第41話 戦後2

 富士山の火口へ消えていった真護雷王とロフウ、そして御岳――。

 大切な仲間であり、友であった彼らを無くしてしまった喪失感は、あれからずっとボクをさいなんでいた。

 表向きは平気なふりをしていたが、この二年間、傷ついた自分の心から目を逸らして生きてきたのだ。島本教授と話した時、ボクはそれをはっきりと自覚した。


 島本教授と話をしてからは、ずっとタイムトラベルのことが頭から離れなかった。確かに、過去の人々に魔族のことを伝えることができれば、何か前もっての対策も可能になるかもしれない。そして、それが実現すれば、別の時間線ではロフウや御岳も死なずに済むのかもしれない。


 従来の量子物理学では、量子もつれという現象を利用して、過去の観測結果を未来の観測によって変更できる可能性が示唆されていた。

 この理論を推し進めることで何かができる可能性が一つある。


 だが、ボクは量子もつれの理論とは別の方法で時を超える可能性を考えていた。おそらく、島本教授が見たのはこの仮説についてのインタビューだ。


 一瞬だが、大量のエネルギーを引き換えにすることで、三次元のこの世界から、時間軸さえも次元の一つとして感知できる多次元の世界へ瞬間的に干渉する。そのことで物質やエネルギーを過去や未来に送ることが可能になるはずなのだ。


 ボクは、同じ量のエネルギーを使うのであれば、過去から未来へ送ることのできる質量やエネルギーは、未来から過去へ送ることのできる質量やエネルギーよりもずっと大きいはずだと予想していた。時間の流れに乗って物を送る方が、逆らって送るよりも大きな質量やエネルギーを送ることができるはずだと考えていたのだ。だから、未来から過去へ何を送るかも検討する必要があった。もちろん、この理論が正しければ、の話だ。


 それに、これが実際に実現したとしても、その送り込んだ物で魔族や魔物のことをちゃんと知らせることができるのか、という問題もあった。

 また、問題は他にもあった。実験をするには研究室ラボに併設されている衝突型加速器を動かす必要があるのだが、そのためには大量の電力がいるのだ。

 ガーくんに頼んでナッチに連絡を取ってもらい、チャージ・エレクシオンの魔法を研究センターのバッテリーにかけてもらう必要があった。


 とりあえず、ボクは自分の理論を実際に実験する前に頭の中で何度も何度も思考実験を繰り返し、コンピュータでシミュレーションを行った。そして、平行してナッチに連絡を入れた。だが、日本全国のコロニーを助けて回るのが忙しいらしく、ガーくんを通じてまだまだ帰れないとの連絡が返ってきたのだった。


      *


 ――研究に明け暮れる日々が過ぎていき、二年が経った。

 結局、この間ナッチは帰って来なかった。定期的な連絡はあったのだが、やはり後進を育て、コロニーの安全を図るのが、忙しいらしい。まあ、そのうち帰って来るだろう。


 それと肝心の研究だが、やはり簡単にはいかなかった。ボクは行ったり来たりする結果に打ちのめされそうになりながらも、研究に打ち込む日々を過ごした。

 そして、本当にたまにだったが、島本教授に頼まれて記憶と人格のデジタライズの作業に付き合った。島本教授曰くベースの作業を進め、ボクの脳のモデルの基本となる部分を作っておくと、実際に移行する際にスムーズに行くはずだとのことだった。


 そんなある日の朝。

 雀のさえずりが聞こえる中、日課の散歩をしていると、

 ビビーッ、ビビーッ、ビビーッ!!

 と、けたたましい警告音が、突然研究センターから鳴り響いた。


「まさか、魔物か……!?」

 呟いたボクの前に、そいつは現れた。

 見覚えがある。蜘蛛のような毛むくじゃらの足を生やした生首。


「お前っ! アステリアかっ!?」

 ボクは叫んだ。

「む、むっ、か、か、あ……」

 ずっと、森の中で潜んでいたのか。逃げるときにはあった知性がまるで無く、何かを言おうとするのだが、言葉にならない。


「ぐああっ!!」

 アステリアは叫び声を上げ、急にボクの顔に向かって飛びついてきた。

「主よっ!!」

 ガーくんが叫び声を上げ、走ってきた。見る間に巨大な姿へと変化していく。


 ビシッという炸裂音がアステリアの額で鳴った。そこには硬い鱗のようなものが突き刺さっていた。

 ガーくんの背中の甲羅のような部分が細かくささくれ立っている。

 

「……ア、アイス・ランスッ!!」

 アステリアは額と口から血を吹き出しながら魔法を叫んだ。

 果たしてどこかに正気が残っていたのか、攻撃を受けた影響で覚醒したのかは分からない。

 だが、大きく開いた口からは小さなアイス・ランスが飛び出した。


 まるで、スローモーションのように飛んでくるアイス・ランス。

 ボウッ!!

 空気の塊を吹き出すような音が背後で響いた。

 振り向くと、ガーくんの口から火炎弾が飛び出すところだった。


 熱気が髪の毛を焦がしながら、アイス・ランスを蒸発させる。

 だが、その中の数滴の強酸の液体がボクの身体に飛んだ。

 同時に、アステリアが燃え上がる。


 液体のかかった腹に熱を感じる。

 目の前が暗くなり、ボクはがっくりとその場に膝を折った。

 どこかで聞き覚えのある声が「桜先生……」と言っていたような気がしたが、幻聴かもしれない。

 ボクは意識を失った。

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