第6話 魔法のある世界

 魔法使いの女性は、如月きさらぎ紫織しおりと名乗った。

 紫織はこの今いる城壁で囲まれた深森国ふかもりこく魔法防衛隊まほうぼうえいたいという組織に所属している魔法使いなのだが、反対の方角を見回っていたため、襲撃への対処が遅れたらしい。


 ここの高い城壁は強固な造りとなっている上に強力な防御魔法で守られているのだが、今回はゴーレムという強力な魔物が襲ってきたため、破られてしまったとのことだった。


 外にはこういった魔物や魔獣をはじめ、魔族が構成する魔王軍といった敵がいるらしく、そいつらから一般の人を守るのが魔法防衛隊の仕事なのだそうだ。


 まあ、ここがこういう世界であるのは事実なので受け入れるしか無いのだが、紫織たちが日本人っぽい顔立ちで、日本語を話すということにはどうにも違和感を感じた。考えてみるに、深森国というここの名前も、日本っぽいといえば日本っぽい。


 俺が首をかしげていると、黒井桜が来て

「どうやらこの世界は、パラレルワールドの日本であるのだとボクは思うよ」と言った。

「パラレルワールドって、少しずつ違いのある世界が無数に平行に重なっているイメージだよな。この世界は俺たちの住んでいた世界とは違いすぎるぞ」

 そう俺が言い返すと、


「まあ、それでも無数にあるパラレルワールドの中にはこれほどに変わった世界があってもおかしくないだろう。少しずつ変わっていったとしても、凄く離れたところにある世界はそれほどにかけ離れるのだ」

「そんなもんか? それならここは日本なのか?」

「広い意味ではそうなんじゃ無いのか。だが……」


「ん?」

「いや何でもない。今のところの仮説はさっき言った通りだ。知らんけど」

 と、黒井は言って笑った。


 お前な。知らんけどって……科学者なのか? 本当に?

 議論が深まりそうにないことに頭を抱えていると、

「まあ、でも安心しろ。ボクも元の世界に戻るための研究をするよ」と黒井が付け足した。

「おお。マジか!?」

「うん。ボクの責任もあるしな。大マジだよ! ところで、さっき紫織ちゃんと話してて分かったんだけど、この世界には魔素というエネルギーが満ちていて、それを使う技術体系が魔法なんだそうだ。ボクはこの魔素についても研究するよ」


「ん? 何で?」

「ボクの知識欲が我慢ならないからだよ!」

「いや。それより、元の世界に帰る研究をしようぜ!!」


「それは、もちろんするけどさ。ハハハハ……」

 黒井の乾いた笑い声が響いた。


 こいつ、元の世界に帰るための研究は後回しにするつもりか!!

 俺は結局、しばらくはこの国で生きていくしか無いという現実に、また頭を抱えた。


「つまり、まもるたちのいた世界では魔法は無く、その科学とやらが発達している世界ということでいいのだな?」

 紫織が横からそう訊いてきた。


「まあ、そういうことだ」

 俺はその顔を真正面から見ることができずに、空を見上げながら頷いた。

「桜との話から推察するに、しばらくは帰れないんだろう? よかったら、私と一緒にこの国を守ってくれないか。まもると護雷神、護雷狼が一緒に戦ってくれると心強いのだ」

 紫織はそう言って俺の顔を両手で挟み、無理矢理自分の方へ顔を向けた。


 真剣な目で見つめる如月の不思議な瞳の色を見つめていると、たらりと鼻血が出、その場に倒れた。

「ああっ! 大丈夫か!?」

 紫織が、慌てて俺の鼻を押さえる。


 俺は紫織の膝枕に抱えなられがら、

「もちろん、喜んで戦うよ」と呟いて、言葉を続けた。


「護雷神と護雷狼も単なる戦争の道具であるより、弱い者たちを守る役割の方が全然うれしいはずさ。もちろん、俺もうれしい」

「ありがとう」

 紫織がそう言って俺の頭を撫でた。

 俺はついぞ感じたことの無かった安らぎに包まれ、目を瞑った。


「お前なあ。あんまりデレてると、戦場で死ぬぞっ!!」

 スパーンッといい音で頭をはたかれる。目を開くと黒井が意地悪な顔をして笑っていた。

「この野郎っ!」

 俺は跳ね起きると、逃げ回る黒井を追いかけた。

 紫織の朗らかな笑い声が響く。


「全く……」

 俺は意外に逃げ足の速い黒井を追いかけるのを途中で諦め、夕日に照らされたたずんでいる護雷神へ歩いて行った。

 自律型AIを搭載している護雷狼が、犬のように俺の横に寄り添ってついてきた。俺は護雷狼の頭を撫で、護雷神の元に歩み寄った。


 ふと、あの少女がいて手を合わしていることに気づいた。護雷神の足下には、花と果物が置かれている。

「お礼を言ってたのか?」

「うん。お兄ちゃんもありがとう」

「えっ?」


「お兄ちゃんがこの神様を造ったんでしょ? ここを守ってくれてありがとう」

 少女が笑顔で言った。

 胸がジンとなった。落ちこぼれの研究者だった俺は、自分の研究が人々の役に立ったという事実に改めて感動をしていた。


「護雷神に護雷狼。ここで正義の味方をするのも案外悪くないかもしれないな……」

 俺はそう言って頭を掻くと、夕日に染まった二体の装甲を撫でた。

 護雷神が頷いたような……そんな気がして、俺は微笑んだ。

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