第14話:倒産寸前の鍛冶師と、債権買い取り
商業ギルドを屈服させたその足で、タナカとリアは王都の下町へと向かった。
そこは「鍛冶場区画」。
あちこちから槌音が響き、石炭の煙と熱気が立ち込める、職人たちの聖地だ。
だが、その一角だけが、異様な静けさと不穏な空気に包まれていた。
かつてタナカがリアの首飾りを購入した、あの古びた店――『
今は窓ガラスが外から石を投げられたのか割れており、閉ざされた扉には赤い紙――「差押予告書」がベタベタと貼られている。
「おいドワーフ! 居留守使ってんじゃねえぞ!」
店の前には、ガラの悪い男たちが数人張り込んでいた。闇金の取立て屋だ。
彼らは鉄パイプで扉をガンガンと叩き、怒号を浴びせている。
「金はまだか! 今日中に払えなきゃ、この店ごと焼き払うぞ! 出てこい!」
その光景を見て、リアが悲痛な顔をした。
「ひどい……。あの方は、私の首飾りを売ってくれた店主さんですよね? どうしてあんなことに……」
「『腕が良い』ことの弊害だな。実力があるからこそ、身の丈に合わない大きな仕事に巻き込まれ、資金繰りがショートしたんだろうな」
タナカは冷静に分析した。
『アドミン・ビュー』が、店の惨状をデータとして映し出す。
『経営状態:破産寸前(債務超過)』。
「行くぞ。奴らが昼飯休憩に入るまで待つ」
†
数十分後。借金取りたちが近くの酒場へ消えた隙を見計らい、タナカたちは裏口の鍵をピッキングして店へ侵入した。
中は荒れている。
だが、それは誰かに荒らされたというよりは、主人の自暴自棄による惨状だった。
掃除がされていない床には埃が積もり、飲み干した酒瓶が足の踏み場もないほど転がっている。
冷え切った炉の前で、小柄なドワーフがうずくまっていた。
白髪交じりの髭は伸び放題で酒臭く、その腕や背中は岩のように分厚いが、生気を感じさせない。
店主のガンツだ。
「……誰だ」
ガンツは顔も上げずに呟いた。声には深い疲労と絶望が滲んでいる。
「借金取りなら、裏から入ろうが無駄だぞ……。金はねえ。明日にはこの命ごと持っていけ」
「王都一の職人が聞いて呆れるな。廃業か?」
タナカの冷ややかな声に、ガンツがのろりと顔を上げた。濁った瞳がタナカを捉え、微かに見開かれる。
「……お前は、あの時の貧乏人か。あの首飾り、使いこなせているようだな」
「おかげさまでな。だが、店の方は随分と景気が悪そうじゃないか」
その言葉が、地雷を踏んだ。
ガンツが激昂し、手元にあった酒瓶を壁に投げつけた。
ガシャーン!!
「勇者の野郎だッ!!」
ガンツが叫んだ。その目には、憎悪の炎が燃え盛っていた。
「キョウヤとかいう小僧が来やがったんだ。『魔王を倒すために最高級の装備が必要だ』『お前の腕を見込んで頼む』ってな!」
ガンツはその言葉に職人魂を揺さぶられた。
私財を投げ打ち、借金までして最高級素材『オリハルコン』を調達し、不眠不休で全身鎧を作り上げた。
総工費、1000万G。
「だが、あいつは金も払わずに持ち去りやがった! 『金は国が出すからツケで』ってな!」
しかし、国に請求書を持っていくと、門前払いされた。
『勇者予算の枠外だ』『正規の手続きを経ていない個人取引は無効だ』と。
「結果、俺に残ったのは材料費の借金だけだ! これが『勇者』様のやり口だ!!」
ガンツは慟哭した。
技術への誇りを踏みにじられ、生活の全てを奪われた男の絶望がそこにあった。
リアが涙ぐむ中、タナカだけは表情を変えなかった。
(……やはりな。あの馬鹿勇者らしい「下請けいじめ」だ)
タナカは同情しなかった。
代わりに、ガンツのステータスを冷徹に解析した。
『対象:ガンツ・アイアンハンド』
『種族:ドワーフ』
『職業:鍛冶師(SSランク)』
『スキル:神業(素材の性能を120%引き出す)』
『財務状況:負債総額300万G(闇金)』
(300万の借金か。だが、彼の技術が生み出す利益は、将来的に億を下らない。300万でこの技術が手に入るなら……安い買い物だ)
タナカの中で、計算が弾き出された。
勇者パーティは、金の卵を産むガチョウを殺しかけている。愚か者め。
†
その時だった。
ドォン!!
