第2話 大根役者。俳優気取りの悪徳貴族には本物の警察を

「みらいみらいみらい……私のみらい、さいっくぅぅぅぅぅ!!」


 斬られたリリアは大量の血を流しながら、打ち上げられた魚のようにジタバタと地べたを這いずり回っていた。


「いつまでやってんだよ、ばか」


「いでっ」


 死にかけの聖女の背を軽く蹴ったのは、先程、裏口でバルド伯爵に神の鉄槌を下したトマであった。


「うふふ、あははははは!!」


 リリアは大きく笑い起き上がる。


「名演技であったな、リリア」


 リリアを斬った治安隊が、彼女に近づき手を差し伸ばした。


「ライオネル子爵様こそ、役者顔負けの熱演ぶりでしたよ♡」


「そうだったか? ふむ。今度、舞台でも開いてみようか」


 あはは!! なんて現場からは和む声が響き渡った。


「ところで、バルドはどうしたトマ。まさか本当に殺してはないよな?」


「大丈夫ですよライオネル子爵様。気絶させただけです」


 トマの雷の魔法はただの脅し。ビビっているところで軽くむねうちをしてやり、気絶させた。そのまま、『私は重罪を犯しました』と札を貼ってやって放置。そのうち本物の治安隊がやって来て逮捕してくれることだろう。


 そう。これはバルド伯爵を騙すための演技。血はリリア達が用意した特殊メイク。トマとマカオの戦いも、トマとセリーヌの戦いも、全てが演技である。


 地下闘技場で奴隷を死ぬまで戦わせ、民を重税で苦しめているバルドへのお仕置きプラス、奴隷達の解放。これでさっき倒したフリをしたマカオも、リングで震えていただけのセリーヌも解放される。


 治安隊はライオネル子爵家が用意したもの。本物ではない。


「でも、こんなにうまくいくとはな」


 トマが感心した声を出した。


「悪事を働いているやつは敏感なのさ。貴族ってのは後ろめたさを感じている奴から消えていく。コソコソしている奴が負けるんだよ。堂々としないとな」


「さっすがライオネル子爵様ですわ。素敵♡」


 リリアが目を♡にして詰め寄る。


「おい」


 トマの言葉でリリアが動き出す。


 リリアは莫大な金貨の入ったトランクをライオネル子爵へと手渡した。


「ありがとうございますライオネル様。おかげで悪徳貴族のバルド伯爵を成敗できました。これも一重にあなた様のおかげです。これはバルド伯爵のお金ですが、今回の報酬としてお受け取りくださいませ」


「そちらは少しの報酬もいらぬのか?」


「滅相もございません。私達はあのにっくきバルドを成敗できただけで十分です。ね、トマ」


「だな」


「そうか。では長居は無用。我等はもう行く」


 ライオネル子爵と、偽治安隊は颯爽と表から出て行った。


「あーあ。表から出て行っちゃって」


 リリアの小さな声は彼等には聞こえなかったみたいだ。


 ♢


 偽治安隊を引き連れて颯爽と先頭を歩くライオネル子爵。手には大量の金貨が入ったトランクを持って上機嫌である。


「くっくっくっ。たったこれだけのことで莫大な金が手に入るとは……」


 ライオネル子爵の薄気味悪い笑みは感染して、その場にいる者、全員が気持の悪い笑い声を出していた。


「報酬がいらぬなどという綺麗事。だからいつまでも平民なのだ。貴族ではあり得ない。まぁ? そういうバカがいてくれるからこそ、我等貴族が潤うもの。感謝しなくてはいけまい」


 あーはっはっはっと響き渡る下衆な笑い声。


「加えてバルドもやってくれるとは。バカとはさみは使いようとは言ったものだ。なぁ、みんな」


 ええ!!


 はい!!


 そうですね!!


 ライオネルをよいしょする声が地下闘技場に響き渡る。


「人は使ってなんぼのもんじゃい!! 人は利用するもの!! 俺はこれからも人を利用して成り上がるぞ」


 付いて行きます!!


