の御曹司と言えるだろう。


 僕の兄は、常識を超える英才教育を当たり前に享受し、身に付けてきた。それなのに擦れた所がなく、いつも紳士で優しい男。僕は確かにブラコンで兄に心酔しているけれど、そんな自分を誇りにすら思ってしまうナルシスト。

 彼が出来ると言うならば、それはきっと出来るのだろう。いや、彼が全力で取り組むことに不可能はないと思っている。


 11才になったばかりの僕に告げられた母の妊娠。それは恐ろしく残酷な事実だった。

 危険に晒された二つの命。失うのは母か子か、もしくは二人共か。両親は僕たち兄弟に決断を委ねた。

 分かっている。

 そんな残酷なことはしない両親だ。


 結論は始めから決まっていた。ただ僕らに覚悟を求めただけだ……。けれど、兄は食いついた。二人を助ける方法を探すと。全身全霊で、必死の形相で。僕は兄の言葉を信じて全力で協力することにした。その日から僕らは生活を一変させる。


 先に少し触れたが、尾崎家の英才教育は鬼畜のように厳しい。それは産まれて間も無く始まる。特徴的なのは語学。

 日本語、英語、ドイツ語、スペイン語、中国語。習得するまでは、ザッとこんな感じ。3歳までは二週間ごとに屋敷の公用語が変わるのだ。それは両親も使用人も出入りの業者も。目にする言語は全て公用語に統一される。対応する大人たちこそ目まぐるしくて大変だけれど、やってのけるだけの財力も人材もマニュアルもあるのが資産家だ。

 3歳以降は数ヶ月ごとになる公用語の変化。兄の教育が優先される中で育つ二つ下の僕。当然ながら幾度も混乱に陥ったが、優しく賢い兄のサポートで小学校に上がるころには第6、第7の言語を学び始められるくらいに鍛えられていた。

 言語だけはない。尾崎家の子供にとっての娯楽は全て知識と経験、世界の仕組みを学ぶために活用される。

 その一つが会社経営。

 兄は5歳で、僕は3歳で個性や興味に合わせた会社を設立し、それがいわゆる娯楽の1つ。もちろん、一般社員の生活がかかっているのだから、経営のサポートは優秀な人材を父が貸してくれる。だが、それは数年のこと。ある程度、会社が成長したらサポートは外れ、もしくは自社に転職して貰うことになるし、逆に会社を畳むことにもなるだろう。

 当時、僕は恐竜が好きだったという理由で、古代生物研究所を立ち上げて運営。幸いなことに、近くで恐竜の化石群が見つかって、多くの科学者や出資者が殺到し、運営は軌道に乗った。

 兄は僕が母を恋しがったことを不憫に思い、1つの無人島の開発することにした。どこまでも優しい兄。家族(尾崎、八木原双家)の記念日ごとに1つずつ娯楽やエリアを増やしていき、そこは今や誰もが一度は訪れたいと夢見る《《あの》ドリームランドになってしまった。


 そんな特殊な英才教育を受けた僕らだから、僕が小学生ながらに子供らしからぬ思考を持つのは当然で、中学生の兄に至っては、母のために難解な医学論文を読みこなせるだけの知識を、たった数日で身に付けたことも不思議ではない。


 僕らは毎日、持てる時間の全てを、母と子を救うための調査に費やした。


 速読は基本の技術。屋敷や学校、近隣の図書館の本は読み尽くしたが専門書の中にヒントが眠っているなんて当たり前のセオリー。凝り性の兄は医学に携わって人材を指導できるほどの知識を自身に詰め込んでいく。


 僕は兄ほどの頭脳はない。だが、研究と言う分野に於いては僕に利がある。古代生物研究所の運営経験をフルに活かして、最新の医療研究所を立ち上げる。既存の研究からステップアップした方が技術開発には近道だ。数カ国に同時に設立しておこう。ついで新しく製薬会社も。

 ああ、新薬が速やかに承認されるように政府高官にテコ入れの必要があるか?

 薬品や研究には予算が必要だ。僕の資産で足りるのか? こんな時の為にと以前に見つたオーストラリアの新鉱山、グリーンランドの油田を市場に開放することにしよう。

 足りないのは時間と、これらの新事業を立ち上げて運営するだけの人材。


 双子の為に、兄さんと準備していた人材育成会社から有能な人員とお調子者のイエスマンを送り込むか。

 イエスマンは買収や癒着のリスクはあるものの条件の良さ、自己愛で動いてくれる。頭脳は僕が開発したAIパーソナルGAK。これに従ってくれさえすれば問題は起きない。


 だが尾崎家の医師は優秀だ。その医師が諦めろと言うほどの事実は簡単には覆らない。僕と兄。たった二人で多くの医学書や論文を読み解き、母子を救う手立てを探したとしても、すぐに壁にぶち当たる。

 母の体力と胎児の運に身を任せるしかないのか? そんな絶望のような希望に縋るしかないのか? 

 時間は残酷にも過ぎていき、堕胎をさせるつもりはないが、母だけでも確実に救えるという時期が迫ってくる。


 ある日、思い詰めた瞳で、敬愛する兄が耳打ちした。


「聞け、学。 二人を救う、最後の手段を見つけたかもしれない。父が僕らに秘密にしている鍵だ。あれは、尾崎を継ぐ者にしか開かれない。僕は学の方が、この家を継ぐに相応しいと思っているけれど、僕はあの鍵を開けようと思う。僕らは幼い。まだ子供だ。父が言わぬ鍵を開ける。その罪は重い。僕が破門になったら、僕の身に何かあったら、お前が皆のかすがいになれ。後は……頼む」


「い、嫌だ。兄さん!! それなら僕が、その役は僕がするよ」

「駄目だ! 言っただろう? 僕もお前も幼い。あの鍵がどんな牙を向けるのか分からない。きっと、きっと大丈夫。僕が尾崎家の長男だ!」



 その時、僕は、兄さんの身体が湯気を立てるように白光ったように見えた。兄さんは確かに大丈夫と言った。強い言霊。


 真夜中。小さな灯りを持って屋敷の奥にある宝山ほうざんに入る兄さんを見送った。邪魔が入らぬように息を殺して警戒しながら……。

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