第40話 戦後1
ボクらは、あの魔族との一大決戦があった後、しばらくは呆けたように生活していた。ロフウの施した森の結界に守られた研究所に攻めてくる魔物の生き残りはおらず、平和な毎日と言えばそうだったのだ。
その後、いったん帰ってきたナッチは、再び日本全国を巡る旅に出た。
あの戦い以降、力を持つ魔族はかなり減り、そのおかげもあって人々は壁で囲まれたコロニーとも言える小国を作り始めていた。ロフウがナッチと一緒に旅をして回ったそれぞれの拠点が自立自衛の道を歩み始めたのだった。
ナッチは、各小国を回り、魔法防御の強化をするとともにロフウの見いだした魔法使いの卵たちを育てて回ると言っていたのだが、今回はたっての希望で農学博士の荒川教授が一緒についていくことになった。
生き残っている人々の食糧自給率を高めるために働きたいとのことで、ナッチは最初止めていたが、熱意に負けて結局一緒に旅に出ることになったのだった。
ボクらは、二人が旅に出るのを止めようとした。ここにいれば、当面は安全に暮らしていけるはずだからだ。
だが、魔王ゼオンは倒したものの、獄炎のバハルや魔族の一部、有象無象の魔物は依然として生き残っている。そして、自衛隊の近代兵装の大半と護雷神、護雷狼は無くなってしまったのだ。
「今のままでは、人類は遠からず絶滅してしまう。そのためにも、魔法使いは増やすべきだ、そしてロフウの意志を継ぎたいのだ」と言われると、もう止めることはできなかったのだった。
*
――あの戦いから二年が経った頃。
AIの専門家である島本教授が折り入って話があると、ボクの
ふだんから、あまり交流の無い先生で意外な感じがしたが、ボクは招き入れた。
「どうしました?」
「すみません。突然やって来まして。実は少し、私の妄想のような話を聞いて欲しいと思いまして、やって来た次第でして……」
コーデュロイのジャケットにチノパンをはいた島本教授は、七三に分けた白いものの混じる髪を触りながら言った。教授は四十代半ばくらいだと思うが、鋭い目つきが切れ者という印象を抱かせる。
「ん。妄想ですか?」
「ええ。私がAIの研究をしていることはご存知だと思いますが、その中でも一番力を入れている研究がありましてですね」
「ふむ」
島本教授が何を言いたいのか、全然想像もつかない。ボクは曖昧に頷いて、先を促した。
「二年前の魔王軍と自衛隊の戦いを見たことで、私は私の研究を進める必要性を感じました」
「ん――。それは、どういうことです?」
「人格と知能、そして記憶のデジタライズ化。これを進める。そのことが必要なのです。これを実現することで、人は広い意味での不老不死を獲得できるのです……」
「ふうむ。つまり、人の脳の中身をコンピュータに移すという感じですか?」
ボクが眉根にしわを寄せて訊ねると、
「さすが、話が早い。その通りです」
と、島本教授は言って、手を打った。
「それが実現すれば、ある意味で不老不死を獲得することになるというのは分かりますが、なぜその必要性を感じるんです? それに、そもそも、そんなSF映画みたいなことが可能なんですかね?」
「量子物理学の天才からそんなセリフを聞くとは思いませんでしたよ」
島本教授は笑うと、左右の指を組んで膝の上に置いて言葉を続けた。
「私の妄想だという前提で聞いてくださいね。端的に言いますが、黒井先生の研究の成果でタイムトラベルをすることは可能でしょうか?」
「え? また、なんでそんな質問を?」
ボクは首を傾げた。
「……確か、雑誌のインタビューか何かで読んだことがあるんです。黒井先生がタイムトラベルに言及されていたのを。それがもし、可能なのであれば、あの魔震の前にタイムトラベルして皆に魔族、魔物たちのことについて忠告できるんじゃ無いかと思ったんです」
「そういうことですか……。その話とさっきの話はどう繋がるんですか?」
「黒井先生がいくら天才でも、すぐにそのようなことが可能になるとは思えないからです」
「なるほど。やっと、分かりましたよ。つまり、ボクの脳をコンピュータに移せれば、長い時間をかけてタイムトラベルの研究ができるんじゃ無いかということですね。面白いお話ですね」
ボクが思わず笑いながら答えると、
「まあ、だから妄想なんですよ。でも、この人格転移の技術はもうかなり実用段階に近いのです。なので、このこと自体は妄想とも言えないんですよ」
島本教授は笑って返した。
「そうなのですか……でも、すぐにそれが可能だというわけでも無いんですよね?」
「ええ。実用までに、まだしばらくはかかると思います。でも、それが可能になったときにはぜひ試させていただきたい」
「なるほど。まあ、試すというか、実際にそれをお願いするかについては考えておきましょう……。それで、肝心なタイムトラベルですが、
ボクはため息をついてそう言った。
島本教授はそんなぼくの顔を見て、一瞬泣きそうな顔をした。
「いいですか。あくまで私の考えですが、彼らは必ず盛り返します。もしかしたら、あの死んだはずの魔王ゼオンも生き返るかもしれません。ずっと前に、ここを襲ってきたあのアステリアとかいう女性の魔族も首だけになったけれど、死ななかったじゃ無いですか。先生もお気づきだと思いますが、このままではいずれ人間は絶滅です」
島本教授はそう言って、首を振った。
頭の中に、「今のままでは遠からず人間は絶滅してしまう」と言ったナッチの言葉が蘇る。
とりあえず、この日の話はここまでで終わったのだが、ボクは島本教授の心配を完全に否定することはできなかった。
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