第6話 厄語

 担任が学校に来なくなってから入院するまでの間、どのような生活を送っていたのかは分からない。

 分かることといえば、家族とは疎遠になっているらしい――そのくらいだった。


 家族は見舞いに訪れることもなく、入院生活で必要な物を依頼しても断られてしまうと、看護師が嘆いているのを涼平は見ていた。


 しかし昨年の冬至の日、担任に初めての見舞い客が訪れた。


「久しぶり」


 声をかけられ涼平は驚いた。


「信夫? 信夫なのか!?」


 そこにいたのは、あの日以降、学校に来ることがないまま卒業してしまった信夫だった。


「担任の先生が入院してるって聞いたから、お見舞いにきたんだ。……あの時はごめん、何の連絡もしないまま会えなくなっちゃって」


「そんなのいいんだよ。それで、その……大丈夫だったのか?」


「うん。あの後、春まで神社に籠って『厄移やくうつし』をしたから、もう大丈夫」


 そう言って信夫は笑った。


 がっしりとした大柄な体格に、日に焼けた肌は健康そのものといった様子だった。

 かつての気弱な感じはなくなっており、精悍な顔立ちをしている。


「今もあの村に?」


「うん、住んでるよ。農業をやってるんだ」


「そうか、元気そうで良かったよ。それで……」


 涼平は信夫の少し後ろに立つ少女に目を向けた。


「その子は……娘さん?」


「いや……違うんだけど、ちょっと頼まれてね」


 信夫は一瞬言葉に詰まった後、子供の頃によく見せた、あの少し困ったような笑顔で言った。

 少女は黙ったまま、信夫をずっと見つめている。


「そうか。ところで優斗は今、東京にいるんだけどさ――」


 涼平は慌てて話題を変えた。

 その少女はとても見覚えのある顔をしていたが、これ以上触れたらいけないと、涼平は本能的に察した。


 その夜、当直だった涼平は精神科に呼び出された。


 駆けつけると、担任が錯乱状態になっており、ベッドの上でもがき苦しむように暴れている。


「大丈夫ですか? 落ち着いてください」


 涼平が声をかけると、担任はこちらを向いた。

 そして涼平の白衣を掴み、何かを訴えかけるような目をしながら口を開いた。


『影』


「えっ?」


「影、影……か、影! 影!! 影ェ!!」


 担任の様子を見た看護師たちは、どうやら幻覚が見えているようだと話し合っている。


 しかし、そうではないことに涼平は気づいた。

 影――それは、あの年の『やく』だと。


「影! ウゥ……影、影! 影!! カァァゲェェェぁぁぁあああー!!」


 担任は仰け反り、足をバタつかせ、喉を掻きむしりながら血走った目を見開いていた。

 その目から大粒の涙がボロボロと溢れている。


 暴れた拍子に、何かがベッドから落ちた。


 涼平が拾い上げると、それは小さなピンク色の御守りだった。

 何気なく裏返してみると、そこには信夫と綾香の村にある神社の名前が刺繍されていた。

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