第13話:商業ギルドの陥落と、マナの掛からない火
翌朝。
王都の中心街にある商業ギルド本部は、相変わらずの繁栄を見せつけていた。
磨き上げられた大理石の床は鏡のように輝き、豪奢な衣装を纏った商人たちが、我が物顔で行き交っている。
そこには、金と香水、そして特権階級特有の甘ったるい傲慢さが充満していた。
その煌びやかな空間に、場違いな二人組が足を踏み入れた。
泥と煤で汚れたスーツを着た男と、安物のチュニックに泥だらけのブーツを履いた獣人の少女。
タナカとリアだ。
二人が現れた瞬間、ロビーの空気が冷ややかに凍りついた。
軽蔑、嘲笑、そして不快感。それらの視線が、無言の圧力となって二人に突き刺さる。
「……また来たの?」
受付カウンターに座っていた女性が、露骨に顔をしかめた。昨日、タナカたちを門前払いした受付嬢だ。
「昨日はスラムのゴミを持ってきて、今日は何? ここは貴方たちのような浮浪者が来ていい場所じゃないのよ。床が汚れるわ」
彼女は扇子で鼻をあおぎ、周囲の警備員に目配せをした。
「衛兵! この不審者たちをつまみ出しなさい!」
ガチャリ、と鎧の音をさせて、槍を持った衛兵たちが近づいてくる。
リアが低く唸り声を上げ、身構えた。首元の『古の首飾り』が微かに赤く発光する。
だが、タナカは片手でそれを制した。
「暴力はコストの無駄だ、リア。下がっていろ」
タナカは動じることなくカウンターへ歩み寄った。背中のリュックから、昨日の戦利品を取り出す。
その目は、受付嬢の背後にある「巨大な金庫」――すなわち、ギルドという組織そのものを見据えていた。
「約束通り来てやったぞ。……さあ、商談を始めようか」
タナカは麻袋を逆さにし、カウンターの上に中身をぶちまけた。
――ゴロゴロゴロ……!!
重厚な音と共に、カウンターの上に真っ赤な「山」が築かれた。
瞬間、ロビー中の視線が釘付けになった。
「なっ……!?」
そこにあるのはゴミではない。
脈動するように赤い光を放つ『紅蓮石(特大)』の結晶群。
黄金の輝きを放つ『ゴールデン・ラビットの毛皮』。
そして、まだ熱を帯びている『火トカゲの皮』。
それらが放つ圧倒的な熱量と魔力光が、シャンデリアの輝きすらかき消し、ロビーを赤く染め上げたのだ。
「こ、これは……紅蓮石!? しかも、こんな大きさ……!」
「馬鹿な、今は市場から枯渇しているはずじゃ……」
商人たちがざわめき立つ。
タナカは受付嬢の目の前で、とびきり大きな紅蓮石を一つ、コツンと指で弾いた。
「昨日は私が持ち込んだ資源を『汚い素材』と断じてくれたな。……だが、これでもまだ同じことが言えるか? 私の目には、今の市場が喉から手が出るほど欲しがっている『戦略物資』に見えるのだが」
受付嬢はパクパクと口を開閉させるだけで、言葉が出てこない。
その時、奥の扉が勢いよく開かれた。
「騒がしいぞ、何事だ!」
現れたのは、恰幅の良い中年男だった。
上質なシルクの服に身を包み、十本の指すべてに宝石の指輪をジャラジャラとつけた男。
商業ギルド王都支部長、ボルゾイだ。
彼はカウンターの上の「宝の山」を見るなり、はしたなく目を見開いた。
(……本物だ。しかも、これほどの純度と大きさは見たことがない! これさえあれば、工業ギルドへの供給不足を一気に解消できる!)
