第2話~対決編①~

翌日、教頭が亡くなったと学校が大騒動になったため、急遽休校になった。


さくらとは連絡を取り合い、不審な行動をするのは避けようとなり、特に出かけることもしなかった。


彼女もかなり頭が回るため、今回のことに関しても警察の動きや捜査方法をきちんと調べており、どのような眼で犯人を追い詰めるのかも調査済みだ。


そのため、教頭が死んでいるのにも関わらず、笑顔で出かけると警察は必ず疑いの眼をもつだろうと思っての判断だろう。


それに関して私も特に反対もせずにたださくらの言う通りに従った。


そこから二日後。


警察の判断にて登校が再開された。


私はさくらと近所の関係であるため、待ち合わせ場所を決めてから共に登校することにした。


だが、やはり警察は学校内の人間を疑っているのか、校門前では制服姿の男性警察官が何人か立ちながらも登校する生徒たちを黙ってみている。


私もさくらも警察官がいることは想定内であるため、別に驚きもしない。


冷静さを貫きながらも、警察官に一礼をして校門をくぐり、玄関で靴を履き替えているとさくらが


「ねぇ」


「今はダメよ。誰が見ているか分からないんだから」


「分かるけどさ。ちょっと雰囲気違くない?」


「何?」


するとタイミングよく、新たに担当になった男性教師〈太刀山〉が近づいてきたため、私はあえてさくらをスルーしてから「おはようございます」と挨拶をした。


太刀山も小さく頭を下げてから


「面倒なことになったよ」


「え?」


「警察官だよ。もう学校は無関係だって言うのに、疑い始めてよ。特に担当する女刑事が厄介でな。生徒の中に犯人がいるって言い始めてよ」


私は目を見開きながらも、さくらの方を見た。


さくらは〈やはりか〉と思った顔で小さく頷いている。


確かに警察官は生徒一人一人に睨みを聞かせていた。


それはまるで生徒の中に犯人がいると決めつけているような表情である。


その女性刑事の存在も気になるなと感じながらも、私はとりあえず先生に


「あまり他の人に言わない方がいいですよ」


「やっぱりそうか?」


「当り前ですよ。先生口軽いんだから」


「そりゃ悪い」


「それじゃ」


そう言ってその場を離れた。


するとさくらが近づいてきて、不思議そうな表情をしてから


「ねぇ、太刀山先生と仲良すぎない? まだ入ってきたばかりなのに」


「あれ、言ってなかったっけ。太刀山先生、お姉ちゃんが行っていた高校の担任なの。まさかこの学校に来るなんて思いもしなかったけどね」


「まじで?」


「お姉ちゃんが一時期不登校になったときに助けてくれていたし、私も可愛がってくれて相談も乗ってくれたから」


「そうなんだ」


四つ上の姉は当時、同級生から酷いいじめを受けていた。


一か月ほど不登校になった際も、ポジティブ思考の強い太刀山は姉をあえてポジティブに寄せずに家に来ては勉強を教えてくれていた。


本来は教師の一人が女子生徒の家に行けないため、あえて副担任の女性教師と共に家に来てくれていた。


その女性教師こそが〈小峰〉だったのだ。


二人のおかげで姉は立ち直れることが出来、いじめも少なくなったのだった。


姉は二人のことをとても感謝しており、就職して社会人となった今では私を含めて四人で食事をしたこともある。


私にとっては良い思い出だ。


だが、そんな私が太刀山の短所を伝えるとすると、かなり口が軽いところだ。


あまりにも口の軽さに、情報漏洩を疑われたこともあった。


結果、根源が太刀山ではないことが明らかになったのだが、私はそこから太刀山には気を付けるように進言したのだが・・・


私はため息をしながらも、階段を上りながら誰もいないことを確認してから


「それで、雰囲気が違うってどういうこと?」


「警察官のこと」


「生徒に目線が違うって言っていたわよね」


「特に光葉と私には」


「は?」


「光葉と私が校門を通り過ぎるとき、なんか他の生徒とは目線が違うように感じたの。まるでもう既にマークしているみたいに」


「私、全然気づかなかったけど」


「私はそう感じたわ」


「・・・」


本当はさくらが小説家になるべきではないのか。


観察力も想像力も豊かであるし、人間観察も長けている。


