第32話 闇市場の開拓と決闘状

 旧校舎の『第三錬金資料室』を占拠してから数日。

 俺たち『古代遺物研究会(仮)』の活動は、早くも軌道に乗り始めていた。


 放課後の部室。

 部屋の中央では、『携帯型・融合装置』が低い駆動音を立てて稼働している。


「シア、出力安定。そのままだ」

「は、はいっ……! んぅ……っ」


 シアが装置に手を触れ、自身の過剰な魔力を供給し続けている。

 彼女の頬は紅潮し、どこか恍惚とした表情だ。

 『魔力過多』の苦痛から解放される快感と、俺の役に立っているという充足感。それが彼女を突き動かしている。


「素材投入。鉄鉱石と、火炎石の粉末」


 俺の指示で、レイラが手際よく素材を炉に放り込む。

 現在の動力源はBランクの『炎竜の魔核』。

 得意とするのは「火属性付与」と「金属精錬」だ。


 カキン、カキン。


 数分後、排出口から真っ赤に熱せられたインゴットが吐き出された。

 レイラが冷却魔法で瞬時に冷ますと、それは美しい赤銅色に輝く金属塊となった。


【Item Info】


名称: 紅蓮鉄 (Crimson Iron)


等級: 良質 (High Quality)


効果:


火属性親和性(中)


耐熱性(高)


解説: 魔力を帯びた特殊合金。火属性武器や防具の素材として高値で取引される。


「成功だ。市場に出回っている量産品より、純度が3割は高い」


 俺は『鑑定(18%)』の結果に満足して頷いた。

 普通の鍛冶師が数日かけて打つものを、装置の動力源の一部をシアが魔力によって負担することで量産できる。

 これは、金になる。


「アルス様。本日の生産数はインゴット20個、耐熱護符(アミュレット)10個です。これ以上はシアさんの体力が持ちません」

「了解だ。……よくやったな、シア」


 俺がシアの頭を撫でてやると、彼女はへにゃりと笑ってその場に座り込んだ。

 魔力タンクとしての運用も板についてきた。


「さて、次はこれを『換金』するフェーズだ」


 俺は生成されたアイテムを鞄に詰め込んだ。

 正規のルート(学園の購買部やギルド)で売れば足がつくし、何より安く買い叩かれる。

 俺が必要としているのは、裏のルートだ。


 ***


 夜。俺はレイラとフェルを連れ、王都の下町にある酒場『踊る大猫亭』を訪れていた。

 ここは冒険者や裏稼業の人間が集まる場所であり、非正規の市場(ブラックマーケット)への入り口でもある。


 俺はフードを目深に被り、店の奥に座る男に接触した。

 学生服は脱ぎ、冒険者風の装備に着替えている。


「……いい品がある。買い取れ」


 俺は無造作に『紅蓮鉄』をテーブルに置いた。

 鑑定眼鏡をかけた男――闇商人のゴルドが、疑わしげにそれを手に取る。


「アンタ、見ない顔だな。こんなガキが……なっ!?」


 ゴルドの目が丸くなる。

 彼は震える手でインゴットをライトにかざし、その純度を確認した。


「おいおい、冗談だろ……。鍛冶ギルドの親方連中でも、こんな高純度の魔鉄はそうそう作れねぇぞ。どこから盗んできやがった?」

「出処を聞くのはルール違反だろう? 継続的に卸せる。……相場の1.5倍でどうだ?」


 俺がふっかけると、ゴルドは脂汗をかきながら計算機を弾いた。

 品質は嘘をつかない。

 交渉成立だ。


 俺たちはその夜、学生の小遣いとは桁違いの『15,000ルム(約150万円相当)』の現金を手にいれた。


「すげぇ! これで肉がいっぱい食えるぞ!」

「フェル、声が大きい。……しかしアルス様、これほどの資金があれば、より高位の素材も購入できますね」

「ああ。次の目標は『水属性』と『風属性』の魔核だ。それを手に入れて、装置の対応属性を増やす」


 資金力は装備の質に直結し、それは攻略速度に直結する。

 経済圏の確立(エコシステム)。

 これもまた、重要な攻略プロセスだ。


 ***


 翌日の放課後。

 上機嫌で部室に向かった俺たちを待っていたのは、不愉快な光景だった。


 部室の扉に、一枚の羊皮紙がナイフで突き立てられていたのだ。

 そして、扉の前には数人の生徒が立ちふさがっている。

 以前追い払った『錬金術研究会』の取り巻きたちだ。


「……何の真似だ?」


 俺が問うと、取り巻きの一人が勝ち誇ったように鼻を鳴らした。


「フン、来たな泥棒猫。バロン先輩からの『決闘状』だ!」


 俺は羊皮紙を引き抜き、目を通した。


【決闘申し込み】


申請者: 錬金術研究会代表 バロン


対象: 古代遺物研究会代表 アルス・ブラッドベリー


形式: パーティー戦(3 vs 3)


賭け金: 『第三錬金資料室』の利用権、および敗者の退学


「退学、ねぇ……」


 随分と大きく出たものだ。

 バロンの職業は**『エンチャンター (Enchanter)』**。

 アイテムに魔法効果を付与したり、ゴーレムを使役したりする後衛職だ。

 真正面から殴り合えば俺たちの敵ではないはずだが、わざわざ決闘を申し込んでくるということは、何か「勝算」があるのだろう。


「逃げるなよ? この決闘は生徒会とギデオン先生の承認済みだ。拒否すれば、その時点で部室は没収だ!」

「……分かった。受けて立つよ」


 俺は決闘状を懐にしまった。

 売られた喧嘩は買う。それに、ちょうど新しい装備とスキルの「実験台」が欲しかったところだ。


「フェル、レイラ。出番だ」

「おう! 今度こそ噛み殺していいのか!?」

「フェル、ルールを守りなさい。……ですが、徹底的に叩き潰すことには同意します」


 俺たちの目には、一切の油断も、そして敗北の予感もなかった。

 あるのは、獲物を前にした捕食者の光だけ。


 決戦は三日後。

 場所は学園の大闘技場。


 俺は部室に入り、稼いだばかりの資金と素材を『融合装置』の前に積み上げた。


「さて、バロン先輩。

 本職のエンチャンター様相手に、専門外(バトルメイジ)の俺がアイテムの『質』の違いってやつを教えてやろうか」


 俺はニヤリと笑い、新たな「兵器」の製造に取り掛かった。

 学園対抗戦イベントの開幕だ。


【Current Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 32

Job: ブラッドロード / [偽装: バトルメイジ]

Funds: 16,200 Rhm

Aux Skills Update:


[交渉(5%)] ……New!


[錬金術(10%)] ……New! (アイテム生成の繰り返しにより習得)


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