第25話 ポーター奮闘記(1)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』

         『短剣特効(速)』『水中歩行』

アクションスキル なし

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 目を開けると白い天井が見えた。今にも雨が降りそうな野外ではなく俺はソファーで横になっていた。

 顔を左に向けると白いテーブルが見えた。水色のキャビネットの上には薄型テレビが置いてあった。

 生前の普通は今の異常。不安を急速に増大させる。


 どういうことだ? 異世界から異世界に飛んだのか!?

 

 忙しなく目を動かして上体を起こす。正面にある横向きのベッドの縁に誰かが座っていた。頭からバスタオルを被り、両手でゴシゴシと拭いている。

 ダボダボのピンクのTシャツを着ていても胸の膨らみで性別がわかる。背後には窓があった。曇りガラスなのか。場所はぼんやりとして不明のままだった。

 自然と目は女性へ向かう。辛抱強く待っているとバスタオルをふわりとベッドに置いた。

 つぶらな瞳で見た目は可愛い。大学生くらいに見えた。

「ようやく目が覚めたんだね」

 ボサボサの髪を両手で撫で付けるようにして整える。黒髪のボブは金色に染めていなかった。それでもかずにはいられない。

「プリンちゃん?」

「誰、それ?」

「あ、いや。違うならいい。俺の勘違いだ」

 顔の火照りを感じながら早口で返す。女性は含み笑いで立ち上がる。Tシャツの丈は長くスカートのように見えた。

 俺はくるりと回って座り直すと、その横に腰を下ろす。

「妙によそよそしいんだけど。もしかして、これまでのこと、覚えてない?」

「……ごめん」

「酷いなぁ。大変だったのに」

「ホント、悪い……ひょっとして俺、なにかやらかした?」

 女性は、んー、と間延びした声を漏らす。機嫌を損ねたと思い、急いで目をやる。

 清々しい笑顔に俺は安堵あんどしながらも苦笑した。

「忘れたことは少しムッとするけど、教えてあげる。私と貴方は居酒屋で出会ったんだよ。カウンターで隣同士になって話が弾んだね」

「俺、酔い潰れた?」

「喋り過ぎて喉が渇いたのかな。まともに歩けないくらいに酔っ払って。そんな状態で帰すと危ないよね。だから近かった私のアパートに連れ帰ったってわけ」

「迷惑かけて、本当にごめんなさい」

 俺は深々と頭を下げた。女性は肩をポンポンと叩いて、いいって、と気軽に言った。

「それでね。これから、どうする?」

 女性は身体を寄せてきた。右腕に柔らかい胸の感触が伝わる。わざと押し付けているのだろうか。

「……私ならいいよ」

「それはどういう意味、かな」

 女性を直視できない。視線を下げるとTシャツが目に付いた。

「気になる?」

「意味が――」

「わかってるくせに。確かめてみる?」

 女性は裾を摘まんでするすると引っ張り上げる。

 艶やかな膝が見えた。途端に焦らすような動きに変わる。

 俺の反応を楽しむような笑みで女性はポツリと口にした。

穿いてなかったら、どんな反応をするのかなぁ」

「ウソだよね?」

「見ればわかるよ。ベッドもあるし、ここでもいいけど」

 自分の言葉に欲情しているのか。女性の息遣いが乱れ始めた。掛かる息は熱くて俺の限界を超えた。

「ごめん!」

 立ち上がった俺は呼び止める声を無視して走り出した。事前に見つけたドアから外へ飛び出す。

 一瞬で見慣れた光景となった。曇天の下、『女神屋』はひっそりと佇む。手前には筐体きょうたいのガチャが置かれていた。

 そこに女神の姿はなかった。

「ダメだね。女性に耐性が無さ過ぎ」

「え、女神様!?」

 背後の声にギョッとした。振り返ると黒いTシャツにオーバーオールを重ね着した女神がいた。腕を組み、苛立つように片脚を揺する。

「もしかして、さっきの女性は女神様、なのですか?」

「そうだよ。それらしい部屋を用意して設定も考えたのに、どうして逃げちゃうかな。それだから異世界でオーガを勇者と間違えて失敗するんだよ」

「どうして、それを」

「増えたポイントで女神ガチャを回して望君の異世界の姿が見られるようになりましたー、パチパチパチパチ」

 口で拍手してにっこり笑う。服装と合っていて、とても愛らしい。

「心臓に悪いので今後は控えてください」

「その心臓は止まってるけどね」

「笑顔で言われると反応に困ります」

「次があるよ。張り切ってガチャを回そう!」

 ドンと背中を叩かれた。前につんのめるようにして筐体と向き合う。

 パーカーのポケットから赤いコインを取り出し、セットして回す。

 出てきた紫色のカプセルを割ると紙にスキル名が書かれていた。

「このスキルはレアでしょうか」

「どうかな」

 紙を受け取ると女神は目を丸くした。

「レアのパッシブスキルだね。『暗闇無効』は汎用性が高いし、達成ガチャに一歩、近づいたんじゃないかな」

「できれば強力な攻撃系が欲しいのですが」

「異世界ガチャに期待だね」

 言いながら紙を握り締める。てのひらに現れた光球に息を吹き掛けて飛ばし、俺の胸の中に溶け込んだ。

「こっちで見守っているから頑張ってね」

「やれるだけ、やってみぃぃぃ」

 話の途中で、突然、奈落の底に落とされた。


 意識が戻ると尻が猛烈に痛かった。こらえて立ち上がると少しよろけた。背負った物はかなり重い。両肩に食い込む紐からも窺えた。

 壁や地面は茶色いブロックで出来ていた。僅かな隙間も見つけられない。精巧な作りではあったが真上は違った。四角い線のような物が薄っすらと見えた。

 俺は落とし穴の罠に掛かったのかもしれない。あと元の姿と比べて背が低くなった。顎を触ると髭は生えていない。武器もない。予期しない窮地に立たされた。


 焦りは禁物だ。今の状況から最適解を導き出さないと。


 背が低くて恐らく力が強い。女性のドワーフで職業はポーターと思われる。補助的な位置なので仲間がいるはず。急いでパーティーに戻らないと、現状ではどうにもならない。

 俺は決めた方向へ静々と歩き出す。十字路に出た。右側から微かな足音が聞こえる。片方の目で覗くと長剣を構えた骸骨がいた。こちらに気付いていないようで脇道に逸れた。

 素手で敵と出くわしたくない。俺は左の通路を選んで進む。光源になる物はないが先までよく見える。暗闇無効のスキルの効果だろうか。

 俺は足を止めた。下に降りる階段が現れた。選択肢は二つ。降りるか、無視するか。骸骨剣士がうろつく階は難易度が上がったように思える。

 ダンジョンは地下と相場が決まっている。俺が目指すとすれば上だ。下へ降りる階段は無視して先を急ぐ。

 大量のうじが湧く通路は悲鳴を上げて逃げた。回る十字路では方向がわからなくなって泣きそうになる。涙目で何回も試して行きたい方向を引き当てた。

「……マジで?」

 苦労の末に上へ行く階段を見つけた。嬉し涙で視界が歪む。

 俺は手袋を嵌めた手で目を擦り、元気に階段を上がっていった。

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