第40話 砕け散った先輩と遺品の行方

 バベル28階層。

 水晶の迷宮は、深くなるにつれてその凶悪さを増していた。

 通路は狭く入り組み、壁や天井からは鋭利なクリスタルの槍が不規則に突き出している。


「……嫌な地形だ。視線が通らない」


 俺は『魔力感知』の範囲を広げながら、慎重に進む。

 この階層の主な脅威は、水晶に擬態した魔物や、反射を利用した遠距離攻撃だ。


「アルス様、前方から戦闘音が聞こえます。……かなり激しいです」


 レイラが耳をそばだてる。

 俺の感知にも、複数の魔力反応が乱れ飛んでいるのが映った。

 魔物の反応が多数。対して、人間と思われる反応は4つ。


「先行者がいるな。挨拶くらいはしておくか」


 バベルでは、他パーティーとの遭遇は珍しくない。

 情報交換をするもよし、無視して通り過ぎるもよし。

 俺たちは少しペースを上げ、音のする広場へと向かった。


 ***


 広場に出た瞬間、俺たちの目に飛び込んできたのは、一方的な「狩り」の光景だった。


「ぐあぁぁぁッ!!」


 悲鳴と共に、重装備の戦士が吹き飛ばされる。

 彼の鎧は紙のように引き裂かれ、鮮血が水晶の床に撒き散らされた。


 戦っているのは、4人組のパーティー。

 装備の質からして、それなりに場数を踏んだ中堅冒険者か、あるいは学園の上級生だろう。

 だが、彼らが相手にしている魔物は、この階層の適正を逸脱していた。


【Enemy Estimated】


種族: クリスタル・マンティス (Crystal Mantis) × 3


推定レベル: 38


特性: 迷彩(カモフラージュ)、切断力(極大)


 巨大な鎌を持つ、水晶のカマキリ。

 しかも3体。

 透明に近い体色は周囲の水晶に溶け込み、視認を極めて困難にしている。


「ひ、ヒール! 早く!」

「無理よ! 魔力が……きゃあああッ!」


 後衛の魔術師の女性が、背後から現れたマンティスに首を刎ねられた。

 一瞬の出来事だった。


「くっ! 逃げろ! 散開だ!」


 リーダー格の男が叫ぶが、もう遅い。

 パニックになった彼らの動きは単調で、連携も崩壊している。

 マンティスの鎌が閃くたびに、一人、また一人と命が消えていく。


「……アルス様、助太刀を!」


 レイラが剣に手をかける。

 だが、俺はそれを手で制した。


「待て。……もう手遅れだ」


 俺が止めたのと同時に、最後の戦士が胴体を両断され、崩れ落ちた。

 全滅。

 遭遇からわずか数十秒の惨劇だった。


 血の匂いに興奮したマンティスたちが、死体を貪ろうと群がる。

 俺は静かに『宵闇』を抜き、冷徹に告げた。


「ターゲット変更。マンティス3体を排除する。

 フェル、突っ込め。あいつらの鎌は水晶製だ。お前の『剛爪甲』なら砕ける」

「おう! 食事の邪魔をしてやる!」


 フェルが飛び出す。

 彼女の突進に気づいたマンティスが鎌を振り上げるが、フェルは恐れることなく拳を突き出した。


 ガギィン!!


 硬質な衝突音。

 フェルの拳撃がマンティスの鎌を粉砕した。


「硬いけど、割れるぞ!」


 武器を失ったカマキリなど、ただの虫だ。

 俺とレイラが左右から挟撃し、シアの支援を受けたフェルが正面から押し切る。

 全滅したパーティーとは対照的に、俺たちは危なげなく3体を処理した。


『Experience Acquired.』


 戦闘終了。

 広場には静寂と、血の匂いだけが残った。


 ***


 俺は無惨な姿になった冒険者たちの遺体に歩み寄った。

 見たところ、20代の若手パーティーだ。

 装備はそこそこ良い物を使っているが、連携と索敵能力が不足していたようだ。


「……南無」


 俺は短く祈りを捧げる(ポーズだけだが)。

 そして、すぐに作業に取り掛かった。

 彼らの懐や鞄を探り、使えるものを回収する。


「ア、アルスさん……? 何を……」


 シアが青ざめて震えている。

 死体を漁る行為に、生理的な嫌悪感を抱いているようだ。


「『遺品回収』だ。

 ダンジョンで死んだ者の装備は、放置すれば魔物の餌になるか、風化して消えるだけだ。

 彼らが命がけで集めた財産だ。俺たちが有効活用してやるのが供養ってもんだろ」


 というのは建前で、本音は単なる**「ドロップアイテムの回収(ルート)」**だ。

 プレイヤー(死体)からは、魔物よりも良いアイテムが手に入ることが多い。


【Loot Check】


ポーション類 × 5


魔法のスクロール × 2


ミスリル銀の胸当て(損傷あり)


疾風の指輪 (Ring of Gale):敏捷性アップ(微)


「……ほう。良い指輪を持ってるじゃないか」


 俺はリーダー格の男の指から指輪を抜き取り、『鑑定』をかける。


[Analysis Result]


作成者: 不明(一般鍛冶師またはドロップ品)


所有権: なし(所有者死亡により解除済み、あるいは未登録)


(ふむ。融合装置で作られた『特注品(ロック付き)』ではないな。なら問題なく使える)


 もし融合装置製のアイテムなら、作成者以外が使うには『血の契約』による譲渡手続きが必要になる。

 契約のない者が触れれば機能は停止し、分解も加工も受け付けないただの「頑丈なゴミ」と化す。

 だが、そんな高価な代物を持っているのは一部の特権階級だけだ。彼らの装備は、ごく一般的な流通品のようだ。

 良いことだ。ロックがかかっていたら、使い物にならないゴミになるところだった。


 俺は指輪を自分のポーチに入れた。

 さらに、彼が懐に持っていた手帳や、ギルドカードらしきものも回収する。


 その時、俺の手が止まった。

 魔術師の女性が握りしめていた杖。

 その柄(つか)の部分に、奇妙な紋章が刻まれていたのだ。


 **『三日月に絡みつく茨』**の紋章。


(……なんだ、これ? ギルドの紋章か? それとも家紋?)


 俺の知識(ゲーム内のデータベース)にはない意匠だ。

 だが、妙に魔力を帯びており、ただの装飾ではない気配がする。

 鑑定してみるが、詳細は『不明』と出た。


「アルス様、何かありましたか?」

「いや、ちょっと気になっただけだ。……これも回収しておく」


 俺はその杖と、紋章のついたペンダントを回収リストに加えた。

 もしかしたら、後で何かのクエストのトリガーになるかもしれない。


「よし、回収完了だ。

 こいつらの死体は……まあ、焼いておくか。アンデッドになられても面倒だしな」


 俺は『魔導具操作』で着火用の魔石を使い、簡易的な火葬を行った。

 炎が死体を包み込むのを、俺たちは無言で見送った。


 これがダンジョンの現実だ。

 一歩間違えれば、俺たちもこうなる。

 だが、俺は恐怖よりも「収穫の喜び」を優先する。

 死者の装備を剥ぎ取ってでも強くなる。それが、この世界を攻略するためのルール(仕様)だ。


「行くぞ。30階層までもう少しだ」


 俺は彼らの遺品が入ったバックパックを背負い直し、先へと進んだ。

 その背中で、回収した『茨の紋章』が微かに冷たい光を放った気がしたが、俺は気付かなかった。


【Current Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 34

Job: ブラッドロード

Key Items: 謎の紋章(茨と三日月)


____________________

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