時給2000円の恋人

第1話 イタズラ

 とある田舎寄りの街にある、大手寄りの中小企業の缶詰工場は水産加工品をメインに製造を行っており、皆死んだ目をして作業している。


「おい、うちの会社とうとうやばいらしいぞ……」


「仕方ねぇよな、どこも不況だしな……」


 仕事が終わり、長く働いている中年の男性の社員達は、コロナ禍で会社の資金繰りがうまく行っていないことを知っている。


 昨日社長から直々に従業員宛に通達があり、今日仕事が終わったら全員会議室に来るようにという内容であった。


(何かあんのかな……?)


 ボサボサの髪の毛で眠たそうな目をしている、今年の初めに入社したばかりの青年は、まだ会社内部での立ち位置が新人であるため何も聞かされていない様子である。


 夜勤明けで疲弊し切った体を動かして会議室に出向くと、そこには更に疲弊して今にも自殺しそうな感じの悲壮感あふれる上層部の連中がいた。


 周囲の社員も、皆一様にして、出撃前夜の特攻隊員のような思い詰めた顔をしており、それを見た青年は「これはただ事じゃないぞ」と直感で分かる。


 待つこと10分少々、従業員50余名が会議室に集められ、ここ数ヶ月で髪の毛が真っ白になってしまった社長は言いづらいことがやはりあるのか、重々しく口を開く。


「皆さん、既に知っている方はいるかもしれませんが、うちの会社は年内を持ちまして閉鎖になります。コロナの補助金を貰って運営をしてましたが、どうしても損失は補填できませんでした。失業保険の手続きを速やかに行って、転職活動をしてください……」


 やはり思ったことが起きたな、と大半の社員達は概ねの予想が当たり、最悪の年末年始だなと深いため息をついた。


       😷😷😷😷

 鏑木力丸は、住んでいるアパートにどうやって帰ってきたのかは、その日に限ってどうやっても思い出せなかった。


 ただ言えることは、今まで働いてきた仕事がなくなってしまい、年末年始に路頭に迷う羽目になってしまったことである。


「どうすりゃいいんだよ……」


 6畳一間の部屋に、冷たい乾風が吹き、コロナ禍の今どうやって暮らしていけばいいのかという答えのない暗闇が力丸の目の前に広がっている。


(年末にハローワークは開いてないから、失業保険が降りるのが来月からだから、どうやって暮らそうかなあ……)


 力丸は生まれてすぐに赤ちゃんポストに捨てられ、児童福祉施設で育って家族はおらず、身近な友人もなく、当然彼女はいない。


 底辺高校をギリギリの成績で卒業し、町内の缶詰工場に学校のコネで入れたのだが不器用で覚えが悪く、口下手な力丸に良好な人間関係を築くことはできなかったのである。


(やべぇな俺、高校出たばかりで会社に入ったから職歴が一年未満だし、どうするかなあ。取り敢えずはゲーム機を売って金に変えるか……)


 力丸はふと、テーブルの隅に置かれている、初めてのバイト先で購入して3年ぐらい使っているSwitchを見て、「これは1万ぐらいで売れるかなあ?」と思い立ち、取って置いてある箱を取り出す。


「どうせ売るから、書いちゃえ」


 Switchを入れる箱の背面に、イタズラ混じりで自分の携帯の番号を書き、ゲームソフトを整理して鞄に入れた。


      😷😷😷😷


 全国チェーン店の中古ゲームショップ『ブッチオン』は力丸の住んでいる街にあり、住んでいるアパートからやや少し離れているが、中古のゲームだけでなく漫画があるため、逆はそれなりに入っている。


「あのうこれ、全部売りたいんですけど」


 力丸は取り敢えずはお金を手に入れるのが先だと、家にある漫画やゲームを全て売りに出し、漫画アプリで我慢しようという覚悟で『ブッチオン』に出向いた。


「分かりました、査定が終わるまでお待ちください」


 金髪のロングヘアの女性店員は、面倒臭そうな表情を浮かべて力丸の持ってきた品物の査定に入るのを見て、「少し高かったらいいな」と期待して、暇つぶしに漫画本コーナーへと足を進める。


 コロナ禍の緊急事態宣言の影響からか、店内は人がまばらで、店のあちこちには『感染症の観点から長時間の立ち読みはやめましょう』という張り紙があり、数少ない娯楽の漫画の立ち読みが出来ないのを力丸はもどかしく思う。


 待つこと20分ほど経ち、査定が終わり、期待した額は2万5千円、それなりの額になったようで、力丸は満足して『ブッチオン』を後にした。


      😷😷😷😷

 力丸のいた会社は、コロナ禍の不況の影響で経営は一気に悪化して、補助金も焼け石に水であり、倒産したので失業保険は一年近く貰えることになった。


 だが、緊急事態宣言が過ぎても力丸を雇う会社は見つからず、失業保険もそろそろ無くなりかけてきて危機感を募らせている。


(派遣会社でもいいかな?でもあそこってブラックしかないんだよなぁ……)


 近所に派遣会社は一応あるが、小さい規模の会社で、今はコロナ禍ということもあり業界の売り上げが芳しくなく、新しく人員を入れないという流れは派遣会社も同様であった。


『ブブブブ……』


「誰だろ?」


 力丸のスマホの液晶画面には、全く知らない携帯の電話番号からの着信があり、誰からなのかわからないが多分間違い電話だろうなと電話を取る。


「もしもし、どちら様でしょうか?」


「あ、もしもし。あのう、Z町の『ブッチオン』でSwitchを買ったものなのですが、電話番号が書いてあったので電話しました」


 電話口からは、女性の声が流れており、声質からしてみてセクシーな声で、美人なのかなあ?と力丸は期待する。


「えっ、マジでかけてきてくれたんすか!?」


「迷惑だったら消しましょうか?」


「いえ全然いいですよ、退屈なんで」


 家でずっと1人で仕事のことを考えるより、誰かと話している方が気が紛れるよなあ、と力丸は思って、色々と話し始めることにする。


「何処らへんに住んでますか?」


「ええとね、K街に住んでるんですよ、もしかして

、同じ市内ですか?」


「うわっ、奇遇ですね。僕もですよ」


「なるほど。ところで、長電話するのもお金がもったいないので、LINEにしませんか? 私のLINE、電話番号で検索すれば出てきますから」


「あっ、いいすよ」


「あの、変なことではないんですが、今度会いませんか? 別に変なことをするわけではないのですが、コロナでどこにもいけないから退屈なのですよ」


「いいすね、会いましょう。いつにしますか?」


「明日でもいいですよ、駅前で会いませんか?」


「いいすよ」


「ではまた夜にでもLINEします、これから仕事なのですよ」


「はい、ではまた」


 忙しいのか、向こうから電話が切れ、数ヶ月ぶりの人との会話に力丸の胸はときめき、声の主が若くて美人の女の子だったらいいなとドキドキして、電話番号をLINEで検索すると、『べにこ』という子犬のアカウントが出てきて、早速登録する。


(メッセ送ってみよう)


 わくわくしながら、『べにこ』に『初めまして、さっき電話したものです。鏑木力丸です。よろしくお願いします』と送ると、すぐに『こちらこそよろしくお願いします、浅田紅子です。また明日の10時ごろに駅でお会いしましょう』とメッセが帰ってきて、胸がドキドキして恍惚感に力丸は浸った。

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