第24話 魔王と勇者とエトセトラ(5)

所持スキル


パッシブスキル  『無限転生』『視力向上』『聴力向上』『運向上』『容姿向上』

         『短剣特効(速)』『水中歩行』

アクションスキル なし

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 オーガの強烈なアピールに眩暈めまいがする。ふらふらした思考の末にようやく辿り着いた。

 達成ガチャは偉業を成し遂げた時に回せる。安易な提案に乗ればそのルートから呆気なく外れると。自分の考えながら十分に納得できた。

「どうだ、名案だろう」

 オーガは力強い笑顔で言い切った。勇者から反論はなく、いじけたように地面に人差し指を走らせていた。

 この難物が分岐点と思って間違いない。そこで勇者を刺激するような言葉を敢えて発した。

「魔族にとっては朗報だ。われとオーガの子は世界の覇者に相応しい力を備えて誕生するだろう」

「その通りだ。人類は滅びて新たな魔族の歴史が始まる!」

「……そうはさせない。人類が滅ぶ等、あってはいけない」

「どうするつもりだ。人間のお前が魔王の子をはらむのか?」

 オーガは身体を後方に傾け、V字のように両脚を上げた。その姿でポンチョの裾を掴み、嫌らしい笑みでスルスルと引っ張り上げる。

 驚いた勇者は顔を背けて怒鳴った。

「それでも女性か! 恥を知れ!」

「酷い偏見だ。お前もこの股座またぐらから産まれてきたのだぞ?」

 言いながらオーガはこちらを見る。探るような視線に俺は淡々と語った。

「オーガと吾は種族で言えば相性が良い。問題があるとすれば身体の大きさの違いか」

「そ、そうだ。魔王の言う通りだ。お前のような大女と上手くできるはずがない」

 俺の言葉に乗っかって勇者が捲くし立てる。オーガの表情が見る間に苦々しいものへ変わった。

「問題は身体ではなくて、矜持きょうじだ」

「どういう意味だ?」

「眠気が来た」

 勇者の質問に答えず、オーガは焚火から離れたところでごろりと寝転がる。大きな背中は少し小さく見えた。

「私も」

 浮かない顔で勇者も離れ、真逆の位置で横になった。

 俺は残りの魚を平らげると悩みながらも勇者の元へ向かう。小声が聞こえるくらいの位置で止まり、わざと音を立てて座った。

 勇者は身じろぎもしない。仕方がないのでほっそりとした背中に語り掛けた。

「吾は勇者との子作りも視野に入れている。凌辱りょうじょくが目的ではない。この世界の未来の為だ」

「……続けて」

 背中を向けたまま勇者が呟く。

「魔族と人類の確執は根深い。だが、二つの種族の血を引いた者はそれに縛られない。そうは思わないか?」

「……もう少し考える時間が欲しい」

「長くは待てない」

 勇者は少しの間を空けて言った。

「魔王の話を私が受け入れたとする。オーガはどうするつもり?」

「戦力として手元に置くつもりだ。人間の男がいれば吾と同じ理由でオーガに宛がう」

 現状で考えられる最善の策を伝えた。

「魔王の考えはわかった。今はまだ……」

「無理強いはしない。一つ、訊いてもいいか」

「どうした?」

「吾に抱かれたいか」

 声に反応するかのように肩が僅かに震えた。長い沈黙を経て、迷っている、と答えて押し黙る。

 揺れ動く心を好意的に捉えた俺は満足して離れた。適当なところで仰向けになる。左手は枕代わりに使い、右手は用心の為に短剣を握った。

 瞼を閉じると心地よい眠気に包まれた。


 翌朝と言えるのだろうか。目覚めた空は変わり映えがしない。黒い煙のようなものでふたをされていた。

 上体を起こす。先に起きていたのか。大きな口で欠伸をするオーガと目が合った。

「魔王、これからどうする」

「生存者を探す」

「適当に歩き回るつもりか?」

「湖の見える範囲で行動する。魚は貴重な食糧だ」

 穏やかな湖面に目を移す。

「まずは腹ごしらえだな」

 オーガは赤黒い髪を弾ませて大股で歩く。仰向けに寝ていた勇者の横に立ち、黙って見下ろす。

 一向に目覚めない。オーガは笑って両腕を掴んだ。軽々と持ち上げて湖面に向かって走る。

 その振動で勇者は目を覚ました。

「な、なんだ!?」

「お前の得意な魚獲りだ」

「ふ、ふざけるな! あれは神聖な魔法だぞ!」

