第2話 出会い

 2021年の11月半ば、まん延防止措置が明けてから一月以上が流れたが、街は相変わらず閑散としており、力丸が失業してから既に一年近い年月が経っていた。


 紅子との待ち合わせは、町内で一番大きい公園の時計台、平日ということもあってか人がまばらで、「大の大人が昼間から何やってるんだろうな?」とため息をつく。


 ネットやハローワークに載っている近隣の仕事を全部当たり、求人情報誌に書いてある求人までも手をつけたが全滅、その数は50社にのぼる。


(コロナで全部世界が変わっちまった。ワクチンが出来たのはいいが、これだっていつかは効かなくなるんだ。俺ら貧乏人には死んだ方がいいってことなのか!? ふざけんな、どうにもならねぇ……!)


 丁度、アメリカの大手製薬会社のF社とM社がmRNAタイプのワクチンを作ったが、変異株が出てくるとすぐに効かなくなるし、新しいタイプのワクチンで体にどんな影響が出るのか分からないと一部の識者の間では騒がれていた。


 以前の職場で、力丸の同僚がコロナに感染して、ひどい倦怠感に襲われて生活がままならなくなったのを聞いて、慌てて接種をしたのである。


「?」


 力丸の目の前に、パーマをかけて、少し小太りで、流行っているアニメの主人公が着ている紋様柄のマスクをした中年の女性が手を振りながら近づいてくる。


「あの、鏑木さんですか?」


 少しハスキーボイスのかかった声をした彼女は、育ちが良いのか、それなりの品質の良さそうなブランドものの服を着ており、近所の安いファッションストアで買った服を着ている自分とはえらい違いだなと力丸は心の中で呟く。


「あ、はい、僕ですが。紅子さんですか?」


「ええ。ちょっとここでは寒いから、場所変えましょうか」


「は、はぁ……」


 力丸は紅子に誘われるがまま、公園のそばにある駐車場に足を進めると、そこには車に疎い力丸にでもわかる、高級そうな外車が停めてあった。


       😷😷😷😷

 紅子に連れて行かれた場所は、意外にも、金のない大学生が利用する大衆向けの安い喫茶店であり、どこかの実業家の雰囲気を醸し出す彼女とは正反対の場所である。


 一杯250円程度のホットコーヒーを彼らはすすり、暫しの沈黙が流れ、それを破るかのように紅子は口を開く。


「ねぇ、ちょっとお願いがあって呼んだんだけど……」


「あの、先に言っておきますけど、ママ活や闇バイトとかではないっすよね? 俺確かにイタズラ半分で番号書いたけど、全然そんなの興味ないっすから……」


 テレビのニュースではママ活や闇バイトという言葉が流れ始め、暇を持て余しているセレブにしか見えない紅子を見て、力丸は一抹の不安に襲われているのである。


「アハ、そんなんじゃないからね! 安心してね! 別に変な商売やってるわけじゃないから! 申し遅れましたが、私はこのような者です」


 紅子はブランド物の名刺入れから名刺を手渡し、それを見やると、そこには『株式会社べにべに 代表取締役 浅田紅子』と書かれている。


「えっ!? 社長っすか!?」


「うんそうなんですよ。実はいろんなお店の経営を任せられてます」


「そうですか」


(相当金持ってそうだよな、この人。後でググってみるか……)


「悪いんだけどね、貴方のことは調べさせてもらいました。町内のY高校を卒業して、V食品に入ったのは良いけれども一年もしないうちにコロナで倒産、失業保険を貰っても仕事は見つからないプータロー……」


「ええっ!? なんで知ってるんすか!?」


 紅子は何かを企んでいるのか、不敵な笑みを浮かべながらコーヒーを口に運び、スマホを操作して力丸の目の前に見せる。


「周りの情報がね、何もしなくても私に飛び込んでくるのよ。単刀直入にいうけど、時給2000円出すからバイトしない? 闇バイトではなくて真っ当なバイトよ。一日1時間程度から始めても良いわ。労働時間は貴方の裁量に任せます。今こんな状況だし、こんなに良い条件のバイトはないと思うんだけど、どうかな?」


「は、はい! 犯罪でなかったらやります!」


 どこにも行くあてがなく、生活保護をもらえなかったらアパートの家賃すら払う金がない力丸は、最低賃金の倍以上貰える額に飛びつく。


「でもどんな仕事を……」


「これから説明するわ。私の家に寄ってからね。そろそろ飲み終えるし出ましょう、会計は私が出すわ」


 紅子はブランド物の長財布から、一部のセレブにしか扱えないキャッシュカードを取り出して、会計を済ませていく姿を見て、力丸は「この女ただ者じゃないな」と慄いた。


       😷😷😷😷

 紅子の家は、町の名士なのか、広い屋敷のような家であり、力丸が住んでいる街から3駅ほど、少し離れている所にあった。


(俺とは縁もない世界だ……)


 家に上がると、豪華な佇まいが広がっており、それは児童福祉施設で育った力丸が経験したことのない場所である。


 挙動不審気味に周囲を見渡す力丸の手を連れて、ある部屋の前に連れて行き、コンコンとドアをノックすると酷くやつれた、力丸と同じ年ぐらいの女の子が出てきた。


「静香、お友達連れてきたわよ」


「……」


 部屋の中はぬいぐるみで溢れかえり、ろくに掃除をしていないのか、衣類が散乱していて、「女の子の部屋には思えないな」と力丸は嫌悪感を抱く。


 再び扉が閉まり、紅子は深いため息をついて、階段を降りて行き、綺麗に整頓されたリビングのソファに座るように促した。


「これからやって欲しいバイトはね、あの子の遊び相手になって欲しいのよ。名前は静香。貴方と同じ歳で20歳。高校の時に付き合っていた彼氏がコロナになって亡くなってね、大学を辞めてしまって、ずっと引きこもりなのよ。一応ワクチンは打たせたけど、それでも出てこなくて。実はね、Switchを買ってきてやったら箱に貴方の番号が書いてあってね、興味を示したから電話したの。……ねぇ、試しにやってみない?」


「は、はい! やりますよ!」


「ありがとうね、では明日からよろしくお願いします。こっちに来る時にラインしてくれればいいからね」


「は、はい!」


 力丸は紅子の縋るような顔つきを見て、「これは何がなんでもやらないといけないな」という直感めいたものが働いた。



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