絶対に私と共作で小説を作った方がお互いのためになると考えながらも、四階の教室に向かうと、後ろから誰かが声をかけてきた。


振り返ると、少し遠くにスーツ姿の女性の姿があり、ショートヘアで少し短めのスカートを履いている。


どこからどう見ても新人の教師にしか見えない。


私とさくらは見つめ合って、首を少し傾げてから女性の方に向き直してから


「あの、どちら様でしょうか」


女性が一礼をしてから近づいてきて、警察手帳を取り出してから


「私、警視庁捜査一課の岡部と申します」


「警部?」


まさかの刑事の登場だ。


恐らく太刀山の言っていた担当の女性刑事だろう。


現場では警部が一番偉い役職だからだ。


私はすぐに対決モードに切り替えてから


「私に何か用でしょうか」


「教頭先生のことでちょっと」


「あの朝礼がもうすぐで始まるのですが」


「あっ、既に太刀山先生には相談済みなので」


「・・・」


私はついさくらの方を向いた。


太刀山も大事な教え子が疑われているかもしれないのに、簡単にOKサインを出すとは正直信じられない思いで一杯だった。


私たちは信頼して授業にも望んでいるのに、教師たちがその調子だと、私はいくら指導やアドバイスをされても全く耳に入らない。


少し不信感で溢れながらも、私は小さく頷いた。


岡部に連れられて、私とさくらは誰も使っていない四階にある多目的室に向かった。


岡部は前に歩きながらも


「お二人は親友同士なのですか?」


「はい?」


いきなりの質問に目を見開き、戸惑いながらも


「いや、先ほど太刀山先生から聞きました。いつも一緒みたいですね」


「いや、それほどでもないですよ」


すると岡部は突然立ち止まり、私たちの方を振り向いてから


「阿佐ヶ谷先生は、かなり人に恨まれるようなタイプでしたか?」


「は?」


「私、今回の件はただの転落事故とは思えないんです。ちょっと気になることが」


「どういうことですか?」


「それは後程」


そう言っていつの間にか、多目的室の前に着いており、中にそのまま入って行った。


私とさくらは向き合いながらも、今の岡部の言葉に謎を覚えた。


確かに偽装工作のために、音楽室の真下の庭にある大きな石造に血痕をつけて、転落した際に運悪く頭を石造に当たり亡くなったことにした。


だが、岡部はそれが既に事故ではないことを見破っている可能性もある。


これは嫌な予感を抱きながらも、そのまま入っていくことにした。


多目的室のカーテンは開いており、日差しがまっすぐ部屋の中に入ってきている。


真ん中に四角いテーブルがあり、椅子が片方に二つ、片方に一つ並べられている。


多目的室には滅多なことがない限り使わないのだが、このテーブルと椅子の存在は気づかなかったため、岡部が用意したに違いない。


私は小さくため息をしながらも、二つ並べられている椅子に腰を掛けた。


岡部はメモ帳を広げてから


「ちょっと何点かお伺いしたいのですが」


「すぐに終わらせてくださいよ。私たちも授業があるので」


「分かりました。一つ目は阿佐ヶ谷教頭先生自身、恨まれるような人間だったのかという点です」


「それは何故?」


「以前、こちらの学校の担任であった小峰先生とよくトラブルをされていまして、その影響からかなり恨みを買われていたと聞きました」


「もしかして太刀山先生ですか?」


「そうです」


私はため息をした。


太刀山はやはり口が軽すぎる。


余計なことを何故刑事に話してしまうのか。


今回の計画で足を引っ張ることをしないことを祈るばかりだ。


「いえ、教頭先生は私たちに対してはとても優しい性格を持っていました」


「そうなると、生徒さんは阿佐ヶ谷先生に恨みを持っていなかったということですか」


岡部は悩みの表情を浮かべた。


どこに悩む表情を浮かべる点があったのだろうか。


私とさくらは不安を強める一方である。


「あの、何か?」


「いえ、ちょっと気になる点がありまして」


「気になる点?」


「阿佐ヶ谷先生が生徒に対しては優しいという点です。太刀山先生曰く、生徒に対してもあまり笑顔を見せなかったと聞いています」


「それは気のせいですよ。私たちにはよく笑顔を見せていました」


