四章
第30話 6月16日。水曜日。
「今日も店を手伝うのか?」
放課後。
鞄に荷物を入れていた隣の席の幻夜に
僕は小声で話しかけた。
「うん、
居候の身なんだから
それくらいしないと申し訳ないわ」
幻夜は僕と2人でいる時とは打って変わって
外では猫を被ったように
大人しくお淑やかだった。
そんなしおらしい彼女の演技に
騙されている盛りのついた犬が2匹。
圭太は休み時間になると用もないのに
僕の席までやってきて
チラチラと幻夜の様子を盗み見していた。
幻夜も圭太の視線には気付いていて、
時折愛嬌を振りまいていた。
そしてもう1人。
日頃から
「女子には興味がない」
と豪語していた安心院までもが
幻夜のために授業のノートをコピーして
渡していた。
「ありがとう」
と幻夜が満面の笑みでお礼を言うと
「授業内容で
わからないことがあれば
何でも聞いてくれ給え」
と照れたように破顔しているのを見た時は
正直目を疑った。
結局のところ。
成績の良し悪しに関わらず
男とは単純な生き物である
ということを僕は確信した。
そして同時に女が恐ろしい生き物である
ということも再認識した。
「ちなみに聞くけどさ。
店の手伝いは何時まで?」
僕の質問に幻夜は首を傾げた。
「20時までだけど、
それがどうしたの?」
「別に。
何を企んでるのか知らないけど、
父さんに取り入っても無駄だよ。
うちで一番偉いのは爺ちゃんなんだ」
「酷い・・。
私は純粋にお手伝いを
してるだけなのに・・」
突然、幻夜が両手で顔を覆って俯いた。
「おい!冬至!
望月さんに何をした!」
「女の子を泣かせるなんて、
見損なったんだなぁ」
いつの間にか圭太と良司が
机の前に立っていた。
「い、いや・・
こ、これは違っ・・」
「言い訳はカッコ悪いんだなぁ」
「そうだぜ。
お前も男なら
さっさと望月さんに謝るんだな」
2人は僕の話を聞こうともしなかった。
「・・ありがとう。
細川くんに出口くん。
でも私は大丈夫だから。
あまり彼を責めないでね」
幻夜は人差し指の背でそっと目尻を拭くと
鞄を持って教室を出ていった。
ドアを閉める時、
幻夜が振り返ってペロッと舌を出した。
「あいつ・・」
僕は閉じられたドアを睨み付けた。
「っていうか。
いつの間に彼女と仲良くなったんだよ」
校門を出たところで
圭太がそう言って口を尖らせた。
「オイラもそれは気になったんだなぁ」
同じ屋根の下で暮らしているとは
とても言い出せない。
あらぬ疑いをかけられるのは困るし、
圭太がその事実を知った日には、
僕の家に入り浸るのが
安易に想像できたからだ。
「2人にはさっきの様子が
仲が良さそうに見えたのか?」
「そうは見えなかったんだなぁ」
「だろ?
心配しなくても。
僕とあいつは
2人が考えてるような関係じゃないよ」
その説明に圭太は機嫌よく頷いた。
「冬至にはわからないだろうけど。
望月って良い女だよな?」
圭太は良司に同意を求めた。
「そうだなぁ。
マリア様と同じくらい美人だし、
近づいたらいい匂いがするんだなぁ」
「それだけじゃないぜ。
結構胸もでかいぜ」
「圭太も気付いてたのかぁ?」
「当たり前だろ、
この圭太様の目は誤魔化せないぜ。
アレはCカップ。
いやDはあるかもな」
前を歩く2人の会話を聞きながら
僕は大きく溜息を吐いた。
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