第26話

 お粥が出来上がった。

 卵を溶き入れ、ふんわりと仕上げる。

 ネギは……迷ったけれど、真田は好きだと言っていたから、別皿に刻んで添えることにした。

 梅干しと、消化に良い豆腐の味噌汁も用意する。

 完璧だ。

 味見をする。

 ……うん、美味しい。これなら食欲がなくても食べられるはず。


 お盆に乗せ、慎重に二階へと運ぶ。

 階段を上りながら、また緊張が高まってくる。

 起こすべきか、それとも自然に目が覚めるのを待つべきか。

 いや、薬を飲ませなきゃいけないし、何か食べさせた方がいいはずだ。


 部屋の前に立ち、深呼吸をする。

 ドアを開ける。

 部屋の中は暗いままだが、廊下の明かりが差し込んでベッドを照らした。


 真田が、目を覚ましていた。

 ぼんやりと天井を見上げている。


「……ん……?」


 私の気配に気づき、彼がゆっくりと顔を向けた。

 焦点が定まっていないような、虚ろな瞳。

 私を見て、数秒間瞬きをし、それから驚いたように目を見開いた。


「……如月……?」


 掠れた声で、私の名前を呼ぶ。

 幻覚を見ていると思っているのかもしれない。


「……おはよう。いや、こんばんは、か」


 私は努めて明るい声を出した。

 お盆をサイドテーブルに置き、ベッドの脇に座る。


「……なんで、ここに」


 彼はまだ状況が飲み込めていないようだ。

 起き上がろうとするが、力が入らないのかよろめく。


「無理しないで。……お祖父様から指令が来たのよ。『看病してこい』って」


 私は嘘をついた。

 いや、半分は本当だ。

 でも、一番の理由は「私が心配だったから」だということは伏せておく。


「……爺さんが?」


「そう。美佐子さんもお仕事いくからって、放っておけなくて」


「……母さんにも会ったのか」


「ええ。ハイテンションで歓迎されたわ」


 真田は「うわぁ……」という顔をして、頭を抱えた。

 その反応がいつもの彼らしくて、少し安心する。


「……悪いな。迷惑かけた」


「別に。……それより、お腹空いてない? お粥作ったんだけど」


 私が指差すと、真田はお粥を見て、それから私を見て、驚いたような顔をした。


「……お前が作ったのか?」


「そうよ。……毒なんて入ってないわよ」


「いや、そうじゃなくて。……ありがとう」


 素直なお礼に、こちらが戸惑う。

 彼は少し照れくさそうに視線を逸らした。


「……食べる?」


「ああ。……でも、手が力入らなくて」


 彼は自分の手を見つめて苦笑する。

 熱で関節が痛むのだろう。


 ……これは、チャンスなのかピンチなのか。

 私は覚悟を決めた。

 ミッションには『食べさせること』とあった。

 つまり、「あーん」だ。

 避けては通れない道だ。


「……わかった。私が食べさせてあげる」


 私はお粥の器を持ち、スプーンで掬った。

 ふうふうと息を吹きかけ、冷ます。

 真田が固まっている。


「……おい、それは」


「指令よ。拒否権なし」


 私はスプーンを彼の口元に突き出した。


「ほら、口開けて」


 真田は躊躇っていたが、私の真剣な眼差しに負けたのか、観念したように口を開けた。

 スプーンを口に含ませる。


「……どう?」


 緊張の一瞬。

 彼はゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。


「……美味い」


 その一言に、肩の力が抜けた。


「よかった。……卵と出汁、多めにしたから」


「……優しい味だ」


 彼がポツリと言う。

 その言葉が、私の心にじわりと染みる。

 優しい味。

 それは、私の彼への想いがこもっているからかもしれない。


 私は次々とスプーンを運び、彼に食べさせた。

 恥ずかしさは最初だけだった。

 彼が素直に食べてくれるのが嬉しくて、いつの間にか自然な動作になっていた。

 彼もまた、何も言わずに受け入れてくれている。

 この沈黙が、心地いい。


 半分ほど食べたところで、彼は「もういい」と首を振った。


「……十分だ。ありがとう」


「そう。……薬、飲む?」


「ああ」


 薬と水を渡し、飲み終わるのを見届ける。

 彼は再びベッドに横たわった。

 顔色はさっきよりも良くなっている気がする。


「……如月」


 布団の中から、彼が呼んだ。


「何?」


「……ずっと、いてくれたのか?」


 その問いに、私はドキリとした。

 寝ている間のこと。

 手を握っていたこと。

 バレているのだろうか。


「……まあね。氷枕替えたりしてたし」


 曖昧に答える。


「……夢を見た気がする」


 彼が天井を見上げながら呟く。


「誰かに、手を握ってもらってる夢。……温かかった」


 心臓が跳ねる。

 やっぱり、覚えてるんだ。


「……夢でしょ。熱のせいよ」


 私は平静を装って否定した。

 でも、顔が熱いのが自分でもわかる。


「……そうかもな」


 彼は小さく笑い、目を閉じた。


「……でも、いい夢だった」


 その言葉を聞いた瞬間、私は泣きそうになった。

 いい夢。

 私との時間が、彼にとって「いい夢」だったなら。

 それは、どんな言葉よりも嬉しい肯定だった。


「……もう寝なさい。熱、ぶり返すわよ」


 私は電気を消し、スタンドライトだけを残した。

 薄暗がりの中、彼の寝顔が穏やかに見える。


「……おやすみ、凜花」


 彼が名前を呼んだ。

 「如月」ではなく、「凜花」。

 その響きが、あまりにも優しくて、懐かしくて。


「……おやすみ、零」


 私も、久しぶりに彼の名前を呼んだ。

 小さな声で。彼には聞こえていないかもしれないけれど。


 私は部屋を出て、ドアを閉めた。

 廊下に立ち尽くし、胸に手を当てる。

 鼓動が速い。

 でも、それは不安からくるものではなく、満ち足りた幸福感からくるものだった。


-----

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

作品ページ下部の+ボタンを押すだけで⭐︎評価完了!

https://kakuyomu.jp/works/822139840343249565

「レビュー」って書いてあるけど、感想なしでOKです!

お気軽に、軽率に、ノリでポチッとお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る