第2話
じわっとズレた中期の日常
ばあちゃんは認知症の中期
だけど奇跡的に症状はほぼ初期。
つまり、ほとんど普通なんだけど、ところどころ“ん?”ってなるくらいのズレがある。
朝、僕がリビングに行くと、ばあちゃんは新聞を読みながら言う。
「ミクト、今日ゴミの日だっけ?」
「燃えるゴミの日だよ」
「やっぱりか。昨日からそんな気がしてた」
“そんな気”で生活を回してるのは昔からだから、ここまでは普通。
ただ、その天ぷらに使おうとしてる小麦粉が6年前の八月が消費期限なのが気になる。
というか、今年の小麦粉も家にあるのに
6年前のをどっから見つけてきたのかも気になる
「ばあちゃん、それ6年前のじゃない?」
「え、そうなの? あらま…じゃあ今年はどうなってるんだろ」
その言い方がじわっと面白い。
“今年どうなったんだろ”って、天気予報のノリ。
昼前、ばあちゃんは洗濯物を取り込みながら言う。
「ミクトのTシャツ、これ去年のやつ?」
「今年のだよ」
「うそ、全然変わらないねぇ。ミクトって、成長を慎重に進めるタイプ?」
慎重に進める成長ってなんだ。
午後、冷蔵庫を開けたばあちゃんが真顔でつぶやく。
「ミクト…牛乳、誰が飲んだ?」
「僕」
「やっぱりミクトか。なんか量が減ってたから、勝手に蒸発したのかと思った」
牛乳の蒸発をさらっと言う人を初めて見た。
夕方、二人で散歩する。
ばあちゃんは歩きながら近所の犬に手を振っている。
「この犬、今日すごい機嫌いいね」
「いつも通りだよ」
「そうかぁ、私の気のせいかぁ。よかったぁ」
“よかったぁ”の基準が分からない。
夜、テレビを観ながら、ばあちゃんが急に僕を横目で見る。
「ミクトってさ、小さいとき、ばーちゃんに抱っこされるとすぐ寝てたよね?」
「多分寝てたね」
「…あれ、ミクトじゃなかったかもしれない」
「誰?」
「知らん子かもしれない」
そこで会話が終わる。
“知らん子”を抱っこして寝かしてたら
それはもう事件なんだけど、
ばあちゃんはもうテレビに戻ってるから
追及できない。
でも、そのあとぼそっと言う。
「ミクト、大学に通って立派に育ってくれてありがとね」
僕は油断していて涙がふと溢れそうになった
こういうところは、何も変わらない。
むしろ昔より、まっすぐ届く。
そして翌朝。
「ミクト、ゴミの日って今日だっけ?」
「違うよ。明日だよ」
「そっかぁ。昨日からそんな気がしてたんだけどなぁ」
ばあちゃんの“そんな気がしてた”は、ほぼ当たらない。
でも、何かが大きく変わってしまったわけじゃなくて、
“ちょっとずつズレてきた日常が、なんか可愛い”って思えるくらい。
それが、今の僕とばあちゃんの毎日。
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