平凡な溺愛日記。華麗なるシスコン少年達の日常【カクヨムでアドベントカレンダー】

Yokoちー

第1話 華麗なるお坊ちゃま 長男 尾崎 修

「えぇ?! 妊娠?!」

 それは晴天の霹靂だった。

 原因不明の体調不良で精密検査を受けていた母。医師に呼び出されて告げられた事実に中学1年生だった僕は頬を緩ませた。


 僕は尾崎しゅう

 尾崎家の長男。父は世界中に支社を持つOZZUオズグループの創始者の直系にあたる。母はソプラノ歌手。オペラやジャズが得意分野だが、歌劇にミュージカル、ロックにポップス、なんでもこなす歌姫として世界中にファンを持つ。


 僕の家は特殊だ。多忙な両親に代わり、父の元同僚夫婦が僕らを育ててくれている。いわゆる二世帯同居。

『困ったときはヤギさんに』のCMで一世を風靡した八木原法律事務所のまもるさんと専業主婦である真美まなみさんが育ての親だ。 二人は本家のあれこれを取り仕切っていて、言い方は悪いが執事と家政婦長と言った感じ。

 

 長年の不妊治療の甲斐もあって、僕が中学に上がった歳にさんが双子を出産した。ナイスガイの守さんによく似た男児。大和やまと海人かいと。双子だからこそずっと仲良くいて欲しいと言う願いを込めて、対になる名前を探し、僕と弟のがくとで名付けた。

 ああ、学は僕の自慢の弟。二つ下だが優秀な彼は、語学、数学、経営学と多くの学びに卓越した才を発揮し、僕を軽々と超えてしまった。それなのにいつだって長男である僕を尊重してくれる出来た奴だ。


 学のことはさておき、赤子の愛しさは格別。ヤンチャな双子は僕ら兄弟の腕の中でスヤスヤ眠る。産後の肥立が良くない真美さんに代わって世話を焼くうちに、人見知りの大和は僕らでなければ眠らないし、活発な海人は抱いた使用人らの腕からすり抜けるようになった。彼らには僕らが必要だ。僕は育児に夢中になった。思い通りにならないことがこんなに愛しいなんて!!

 だから母の妊娠を聞いた瞬間、嬉しくて堪らなかった。


「薬物の影響で障害が出る可能性が高いです。諦めた方が賢明かと」

 ついで聞かされたのは奈落の底に突き落とされるような内容。両親から顔をそむけた医師の震える声。僕は耳を疑った。


 父を見上げた。硬く結ばれた唇。ただ壁を見続ける瞳に、医師の言葉が嘘ではないことを悟る。弟は、その濃い瞳にじわじわと涙を浮かべている。


 そんな馬鹿な?!

 叫びたい衝動を母の呑気な欠伸が打ち消した。

「産むわよ。いいじゃない、障害があったって。うちならどんな子も幸せにできる。お金も環境も度量も十分。ほら、1番大切な愛情だってあるじゃない。ねっ? 修、学。いいわよね?」

 いいも何も……。僕に決断する資格があるのか? 慌てて取り乱す父の言葉に、僕はただ狼狽えるだけだった。


「駄目だ! 君まで失うリスクがある。障害の有無は問題じゃない。君の生死が問題なんだ。薬物で君の身体はボロボロだ。妊娠に耐えられる身体じゃない。君を失うなんて……。お願いだから考え直してくれ!! なぁ、修、学。お前たちからも説得を……」

 母の身体に縋り付く父。


「父上も、母上も酷いよ。僕らに決めさせようってこと?」

 聡い弟が拳を振るわせて俯いた。鈍い僕はハッと気付いた。


 母は産むことを父に説得させる為に僕らを呼んだ。父は産むことを諦めさせる為に僕らに縋る。母の命も胎児の命も……、決めるのは僕らの決断?!


 薬物とは……。

 母の不調の原因だ。僕らを育ててくれた真美さんを、サポートしていた古参の家政婦。あの女が秘密裏に母に薬を盛っていた。敢えて強い毒ではなく、じわじわと体調を崩すような市販薬。サプリメントと偽って、薬膳だと誤魔化して、カプセルに詰め、お茶に仕込み、寝室の加湿器にまで空気を澱ませる作用が確認された。

 思えば真美さんが身籠ってから、あの女の言動は不安定だった。もともと感情的な一面があったが、作法教師としては一流で、僕らは厳しさに感覚が麻痺していたのかもしれない。


 不妊治療の副作用で体調が安定しなくなった真美さんが入院したことは幸いで、飲食管理が徹底されていたこともあり、双子は無事に産まれてくることが出来た。だが、母は仕事をセーブしたことが仇となり、動けなくなるまで女の所業に気付くことが出来なかった。


 学があの女を嫌ったときに、気付けていたら……。僕がもっと早くに勘を働かせていれば……。「たら」「れば」の後悔は何の意味も持たない。

 ならば、することは一つ。覚悟を決めるだけだ。決断が遅い僕が、人生で1番早く、危い、だけど最良の決断をした瞬間だった。


「僕が、僕が探すから! 母上も赤ん坊も救う方法を。」

 ついで学も叫んだ。

「うん。失わない。母上も赤ちゃんも。兄さんの勘は当たるんだ。僕は信じる。そして兄さんと探す!」


 その日から僕ら兄弟の日常は一変した。



**********


 クリスマスに向けてアドベントカレンダーの企画の作品です。24話に収まるか、毎日更新出来るか未知ですが、よかったらお付き合いください。ちなみにクリスマスらしさは一切出てきません。着地点も……???

 私生活が多忙で、準備ができなかったけれど、やっぱり遊びたくなりまして。自転車操業で挑みますので5文字で終わる日があってもお許しください。

 相変わらずのスローペースですが、本当のお金持ちの生活を、是非、お楽しみください。

 



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