第33話 隠しファイル
「見積もり……? あ! そうじゃん!」
私は初日の怒りを思い出した。突然訳のわからない世界に召喚されて(当時は夢だと思っていたが)、帰路の予算は無い、と言われれば誰でも怒る。そうして怒った私は、見積もりまで1ヶ月くれ、というチェレーゼの言葉に渋々頷いたのだ。確かにもうそろそろ出てもいい頃である。
「というか、ピグトニャもこのプロジェクトのメンバーなの?」
「そうでなければ、俺はおまえが異界人なのも知らないし、何も明かされやしない。チェレーゼ神官サマの弟と言えども。これがメンバー一覧だが……おまえ、スマホもタブレットもないんだよな。印刷したくないし連絡手段も必要だから、俺の古いやつやる」
「いいの!?」
「新しいのが欲しくなったら自分で買えよ」
ピグトニャはそう言って、ポータルからスマホを出した。充電器に刺して置いておくと、1分程度で画面が明るくなる。そうして初期化やら何やらを凄まじい速度で済ませて、充電ケーブルは刺したまま、こちらへポイっと投げてくる。
「充電器もやる」
「ありがとー!」
「それで今表示されてる画像を見てほしいんだが……」
指示通りに眺めると、「プロジェクトメンバー一覧」という素っ気ない表に、何人かの名前と所属が記載されている。
「姉さんがリーダーで……俺の名前はここ。他におまえの素性を知ってる奴はここに書かれてる奴だけだ。他のメンバーと話すことはほぼないだろうが、念のため覚えておけ」
「がんばる」
「そしてこっちが、頼まれてたやつだ」
しゅっ、とスライドして見積書が出てくる。途方もなく高そうな金額ということだけはわかるが、いまいちピンとこない。
「これ日本円でいくらぐらい?」
「その説明は難しい……エデンの言語でも金銭感覚のニュアンスは掴めないと言われてる。実際にここで暮らさないと。ただ、そこにある金額は一朝一夕で個人が出せるもんじゃない……それこそ本当に勇者になったとしても、だ」
「そんな! じゃあ帰れないの?」
「いや……姉さんはじめ、このメンバーのほとんどは信仰が厚い。可哀想な異界人にそんな残酷な真似はできない。だから見積もり依頼に対応したわけで……正直、国が焦って往路の予算しか出さずに強行突破したのにも怒ってたような人たちなんだ。何かしら対処するだろ。詳細はあとで読め、俺が本当に話したいのはそこじゃない」
上司に詰められて本意でない行いをしてしまった人たちに怒るなんて、私はなんと心の狭い行いをしてしまったのだろう。組織人として同情を禁じ得ない。そうして私が反省している間に、ピグトニャがさらにデータを送ってきた。一枚のスクリーンショットで、Windowsのエクスプローラーに近い。さっきのメンバー一覧もExcelで作れそうだし、見積書の様式も全然違和感がなかった。ピグイタンでも他の宇宙でも、結局技術はひとつの方角へ向かうのだろうか。
「それはこのプロジェクトの共有フォルダにある……父さんの……ファーザー・エイリム大神官の、個人フォルダだ。変な隠しファイルがあって……まったく、老人ってのは隠し方が中途半端だよな。アクセス制限の概念を教えてやらないと」
「地球と同じだね……でも隠しファイル使えるだけすごいよ、いやマジで。どれどれ……」
染谷さん! 何もしてないのにパソコン壊れちゃった! と嘆く同僚たちのお世話をしていた会社員時代を、懐かしく思い出す。タイピングが速いからパソコンにも強い、という謎の理論で、機械トラブルが発生するたびに呼ばれていた。思い出したらもう全然帰りたくなくなってきたな。もう帰らなくていいかもしれない。名残惜しいのは、わずかな友人とだいふくちゃんのみである。
「……ソメヤ・イツナ_観察録_バージョン①?」
「②とか③もあるのかよってな。そのうち絶対【最終版】とか【こっちを確認】とか出てくる」
「本当に地球と同じだね」
ソメヤ・イツナは私の本名だ。染谷いつな、という。「イストゥール」というファミリーネームは、メジャーな苗字の中で比較的私の名前に近いものをセレクトしてくれたのだと、あとでチェレーゼが言っていた。おかげ様で、それなりに馴染んできている。元の世界に帰ったとき、うっかりイストゥールと名乗りそうで怖い。
「で、まぁ、別にこれだけなら、なんか必要なんだろう……でスルーしたんだが」
「私は勘弁してほしいけど」
「隠しファイルというのがどうもひっかかって、つい開いたんだよ。パスワードかかってたけど……姉さんと俺の誕生日を並べたら開いた。バカだよな」
「愛だね」
「……いや、どうだか」
ピグトニャは、二日酔いが帰ってきたかのように、また眉間に皺を寄せた。そういえば複雑そうなご家庭なんだった。やらかしたと思ったが、それを露骨に態度に出すわけにもいかないので、そっかー、と無難に返す。
「で、まあ、問題は内容で……。おまえがこっちにきてからのことが書かれてる。それも、明らかに、姉さんでないとわからないことばかりが」
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