ボルゾイの瞳に、強欲な商人の色が宿る。
だが、彼は一瞬で表情を取り繕い、鷹揚に頷いてみせた。
「ほう、面白い。少しは見る目のある拾い屋のようだ。……奥へ通せ。話を聞こうか」
†
通されたのは、ギルドの奥にあるVIP専用の応接室だった。
最高級の革張りソファに、壁には名画が飾られている。
だが、出された紅茶はわざとらしく冷え切っていた。
「お前たちは歓迎されていない客だ」という、無言のマウントだ。
ボルゾイは葉巻をくゆらせ、タナカがテーブルに並べた素材を鑑定用ルーペで覗き込んだ。
「……確かに、悪くない品だ」
ボルゾイは煙を吐き出し、さも興味なさそうに言った。
「だが、出所が不明瞭だ。それに保管状態も完璧とは言えない。……まあ、情けをかけて、一式まとめて100万Gで買い取ろう」
「なっ!?」
リアが椅子から腰を浮かせた。
「100万Gですって!? 相場は最低でも200万Gのはずです! 足元を見ないでください!」
タナカの『アドミン・ビュー』による試算でも、適正価格は200万Gを超えている。それを半値で買い叩くとは、暴利にもほどがある。
だが、ボルゾイは鼻で笑った。
「お嬢ちゃん、素人は困るな。商売には『経費』がかかるんだよ」
彼は紅蓮石の一つを手に取り、コンコンとテーブルを叩いた。
「この『紅蓮石』は、原石のままじゃただの石だ。暖房や武具に使うには、魔術師が魔力を込めて『
「活性化……?」
「そうだ。そして、ここが重要なんだが……」
ボルゾイは身を乗り出し、意地悪くニヤリと笑った。
「魔法を使うには、神への『奉納金』がかかる。知っているだろう? 魔術師を雇い、神に高い手数料を払って加工するんだ。そのコストがバカ高い。だから、素材の買取価格を抑えるしかないのさ」
タナカは眼鏡の奥で目を細めた。
『アドミン・ビュー』を展開し、この世界の物理法則――いや、システムコードを解析する。
『法則解析:魔法発動プロセス』
『条件:マナ消費による現象書き換え』
『コスト:術者のMP』
『徴収:消費マナの30%相当額(通貨換算)が、システム維持費として神へ自動送金される』
(……なるほど。そういうことか)
タナカは内心で舌を巻いた。
この世界は、魔法という便利なツールを使うたびに、胴元である「神」に3割の手数料を持っていかれる『超・重税国家』なのだ。
魔法が便利すぎるがゆえに、産業のすべてが魔法に依存し、そのコストが経済を圧迫している。
これが、この国の経済が停滞している根本的な原因だ。
「理解できたかね? 貧乏人には難しい話だったか?」
ボルゾイが勝ち誇ったように言う。
タナカは静かに紅茶を一口すすり、カップを置いた。
「つまり、支部長。加工コストさえかからなければ、満額……いや、色を付けて買い取るんだな?」
「はっ、何を言うかと思えば」
ボルゾイは呆れたように肩をすくめた。
「無理だね。魔力を使わずに紅蓮石を燃やすことなど、宮廷の大魔導師様でも不可能だ。神の理からは誰も逃げられんよ」
「……そうか。『神の理』なら、そうだろうな」
タナカは懐に手を入れた。
取り出したのは、スラムのゴミ山で拾った金属片と、小さな小瓶だ。
「な、なんだそれは。ゴミか?」
「見ていろ。これが『経営努力』だ」
タナカは紅蓮石の上に、金属片――『マグネシウムのリボン』を乗せ、小瓶に入った着火剤を垂らした。
どちらも原価数Gのガラクタだ。
「リア、目を閉じていろ。眩しいぞ」
「えっ?」
タナカは火打ち石を取り出し、マグネシウムに向かって火花を散らした。
カッッッ!!!!