「なんでもいい。さっさと光る剣で魚を気絶させろ」

 オーガは勇者を湖のほとりへ下ろした。雑な扱いを受けて目が吊り上がる。更に腕を組み、拒絶の意志を示した。

 見かねた俺は重い腰を上げた。

「勇者の神聖なる魔法は優雅で実に力強い。吾も期待している」

「……期待を裏切らない。それが勇者だ」

 不満そうな顔で湖に向き合う。頭上に巨大な光の剣が浮き出し、クソッタレ、と叫んで振り下ろした。威力は凄まじく湖水は両断されて荒波のような状態となった。

 オーガは腹を抱えて笑った。

「酷い呪文だな」

「うるさい、黙れ!」

「吾が魚を集める。その間に焚火の用意を頼む」

「わかった。な、なんのつもり!?」

 勇者は白い頬を赤らめた。目を逸らし、またちらりと見る。

「服が濡れると面倒だ」

「細い見た目と違って、これは」

 オーガは真顔で感心した。

 全裸となった俺は二人の視線に気恥ずかしさを感じながらも無関心を装う。魔王らしく堂々と振舞い、湖へ入っていった。

 その後、焚火を囲んで魚を食べた。相変わらず、二人の視線を感じる。容姿向上のスキルの影響もあるのかもしれない。

 満腹とはならなかったが空腹感は薄れた。俺は一方を指さし、行き先を決めた。

 湖に添って愚直に歩く。視力向上のスキルを駆使して遠方まで見渡す。そこに命を見出すことは出来ず、しかばねを踏み締めて突き進んだ。

 疲れれば休む。腹が減れば勇者の怒りの一撃で魚を得た。

 何日、歩き続けたのか。勇者とオーガの口数が減った。励ます言葉も見つからず、俺も黙る時間が長くなる。

 とにかく変化に飢えていた。凄惨な場面は見慣れて心を動かされることはなかった。

 ある日、それは訪れた。目にした勇者はその場で両膝を突いた。オーガは大きな溜息を吐いた。

 俺は呆然とした状態で物体を眺める。

 黒い石碑が無慈悲な墓標として佇んでいた。湖を一周したあかしでもあった。

 思わず、声が出た。

「湖の周辺に生存者はいなかった」

「……どこにもいない。真剣に考えないと」

 勇者はふらりと立ち上がる。虚ろな目でふらふらと歩き、目に付いたボロを拾い集めた。

 眺めていたオーガも動き出す。大物の木材を中心に拾い、肩に担いだ状態で俺に目を向けた。

「覚悟を決めたからな」

 意味するところはわからないが、強い視線には決意を感じられた。俺は深い考えもなく、そうか、と端的に返した。

 焚火を囲んだ無言の食事が終わると個々が背を向けて寝転がる。

 俺は火の温かさを背中に感じ、意識を闇に沈ませた。


 寝苦しく寝返りを打った。仰向けでいると柔らかい感触が被さってきた。微かな息遣いが聞こえ、唇を奪われた。伸びてくる舌が情熱的で否応いやおうなく応じる。

 両手で相手を抱き締める。その細さで勇者の姿が頭に思い浮かび、股間が膨らんだ。その部分を荒々しい手付きで掴まれた。

 その状態で相手は唇を引き離す。

「こんな身体に反応しやがって」

「お前は!?」

 驚きの声で見つめる。全裸に思えるオーガは華奢な身体で睨み付けてきた。

「弱体化もできるが、滅多めったにしない。魔王の奥の手とは違うからな」

「それはそうだが、吾はてっきり」

 その先の言葉を失った。オーガの頭部が転げ落ち、切断面から血が勢いよく噴き出した。光の剣を手にした幽鬼のような勇者にも降り注ぐ。

「私の心まで蹂躙した。魔王、絶対に許さない」

「吾が何を」

 剣先が鼻に向けられた。切れ味は鋭い。浅く刺さった箇所からぬるりとしたものが口の中に流れ込んだ。

「私の目の前でオーガを選んだ。この恥辱、命であがなえ!」

 相手を間違えた。そのような言い訳は通用しそうにない。俺は右手で近くの短剣を掴もうとした。

 勇者は見逃さない。新たな剣が手の甲を貫いた。

 激痛で上げそうになる声を噛み殺し、俺は道理をいた。

「吾を殺めれば全ての種族が絶える。それでいいのか」

「ふ、ふふ。あっははは! 魔族が滅ぶだけだ! この大戦は人類の勝利で終わるのだ、アッハハハハハ!」

 理性を欠いた言動は顔にも表れていた。視線は定まらず、開いた口からよだれが伝う。

 俺は光の剣で滅多刺しとなり、よくある英雄譚の一頁を飾ることになった。

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