第2話 しつこいピエロ
「あ、あの…わたくしピエロンと名乗る者でして、あの…あっ…待って、ちょっと…」
駅の近くの大型ショッピングモールの駐輪場でもう一度声を掛けたところ、瞬時にものすごく距離を取られた。
話も聞いて貰えないのか…
だけど強引に近づいたらきっと警察を呼ばれるに違いない。
完全に二人目のストーカー扱いだった。
なんとかお助け魔道具でもあるコンパクトを渡そうと彼女の様子を探っていたが、ピエロの仮面を付けて話を聞いて貰うのは難しいのかもしれない。
彼女とは出会って間もない赤の他人であるわけだし、仕方のない事だった。
ピエロの仮面はデザインを女子受けを意識した可愛らしい物にしたが、微塵も効果はなさそうだ。
デザイン云々ではなく、おそらく仮面そのもののせいで敬遠されている。
でも仮面無しでは話かけられない…
どうしよう…
まず先に話し方教室とかコミュニケーションを学びに行くべきか?
こんな仮面を付けて女性をつけ回すより100%間違いなくそっちがいいだろう。
やっぱり家に帰ってもう一度考え直すか。
「あのう…」
背後から微かに声がした。
振り返ると、俺を怖がっているはずの女性が立っていた。
しかし結構距離がある上に更に距離を取られる。
「私に言いたいことがあるんですよね?それ、聞きます。聞いたらもう止めてもらえますか?止めないならあなたの事も…警察に言います。」
不審者扱いされているとはいえ彼女は勇気を振り絞って声をかけてくれたのだ。
ありがたかった。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
俺も勇気を出すしかない!
思いきって仮面を外すと、
「怖い思いをさせてすみませんでした!」
と深々と頭を下げた。
「実は話したいことと渡したいものがありまして、ほんの2、3分でいいのでお時間をいただけないでしょうか?」
仮面を外した俺は、緊張で地面を見つめたまま話した。
目を合わせるのは無理だった。
女性はゆっくり近づいて、俺の視界に足先が見えるところまで来てくれた。
そこでふっと顔を上げると彼女の不安げな大きな瞳と目が合う。
「!!!」
衝撃的に可愛かったが、目線は秒で地面に戻した。心臓がもたない。
急いで鞄からビジューでキラキラ光るコンパクトを取り出した。
「これ、魔力を込めた変身コンパクトです。ストーカー対策のお守りとして持っていて欲しいんです。」
「魔力を込めた変身コンパクト?」
彼女は困惑した様子だった。
「はい。変身と言っても外側じゃなくて中身、内面のキャラクターが変わるんです。正確には"現状維持破壊コンパクト"と言います。」
相変わらず地面に向かって話し続ける。
「現状維持…破壊…ですか?なんだか、すごい名前ですね…」
ほんの少し彼女が興味を持ってくれたような感触があった。
「あの、詳しくお話ししたいので仮面を付けてもいいですか?」
「…わかりました」
俺はまたピエロの仮面を付けて顔を上げると、彼女が真っ直ぐこちらを見ていた。
鼓動が早くなるのを感じたが、コンパクトを作ろうと思った理由と、魔道具で彼女を見つけたこと、コンパクトの利用方法を説明した。
それでもおそらく10分以上はかかってしまった。
「基本的には周囲の人を頼ったり、すぐに逃げる事を最優先して下さい。コンパクトはピンチの時に開いて呪文を言ったら、相手に投げつけちゃって下さい。適当に投げても威力を増幅してぶつかってくれます。」
魔道具を渡すことには成功したが、彼女には十分気をつけて欲しかった。
魔道具に絶対の保証もないのだ。
彼女は真剣に話を聞いてくれて、コンパクトも受け取ってくれた。
まずは目的を達成できた。
「私も半年前のニュースを知ってました。だからすごく怖くて。これ、お守りとして持っておきます。」
そう言ってぎこちなく微笑む彼女に少しほっとした。
どうか危険な目に遭わずに、安心して毎日を過ごして欲しい。
「まだ、俺の事信用出来ないと思うんで、そのコンパクトも何も仕掛けられてないか確認してみてください!場所を特定するタグとか…心配ですよね?」
「は、はい…わかりました」
「それと、このメモは俺の連絡先です。魔道具の事もあるし、困ったらいつでも使って下さい。今のストーカーの件が片付くまでは協力させて下さい。じゃあ、失礼します!」
10分以上も話してしまい、最後は急いで言いたい事を言うとすぐに走り去ろうとした…
「あの、ありがとう…ございます」
彼女は俺の後ろ姿に慌ててお礼を言ってくれた。
「いえ、たくさん怖がらせて本当にすみませんでした。」
彼女にもう一度頭を下げ、ストーカーがどこかで見ていないか周囲を確認しその場を離れた。
ようやく目的を達成できたが、俺は疲れ果てていた。
女性と長く話す事にエネルギーをかなり使ったと思う。
俺にこそ"現状維持破壊コンパクト"は必要だったかもな…
だけどあれは3分程度しかもたないから、どのみち今回説明するのに時間は足りないか。
そのうち彼女があれを使う時が来るだろうか?
もし使うとしたら役に立って欲しい。
万が一ダメでも俺が…俺が近くにいて助けてあげられたらいいのに。
赤の他人のピエロの仮面をした不審者が傍にいるなんて無理か…
家に着くまでの間、今日の反省で頭がパンクしそうだった。
早く魔道具が要らない状況になって欲しい。
もう誰も、あんな不安な顔で笑わなくて済むように。
つづく
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