新米錬金術師メリィのアイテム図鑑~師匠の遺した虹の欠片~

常陸 花折

Chapter0:プロローグ

虹の欠片

 十五歳の誕生日、街の外れにある古いアトリエでメリィは師匠の背中を眺めていた。


 色とりどりの薬瓶が棚に並び、窓から差し込む光に反射して室内に小さな虹が散る。師匠はいつもの無造作な仕草で棚の瓶をひとつ撫で、振り返った。

 

 その手には、古めかしくも重厚な真鍮の鍵が握られている。


「メリィ。

 大切な物をメリィに預けておく。

 これはメリィが十八歳になったとき、使いなさい。いいね?」


「え……?十八歳って3年もあとだよ?

 それにこの鍵……

 いつも師匠が入っちゃダメっていうお部屋の鍵だよね?」


 問い返すメリィに、師匠は言葉を選ぶように少しだけ目を伏せた。


 困ったような笑顔は、師匠が隠し事をしているときの顔だった。


「いつか必ず、この鍵の意味がわかる。だから——約束だ」


「ねえ師匠……師匠はこれからもずっと私の師匠だよね?」


 不安そうなメリィに師匠はただ微笑んで彼女の頭をそっと撫でた。


 その日を境に、師匠は姿を消した。


 残された鍵は、重たかった。

 胸の奥で寂しさが膨らむたびに、その重みが一層際立った。




 ―――そして三年後。




 十八歳になったメリィは、掌に馴染んだ鍵を握りしめ、アトリエの部屋の前に立っていた。


 錠前は風雨に晒され、錆が浮き、触れると冷たく肌を刺す。

 深呼吸をして鍵を差し込むと、かすかな抵抗のあと、「ガチャリ」と懐かしい音が鳴った。


 扉がゆっくりと開く。


 小さな埃の渦が光の中で舞い上がり、三年前の空気がまるで生き物のように溢れ出す。



 そこにあったのは、色彩の洪水だった。


 卓上に置かれた一つの宝石のような塊が、揺れるように淡い虹色を放っている。


 角張っているようにも丸みを帯びてるようにも見え、見る角度を変えるとその度に色彩を変える。

 触れれば指をすり抜けてしまいそうな、捉えどころのない物質——正体不明の“何か”。


 メリィは息を呑んだ。


「……綺麗……だけど、なんだろう……これ?」


 そばに置かれていたのは、一冊の手記。

 ほとんど白紙のまま、最後のページだけが走り書きで埋まっている。


 ——未知の物質、無限の軸の可能性。どうか、君に託したい。


 そのメモの筆跡は、間違いなく師匠のものだった。


 胸の奥で、三年間止まっていた歯車が動き始める。


 張りつめていた寂しさの代わりに、熱のようなものがじわりと広がった。


「……うん、探すよ、師匠。

 私が、絶対これが何なのか、全部解き明かす」


 メリィは虹色の物質を見つめ、そっと微笑む。


「……虹の欠片みたい。とりあえずそう呼んでおこうっと」


 柔らかい布にそれを包み、大切に鞄にしまう。



 師匠の残した謎と、錬金術師としての冒険が、

 そして世界の真実を解き明かす刻が

 ここから始まるのだった——

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る