第5話 奥の手

 吹き出した煙は、みるみるうちに一塊ひとかたまりになっていく。

 さらに中では生物らしき影がうごめき、所々で小さな稲妻が走った。

「まさか……あり得ない。ゴーレムが違う魔物へ変化するというのか!?」

 傍らで魔法使いの女性が呟く。


 次の瞬間、煙は晴れ、西洋風の赤黒い巨大な竜が現れた。

 頭にはねじくれた三本の角が生え、赤い目玉が光っている。

 大きく開いた口には二列の尖った牙が生え、背中には蝙蝠のような翼があった。


「ギャオオウウッ!!」

 錆びた鉄を擦り合わせるかのような鳴き声が轟く。

 その化け物は、赤黒く光る鱗に太陽の光を反射させながら悠々と飛んだ。


「な、何だ!? あれはっ!」

「ドラゴン。それもフレイム・ドラゴン……炎竜えんりゅうと呼ばれるものだ」

 魔法使いの女性が答える。


 こちらに向かってくるドラゴンに対して、俺は慌てて高周波ブレードナイフを振りかぶった。

 ナイフを構えきる前に、長い尾が恐ろしい勢いで飛んでくる。

「くそっ!」


 両腕の装甲で攻撃をガードする。

 護雷神は跳ね飛ばされながら、機体の姿勢と脚部ダンパーをAIで制御し、着地をした。


 その瞬間、ドラゴンの口がこちらに向けて開いた。

 青白く光る火炎球が、高熱とともに向かってくる。


 避けると住人に被害が出るかもしれない。

 俺はナイフを振って迎撃した。

 飛び散る火花から、住人が逃げ惑う。


 さらに、ドラゴンに向かってナイフを振る。

 ガ、ギギッン!!

 ゴーレムの魔法防御を打ち破った高周波ブレードナイフが、体表の鱗に弾かれてしまう。


「フレイム・ドラゴンの防御は硬いのだ! 体を覆ううろこ全てに、強力な魔素が含まれているからな。だが、こっちにも奥の手がある!」

「奥の手!? そんなの無いぞ!」


「大丈夫。私に任せろ」

 慌てる俺に、女性は笑って答えた。


「護雷神と護雷狼よ。かの魔物、フレイム・ドラゴンを倒すため、ともに力を合一し、高めあえ。 この地に至る全ての精霊よ。二体の力を合一させたまえ! ジャベリオン・ソルゴロス!!」


 女性が呪文を詠唱するのと同時に、

「ウォオオーン、ルルオオーン!!」

 護雷狼が朗々と吠え声を上げた。震えが来るほどに美しい吠え声だった。


 次の瞬間、護雷狼は縦に高速回転をしながら、ドラゴンの首に激突した。赤く光る円形のノコギリが飛んでいったような感じだ。

 赤黒い鱗が空中に煌めきながら散っていく。


 そのまま縦回転を維持して、護雷狼が護雷神へ向かって飛んできた。

 俺は反射的に護雷神を護雷狼に向かってジャンプさせ、両腕、両足を広げた。

 何故だか分からないが、そうすべきだと思ったのだ。


 ぶつかる瞬間、護雷狼の頭と手足が分離し、護雷神の頭と肩、そして手足に分離合体した。胴体は薄く変形し、背中から腹までを覆う。


 護雷神の白銀の体に、護雷狼のレッド・メタリックの装甲が光り輝く。

「護雷神と護雷狼が魔法合体した姿ぞ。さしずめ、護雷王ごらいおうだな」

 魔法使いの女性が言った。


 俺は身震いした。こんな合体機能なんてこの二体には元々無いのだ。それがこんな、子どもの頃に考えたとおりの力を持つなんて!!


 突然、頭に新たな力が閃いた。これも女性が二体に新たに付加した力に違いなかった。


 見る見るうちに、高周波ブレードナイフが長くなっていく。

 俺は切っ先を大きな円を描くように一周させると、上段に構えた。


 ナイフにあり得ないくらいのエネルギーが集まっているのを感じる。

 フレイム・ドラゴンは危機を感じ取ったのか、背中を向けると空中を蛇行しながら逃げ出した。


 すると、突然射撃用のAIアプリが起動した。ARグラスの中で照準が動いてドラゴンを捕捉する。将来的な射撃武装用の機能だった。


「護雷王。行くぜっ!! 天翔円月斬てんしょうえんげつざんっ!!」

 必殺技の名前を叫び、一気に振り下ろす。

 忘れていたはずの子どもの頃の思い。それが、恥ずかしげも無く口からついて出た。


 シュンッ!

 青白い三日月型の衝撃波が空気を切り裂いて飛ぶ。

 その一撃は、最初に護雷狼が鱗を弾き飛ばした場所に寸分違わず当たり、一瞬でドラゴンの首と胴体を切り離した。


 鈍い音を立て、フレイム・ドラゴンが地面に落ちる。

 そして、巨大なその身体は瞬く間に散り散りに消えていった。


「あのフレイム・ドラゴンの硬い防御をあっさり切り裂くとは、予想を超える威力だったな」

 魔法使いの女性はそう言い、俺の肩を叩いた。

 俺はARグラスを外すと傍らに立つ女性を見上げた。その満足げな横顔は、恐ろしく美しく、可憐だった。

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