狭い応接室が、閃光に包まれた。
太陽が爆発したかのような強烈な白い光。
そして、猛烈な熱波。
「うわああっ!?」
ボルゾイが悲鳴を上げてソファから転げ落ちた。
魔法の詠唱などない。魔力の波動もない。
ただ、圧倒的な物理現象としての「熱」だけがそこにあった。
マグネシウムの燃焼熱は数千度に達する。その熱ショックが引き金となり、紅蓮石内部のエネルギーが連鎖的に励起される。
光が収まった時、テーブルの上には、赤々と脈動し、完全に活性化した紅蓮石が転がっていた。
テーブルの天板が熱で焦げ、煙を上げている。
『システムログ:魔法発動なし』
『マナ消費:0』
『システム利用料:0G』
『状態:紅蓮石、完全活性化(出力120%)』
「な、な……なんだ今のは!?」
ボルゾイは腰を抜かしたまま、動けなくなっている。
「詠唱もなしに……マナも捧げずに、石を起動させただと!? あり得ん! そんな馬鹿なことが!」
リアも目を丸くして、熱を放つ石を見つめている。
「しゃ、社長……マナの気配がしません……でも、すごく熱いです! 魔法じゃないのに、魔法みたいです!」
「これは魔法じゃない。『化学』だ」
タナカは淡々と告げた。
「ただの酸化反応だ。物理現象にすぎない。だから、神に手数料を払う必要などない」
タナカは活性化した石をハンカチで掴み、ボルゾイの目の前に転がした。
「支部長。この技術を使えば、コストはほぼゼロだ。……さて、私がこの技術と素材を、アンタのライバルである『工業ギルド』に持ち込んだらどうなると思う?」
ボルゾイの顔から、滝のような汗が噴き出した。
商人の本能が警鐘を鳴らしている。
コストゼロで加工ができるなら、価格競争で絶対に勝てない。
この男を敵に回せば、商業ギルドのシェアは根こそぎ奪われる。
「ま、待て! 待ってくれ!」
ボルゾイは這いつくばるようにしてテーブルにしがみついた。傲慢な態度は消え失せ、必死の形相だ。
「話そう! いくらだ!? いくら出せばいい!? その技術、我がギルドで独占したい!」
タナカは冷ややかに見下ろし、指を3本立てた。
「今回の素材の買取価格は300万Gだ」
「さ、300万!? 相場の1.5倍だぞ!」
「技術料込みだ。安いものだろう? さらに、今後『株式会社タナカ』が持ち込む素材は全て優先的に、こちらの言い値で買い取ること」
それは交渉ではなかった。
生存権を握った者による、一方的な通告だ。
ボルゾイは脂汗を拭いながら、ガクガクと頷いた。
「わ、分かった……! 契約する! だから工業ギルドには行かないでくれ!」
「賢明な判断だ。……ああ、最後に一つ」
タナカは部屋を出る間際、振り返って言った。
「あの受付の態度を教育し直せ。不愉快だ」
†
商業ギルドを出たタナカの懐には、300万Gの手形が入っていた。
帰り際、受付嬢は青ざめた顔で震えながら、額を床に擦り付けて見送った。彼女のキャリアは、今日で終わりだろう。
外に出ると、王都の風は心地よかった。
「すごいです社長! 魔法を使わずに魔法を超えるなんて……! あれが『カガク』なんですね!」
リアが興奮気味に尻尾を振っている。
タナカは眼鏡を直し、頷いた。
「ああ。この世界は『魔法』という便利なシステムに甘えて、思考停止している。コスト意識のない技術は、いずれ淘汰される。そこが我々の付け目だ」
「はい! 社長についていけば、世界だって変えられそうです!」
「世界を変える前に、まずは我々の足場だ」
タナカは懐の手形を軽く叩いた。
300万G。
これだけあれば、スラムの工場を本格的な「生産拠点」に改築できる。
だが、金だけでは足りないものがある。
「人材が必要だ」
「人材、ですか? ガジェルさんたちだけじゃ足りませんか?」
「彼らは警備員だ。私が欲しいのは、私の計算についてこられる、腕のいい『技術者』だ」
タナカは、リアの首飾りを購入した、あの古びた店を思い出す。
あの日、店の隅に無造作に転がっていた無骨な剣や鎧。
一見すればただの鉄屑だった。だが、タナカの『アドミン・ビュー』は、それらが王宮騎士団の装備すら凌駕する「Sランクの性能」を秘めていることを見抜いていた。
見た目を飾らないがゆえに売れ残っていた、本物の職人の仕事。
「安くて、腕が良くて、そして……商売が下手で金に困っている職人を一人知っている」
タナカの視線は、王都の下町、鍛冶場区画の方角へ向けられていた。
「行くぞ、リア。ヘッドハンティングの時間だ」
株式会社タナカの拡大は止まらない。
次は、「技術」という名の資産を手に入れてやる。
−−−−−−−−−−−
•前話終了時残高: 221,095 G
【営業収入】
素材売却益(技術料込): + 3,000,000 G
•現時点残高: 3,221,095 G
【その他資産】
無形資産: 独自技術「化学活性化プロセス」
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お読みいただきありがとうございます。
株式会社タナカ(仮)の業務報告は以上となります。
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