表の扉が激しい音と共に蹴破られた。
「おいコラ! 話し声がしたぞ! やっぱ中にいやがったな!」
タイミング悪く、昼食を終えた借金取りたちが戻ってきたのだ。
リーダー格の男がズカズカと踏み込み、ガンツを睨みつける。
「散々待たせやがって……。金は用意できたんだろうな!」
男は返事を待たず、作業台に置いてあった作りかけの
「金もねえくせに、こんなガラクタ抱え込んでんじゃねえぞ!」
ガンッ!
男が鉄パイプを、床に転がった篭手に力任せに叩きつけた。
普通の鉄なら凹むか、ひしゃげるはずの一撃だ。
――キィィィン!!
だが、響いたのは澄み渡るような硬質な音だった。
篭手は無傷。
それどころか、叩きつけた鉄パイプの方が「くの字」に曲がってしまったのだ。
「ぐぉっ!? て、手が……痺れた……!」
男が鉄パイプを取り落とし、ジンジンと痺れる手首を押さえた。
仲間たちが驚愕の声を上げる。
「な、なんだコリャ!? 鉄パイプがひしゃげたぞ!?」
「どんな硬さしてやがんだ……!」
ガンツは鼻を鳴らした。
「ふん。そいつは俺が『失敗作』として捨てようとしてた試作品だ。合金の配合をミスって強度が足りねえが、てめえらの安いパイプよりはマシらしいな」
「っ……、失敗作だと……!?」
タナカの『アドミン・ビュー』が、その篭手のスペックを表示する。
『アイテム:失敗作のガントレット』
『防御力:50(王宮騎士団制式装備の2倍)』
『特性:物理ダメージ反射(微)』
『評価:Aランク』
(……なるほど。このドワーフ、『基準』がバグっているな)
タナカは内心で舌を巻いた。
一般市場なら「国宝級」の代物を、この職人は「失敗作」として捨てているのだ。
この狂気的なまでの完璧主義。
これこそが、タナカが求めていた「技術」の正体だ。
(絶対に逃がさん。こいつは我が社の心臓部になる)
「待て」
タナカが二人の間に割って入った。
ボロボロのスーツ姿だが、その態度は王侯貴族のように傲岸不遜だった。
「せめて金目のモンは回収させてもらうぜ、と言いたそうだな」
「あぁ? 誰だてめえ」
「通りすがりの投資家だ」
タナカは懐から革袋を取り出した。中には、昨日商業ギルドから巻き上げた300万Gの手形が入っている。
「私が彼の借金を肩代わりする。……ただし、全額ではない」
「はあ? 何言ってんだ」
「ガンツは破産寸前だ。このまま店の物を持って行っても、せいぜい100万Gにしかならん。アンタらも貸し倒れは困るだろう?」
タナカは新たな手形を取り出し、サラサラと金額を書き込んだ。
200万G。
「今ここで、現金で200万払う。これで債権を私に譲渡しろ」
「なっ……!?」
「200万回収できれば、元本は確保できるはずだ。焦げ付いてゼロになるか、今すぐ現金を手にするか。……選べ」
借金取りたちは顔を見合わせた。
彼らもプロだ。ガンツから搾り取れないことは一目瞭然だ。
確実に200万が手に入るなら、そのほうが遥かにマシだ。
「……チッ。分かったよ。商談成立だ」
リーダーが手形をひったくった。
代わりに、借用書がタナカの手に渡る。
「おいドワーフ、運のいい野郎だ。せいぜいこいつに感謝しな」
借金取りたちは、曲がった鉄パイプを捨てて去っていった。
†
工房に静けさが戻った。
ガンツは震えながら、タナカを見上げた。
「あ、あんた……神様か? 俺を助けてくれたのか……?」
絶望の淵から救い出された職人。
普通なら、ここで感動の抱擁となる場面だ。
だが、タナカは冷ややかに、手元の借用書をガンツに見せつけた。
「勘違いするな。私はお前を助けたんじゃない。『買った』んだ」
