第39話 巨塔の21階層と敗者の首輪

 炎の巨人が崩れ落ちたボス部屋。

 俺たち『古代遺物研究会』は、遅れて到着したカイルたち『勇者パーティー(仮)』と対峙していた。


「……はぁ、はぁ。くそっ、完敗だ」


 カイルが大の字になって地面に転がる。

 彼の仲間たちも、疲労困憊といった様子で膝をついている。

 彼らは道中の魔物を全て「力押し」で突破してきたのだろう。その消耗度は、効率的なルートと戦闘を選んだ俺たちとは雲泥の差だ。


「勝負は俺の勝ちだ。約束通り、言うことを一つ聞いてもらうぞ」


 俺が『宵闇』を鞘に納めながら見下ろすと、カイルは起き上がり、真剣な眼差しで俺を見た。


「ああ、男に二言はねぇ。……で、何だ?

 やっぱり『部下になれ』とかか? それとも『装備をよこせ』か?」


 カイルのパーティーメンバーが警戒する。

 だが、俺は首を横に振った。

 勇者候補を部下にするのはリスクが高い。あくまで「対等だが、俺が優位な協力関係」がベストだ。


「そんなつまらないことは言わないさ。俺が要求するのは――**『新アイテムのテストモニター』**だ」


「……は? テストモニター?」


 カイルがぽかんとする。

 俺は説明を続けた。


「うちの研究会では、独自に開発したポーションや装備を製造している。だが、実戦データが不足しているんだ。

 そこで、お前たちにそれを使ってもらい、使用感や不具合を報告してもらう。

 もちろん、提供する品は市場に出回るものより高性能だ」


「……そりゃありがたい話だが、アルスもギルドの融合装置の説明はもう聞いただろ?『特殊な契約』が必要なんじゃなかったか?」


 カイルが鋭いところを突いてくる。

 以前、俺がレイラたちに装備を渡しているのを見たことがあるのかもしれない。

 確かに、『融合装置』で完成品として出力した装備は、『血の契約』によっての譲渡しか行えないようセキュリティがかかっている。


「よく知っているな。だが、安心しろ。お前たちに渡すのは**『装置で精製した素材』を使い、『手作業』で加工した製品**だ」


 融合装置製の装備(ロック付き)ほどの特殊能力(スキル付与など)はないが、基礎スペックは市販品を遥かに凌駕する。これなら契約なしでも誰でも使える。

 それに、ミラの作る特製ポーションもセットにする。


「なんだ、それなら問題ねぇな! お安い御用だぜ! むしろ俺たちが得してねぇか?」

「……うまい話には裏があるものですわよ、カイル」


 横からエリスが口を挟む。

 彼女は悔しそうに俺を睨んでいたが、その視線は俺の腰にあるポーチ――Bランク魔核が入っている場所――に吸い寄せられていた。


「アルス・ブラッドベリー。……貴方、その魔核はどうするつもりですの?」

「当面は『研究』に使う。売るつもりはないぞ」

「ぐぬぬ……! 私なら、もっと有効活用できますのに!」


 エリスは地団駄を踏むが、負けは負けだ。

 こうして、俺はカイルたちという「優秀な実験体(テスター)」を手に入れた。


 ***


 翌日。放課後の部室。

 俺は持ち帰った戦利品をテーブルに並べ、今後の計画を練っていた。


 『炎の巨人の魔核(Bランク)』。

 そしてレアドロップの**『巨人の篭手(Titan Gauntlet)』**。


「ミラ、この篭手の解析はどうだ?」

「はい、リーダー。……構造は単純な筋力増幅術式ですが、素材が『生きた岩石』で構成されています。これを砕いて粉末にし、ポーションに混ぜれば『硬化薬(ストーンスキン・ポーション)』が作れますよ」


 ミラが毒気のない(身内用の)笑顔で報告する。


「よし、それは採用だ。カイルたちへの配給品にも加えよう。

 魔核の方は……今回は『携帯型・融合装置』の動力源にはしない。

 今の『水属性モード(水蛇の魔核)』の方が、バベル中層の攻略には適しているからな」


 バベルの21階層以降。

 情報によれば、そこは**『水晶洞窟エリア』**。

 硬い結晶質の皮膚を持つ魔物や、魔法を反射するクリスタルが乱立する迷宮だ。

 火属性よりも、物理的な破砕力や、状態異常(凍結)が有効なエリアである。


「フェル。お前の『銀狼の爪甲・水月』をさらに強化する。

 この『巨人の篭手』を素材として融合させ、打撃力を底上げだ」

「おお! もっと硬いのも砕けるようになるのか!?」

「ああ。岩でも水晶でも砕けるようになる」


 俺は装置を起動し、カスタマイズを開始した。


 ***


 週末。

 俺たちは再びバベルを訪れ、転移陣を使って一気に20階層まで移動した。

 そこから階段を上がり、未踏の領域――21階層へと足を踏み入れる。


 空気が変わった。

 熱気も湿気もない、ひんやりとした無機質な空気。

 壁も床も、淡く発光する青や紫の水晶で覆われている。


「……綺麗ですね」

「だが、油断するなよ。あの水晶の鋭利さは刃物以上だ」


 俺が注意を促した直後、壁の水晶が音を立てて隆起した。

 擬態していた魔物だ。


【Enemy Estimated】


種族: クリスタル・ゴーレム (Crystal Golem)


推定レベル: 30~32


特性: 魔法反射(弱)、物理耐性(中)


 全身が鋭利な水晶でできたゴーレム。

 魔法を撃てば反射され、剣で斬れば刃こぼれする厄介な敵だ。


「魔法は使うな! 跳ね返ってくるぞ!」

「了解! 殴ればいいんだな!」


 フェルが飛び出す。

 彼女の拳には、先日強化したばかりの装備が装着されている。


【Item Update】


名称: 銀狼の剛爪甲 (Silver Wolf Heavy Gauntlet)


等級: 希少


効果:


攻撃力+35


[重打]: クリスタルや岩石特効。対象の硬度を無視して衝撃を通す。


水属性付与(微)


「砕けろぉッ!」


 フェルの拳がゴーレムの胴体に直撃する。

 ガギィン! という高い音と共に、ゴーレムのボディに亀裂が走った。

 本来なら硬すぎて弾かれるはずの水晶が、飴細工のように砕け散る。


「すごい威力です……。これなら、私の出番はなさそうですね」


 レイラが苦笑しながら、周囲の警戒に徹する。

 俺は崩れ落ちたゴーレムの残骸から、透明な『水晶の欠片』を回収した。


「……なるほど。純度の高い魔力結晶か。これなら『鑑定』の精度を上げるレンズや、新しい魔導具の素材になりそうだ」


 俺たちは慎重に進軍を開始した。

 中層エリア。ここからが、バベルの本当の姿だ。

 敵のレベルは30を超え、ギミックも複雑化している。


 だが、俺の心は踊っていた。

 新しいマップ。新しい素材。

 そして、この先に待つであろうSランク魔核への道のり。


「……いいペースだ。

 このまま30階層のセーフティゾーンまで行くぞ」


 俺の指示に、三人が力強く頷く。

 『古代遺物研究会』の快進撃は、まだ始まったばかりだ。


【Current Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 34

Job: ブラッドロード / [偽装: バトルメイジ]

Party:


アルス (Leader / Support)


レイラ (Sub Attacker)


フェル (Main Breaker)


シア (Battery)

Aux Skills Update:


[鑑定(20%)] ……水晶の解析により上昇


[魔導具操作(15%)] ……融合装置の使用により上昇


____________________

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