「阿佐ヶ谷先生とはよくお会いになられますか?」


「もちろん」


「例えばどんな時に?」


「あの、これって尋問ですか?」


「そんなことはないんです。しかし、矛盾が出ると気になるのが我々の仕事なので」


私は小さくため息をした。


確かに、人を疑ってなんぼの仕事なのは分かる。


だが、これは明らかに尋問であり、この刑事は私たちを疑っていることは見てわかる。


かなり心外な気持ちを感じながらも、私は少し口調を強めてから


「例えば、授業と授業の間に十分間休み時間があるんです。それに私のクラスには四階で校長室も一緒なのです。まぁ校長と教頭は仲がいいので。よくすれ違い越しに話をしたりしていますよ」


「なるほど」


「あの、先ほどただの転落事故ではないと仰ってましたが、その理由ってなんですか?」


「実は、落ちたと思われる音楽室の窓や手すりから、阿佐ヶ谷先生の指紋がどこも検出されなかったのです」


「え?」


「音楽室の一つ窓が開いていたため、そこから転落したのではないかと最初は思いました。しかし、音楽室で阿佐ヶ谷先生の指紋が残されていたのは教室ドアとグランドピアノだけでした。グランドピアノから何故阿佐ヶ谷先生の指紋が検出されたのかも分かりませんが、とにかく窓や手すりから指紋がどこも検出されていない時点で、どうやって落ちたのか、そして指紋を残さずどうやって窓を開けたのか。ただの転落事故ではないと思ったのもその点からです」


「でも、窓が開いたままになっていたとか」


さくらが岡部の方を向きながらも言った。


彼女は挑戦的な眼をしながらも、岡部をじっと見ている。


恐らく彼女も疑われていることに相当な不信感を抱いているのだろう。


長い時間一緒にいるため、表情だけでさくらが何を考えているか分かる。


だが、岡部は至って冷静に


「それはあり得ません。三階とはいえ、不審者が入る可能性もあります」


「ほら冬でも換気するじゃない。三階から不審者なんて入りませんよ」


「ですが、危機管理上、開けたままで音楽室を空にするのは私としてはいただけないかなと思います」


さくらは黙り込んでしまった。


この岡部の見えない迫力に、とても圧迫を受けたのだろう。


岡部は至って冷静に、時には微笑みを見せて喋っているが、私たちには何かを掴んでいるようにしか見えない。


これは油断も出来ないなと感じながらも、自分たちの言動にも注視しなければならない。


私も、一つ気になったことを感じたため


「あの、そもそもなんですけど。何故私たちに聴取をしているのですか?」


「実は二つ目にお聞きしたいことがそれなんです。小峰先生が阿佐ヶ谷先生が原因で辞められたと話を聞きました」


「それは少しだけなら聞いてます」


「とても小峰先生と仲が良かったと聞きました」


「えぇ。まぁ私たちだけではないですよ。他の生徒にも笑顔で優しく振舞ってくれました。だからこそ、恩義に感じている生徒は山ほどいますよ」


「なるほど。分かりました。それではお戻り頂いても大丈夫です」


「え? もういいんですか?」


「はい。良い情報が掴んだので」


私とさくらは向かい合い、一体岡部は何を掴んだのか、分からずにいながらもその場を離れることにした。


だが、嫌な予感がしたのも確かだ。


岡部は必ず何かを感じ取っており、疑いの眼も持っているかもしれない。


気分はなんだか重たくモヤモヤが残るような感覚だった。


恐らくさくらも同じ気持ちだろう。


これはまた岡部は私たちのところに来るなと思いながらも、部屋を出て廊下を歩きながらも、さくらに小声で


「ねぇ、大丈夫なの?」


「何が?」


「あの刑事、何か掴んでいるわよ」


「大丈夫だよ。光葉の考えたことだから絶対に成功するはずだわ」


「ならいいんだけど」


私はいずれ小説家を目指している人間だ。


そんな自分が立てた計画だからこそ、完璧なのは分かっている。


後はあの刑事がどれだけ優秀なのか。


それだけで私とさくらの未来は大きく変わるのだ。


私は既に授業が始まっている教室の後ろ側のドアをゆっくりと開けながらも、恐る恐る入るのであった。

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