「えっ……?」
「お前の借金300万Gの債権者は、私になった。今すぐ返せるか?」
ガンツは絶句した。
200万で買い取った債権だが、額面通りの300万を請求する権利がタナカにはある。
「む、無理だ……」
「なら、身体で払え」
タナカはガンツの胸倉を掴み、立たせた。
「今日からお前は『株式会社タナカ』の製造部長だ。給料から天引きで返済してもらう。」
タナカは懐から、新しい工場の鍵を投げ渡した。スラムにある拠点の鍵だ。
「ただし、今までのようなドンブリ勘定は許さない。材料の仕入れ値、燃料費、作業時間、釘一本単位で、すべて帳簿につけてくれ。」
「く、釘一本だと……? 俺の腕をそんな窮屈な型に……」
「その代わり」
タナカは言葉を継いだ。
「技術への対価は正当に支払う。材料費も惜しまない。生活の心配はさせない。……存分に腕を振るってくれ。」
ガンツの目が大きく見開かれた。
「技術への対価」。
勇者に踏みにじられ、誰にも評価されなかった自分の誇りを、この男は「正当に買う」と言ったのだ。
それは、同情されるよりも遥かに、職人の魂に火をつける言葉だった。
「……へっ、面白ぇ」
ガンツの口元が歪んだ。目に生気が戻り、職人の鋭い眼光が復活する。
「釘一本の管理だと? 上等だ。ドワーフをナメるなよ。ミリ単位でコスト削って、最高のモン作ってやらぁ!」
「いい返事だ。期待しているぞ」
†
夕暮れの帰り道。
タナカ、リア、そして新たな仲間ガンツが、スラムの工場へ向かっていた。
これで「資金(120万G)」「
組織としての骨格は完成した。
「よかったですね、ガンツさん。社長は厳しいですけど、ご飯は美味しいですし、嘘はつきませんよ」
リアが嬉しそうに言った。
ガンツは髭をいじりながら、ぶっきらぼうに答えた。
「けっ、分かってるよ。……あのクソ勇者とは大違いだ」
タナカは少し離れた場所を歩きながら、懐から小瓶を取り出した。
実験に使った「油とマグネシウム」の小瓶だ。
(製造ラインは整った。次は『商品開発』だ)
タナカの目は、すでに次のビジネスを見据えていた。
魔法が絶対視されるこの世界に、安価で強力な科学兵器をばら撒く。
それが、市場のシェアを塗り替えるための次なる一手だ。
「ガンツ。さっそくだが、明日から作ってもらいたいものがある」
「おうよ、何でも言ってみろ!」
株式会社タナカ(仮)の快進撃は、ここから加速する。
−−−−−−−−−−−
• 前話終了時残高: 3,221,095 G
• 【投資支出】
◦ 債権買取費用: △ 2,000,000 G
※ガンツの300万Gの借金を200万Gで買取
• 現時点残高: 1,221,095 G
• 【資産の部】
◦ 流動資産(現金): 1,221,095 G
◦ 貸付金(ガンツへの債権): 3,000,000 G
※額面300万Gの債権を保有(給与天引きで回収予定)
◦ 固定資産: スラム廃工場
◦ 無形資産: 独自技術
• 【負債の部】
◦ 未払費用: 300,000 G(次月末支払)
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お読みいただきありがとうございます。
株式会社タナカ(仮)の業務報告は以上となります。
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タナカとリアの快進撃を、ぜひ「株主」として支えていただければ幸いです。
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