音無家⑤

 

 転校を終えてから、何事のもなく一週間が過ぎようとしていた。

 

 父は村役場に勤め、慣れない仕事に苦労している。

 

 母は家の片づけやら、近所付き合いで忙しそうだった。

 

 かといって美空も麗美も、もうそれを寂しがるような歳ではない。

 

 自分の世界があり、日常があり、人間関係がある。

 

 ティーンエイジャー女子ともなればそれはえてして過酷なもので、クラスでの立ち位置や身だしなみ。浮いた話が無さ過ぎても有り過ぎてもいけない。など、前提に矛盾を孕んだダブルバインドのように迫りくる。

 

 ましてや都会から越してきた外様の彼女らを取り巻く目の数は多かった。

 

 ぐるぐると周囲から見定められ、崇拝されるのも、落胆されるのも好い気はしない。

 

 だから美空は出来る限り島の常識に馴染もうとしていたし、それを自分のものとして振舞えるように余念が無かった。

 

 そんな健気さが好感を得たらしく、美空はクラスにも近隣にも受け入れられたし、美空も彼らが嫌いではなかった。

 

 しかし麗美はそんな姉に軽蔑の眼差しを向け、階段の上から見下しながら言う。

 

「お姉ちゃん気持ち悪い……なんで誰もいない家の中でまでニコニコしてんの?」

 

「え……? 別に。普通にしてるだけじゃん? 朝一から喧嘩腰で突っかかってこないでよ」

 

「気持ち悪くないの? じろじろ見られて、ひそひそ噂されて。目立つの苦手なフリしてホントは楽しんでるわけ?」

 

「苦手だよ……だから馴染む努力してるんでしょ? 麗美は協調性無さ過ぎ。もうちょっと愛想よくするだけで生きやすくなるよ?」

 

 妹の顔が歪んだのを見て、美空は自分の言葉に後悔する。

 

「ごめん……言い過ぎた」

 

 そう伝えるよりも先に、麗美は階段を踏み鳴らしながら下りて来て、すれ違いざまに吐き捨てるように言い残した。

 

「お姉ちゃんも戻りたいくせに……!」

 

 ズキンと胸が痛んだのは妹の敵意に曝されたせいか、あるいは……

 

 その答えを出す間も無く、母の声が居間から聞こえて美空は家を後にした。

 

 *

 

 バスの中、みやびと並んで座りながらあれこれと他愛のない話をする間も、美空は前方の席に独りで座り窓の外を睨む妹を気にしていた。

 

 そんな美空に気付いてみやびが問う。

 

「喧嘩でもしたの?」

 

「そんな感じ。あの子島に馴染めてなくて機嫌悪いの」

 

「ああ。分かるわあ。私も早く出ていきたいもん! こんな島!」

 

 苦笑しながらみやびの言葉に相槌を打ち、美空も窓の外に目をやった。

 

 杖を突きながら坂を下る老婆の姿に見覚えがある。

 

「あの人……」

 

「ああ。メリー婆さんね! また施設抜け出したんじゃないの?」

 

 みやびも窓の外を見ながら呆れたように言う。

 

「知り合い?」

 

「違う違う! でも有名なんだよ。オルゴールのとこにいつもいるし、意味不明なことばっかり言うし。それにうちのママ、施設で働いてるからさ」

 

「へえ」という気の無い返事をしている間に老婆の姿は見えなくなった。

 

 結局それ以上妹の話題もメリー婆さんの話題も話に上ることはなかった。

 

 バスが校門の前に到着すると美空はもう一度窓に目をやり表情と髪型を確認する。

 

 そうして聞こえてくるピアノの音色から逃れるように、少し速足で校舎の方へと歩くのだった。

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