 なんて調子の返事があったところで、目の前に治安隊の恰好をした連中が正面からやってくる。


 はて、他に雇ったか? なんてライオネルが疑問に思っているところで、


「王都治安隊だ!! この闘技場、違法賭博により摘発する!!」


 そのセリフに対してライオネルは、「ちっちっちっ」と指を振り、トントンと相手の肩に腕を回した。


「王都治安隊である!! この闘技場、違法賭博により摘発する!!」


 そう言った後に、パチンとウィンクをした。


「王都治安隊だ!! ではなく、王都治安隊である!! というのが王都治安隊の決めセリフだ。微妙な違いでも、そこのリアリティがないとな」


 それはリリアの教えであったが、あたかも自分が知っていたと言わんばかりの言い方。それに対し、腕を回された治安隊がそのままライオネルを背負い投げした。


「げふん!!」


 地面に投げらた後、目の前に剣を突きつけられてしまう。


「ライオネル子爵。違法賭博罪及び人権侵害の疑いで逮捕する」


「え? 本物? え?」


 パニックになっているところで、本物の治安隊が偽治安隊を確保していた。


「ま、ままま、待て待て!! 俺は賭博なんて……」


「だったらなんでここにいる!?」


「それはぁ……そのぉ……」


 バルドを騙したと言っても罪に問われる。かといって沈黙は肯定。まさに詰みの状態。


「なぁ!? 金なら余るほどにある。だから見逃せ!!」


 最終手段。金でなんとかするというクズっぷりを披露。世の中のほとんどのことは金で解決する。こいつに手切れ金でも渡せばなんとかなると踏んだライオネルは、背負い投げされても握っていたトランクの中を開けた。


「どこに余るほどの金があるんだ?」


「へ?」


 トランクの中身を見ると、大量の藁クズが入っていた。


「あ、あばばば、あばばばばばばば」


「それと、王都治安隊に決めセリフなんてない。恥ずかしいから、その解説はやめろ」


「騙されたあああああああ!!」


 哀れなライオネルは無事に逮捕されたのであった。


 ♢


「あーあ。表から出て行っちゃって」


 やれやれとため息を吐くリリア。


 偽治安隊が来た時の騒動に乗じて、リリアが金貨のトランクと、藁のトランクをすり替えておいたことをライオネルは知らない。


 そして事前に治安隊へ匿名で通報されていたなんてことも彼等は知らないだろう。


「本物の治安隊が来ているとも知らず、藁の入ったトランク片手に機嫌良く出て行くとは、バカ丸出しな奴等だ。堂々とした結果、捕まってたら笑い話にもならん」


「コソコソしても負ける。堂々としても負ける。結局、その場、その場の状況で頭を使わないと負けちゃいますよ、貴族様達」


 誰に言うわけでもなく、嫌味を言い放ちながらリリアがトランクを開けて中身を確認している。


「わぁお♡」


 トランクの中には大量の金貨が入っている。それこそ、孫の代まで遊べそうな程の金だ。


「人を苦しめるバルド。人を利用するライオネル。貴族ってのはこんな奴等しかいないのか……」


 世の中クソだな。なんて思いながら重いため息を吐いたトマ。


「もちろん良い貴族様もいるわ。だけど、世の中の仕組みってのは悪い方が目立つもんなのよ」


 言いながらリリアはトランクをトマへ向かって投げた。それを見事にキャッチしてみせるトマ。


「そういう悪い奴から巻き上げたお金は遠慮なく使えるってもんでしょ?」


「……なんとも言えんが、あいつらが使うよりかはマシな使い方ができる」


 複雑な心境を抱えながらも、ちゃっかりお金をもらっていく二人は、さっさと裏口から出て行こうとする。


「あの!!」


 少女の声がして二人は振り返る。


「セリーヌ……」


 そこにはプラチナの髪のハーフエルフが立っていた。


「どうした? 作戦は上手くいった。もうお前は自由なんだぞ」


 この作戦の目的は、悪徳貴族から金を奪い取ることと、奴隷の解放だ。マカオはもうとっくにどこかに逃げたのだろう。作戦が成功した今、彼女は自由の身。で、ありながらも、セリーヌは絶望した様子で俯いてしまった。


「行く宛もないわたしは、どこに行けば……このままじゃ、また奴隷に……」


 嘆く彼女を見てトマは困ってしまう。このままこの子を連れて行くのもどうかと思っていると、コソッとリリアが耳打ちしてくる。


「連れて行ってあげる?」


「はぁ? なんで? あんまり人は増やさない方が良いだろ」


「ハーフエルフだなんて美形しかいない種族、色々と役立つでしょ」


「そりゃ、まぁ、仕事をする上で、美形というのは武器にはなるが」


「行く宛ないって言ってんだから、良いじゃない?」


「おいおい。詐欺師が簡単に人の言う事を信じてんじゃねぇよ。うそかもしんないだろ」


「詐欺師だったら相手の言葉がうそか本当かわかるもんでしょ?」


 言い負かされたトマはなにも言い返せなかった。


「……かなわねぇな、ったく」


 観念したトマはリリアの好きにさせるようにした。


 リリアは手を差し伸ばした。


「行くところないなら一緒に行きましょ。お互いの利益のために」


 差し出された手をセリーヌは握りしめ、三人は共に裏口から地下闘技場を後にした。

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