第25話 黄金の姫と閲覧禁止の書庫

 カイルとの模擬戦から数日が過ぎた。

 俺、アルス・ブラッドベリーの学園内での評価は、奇妙な形で定着しつつあった。


「おい見ろよ、あれが『Sクラスの吸血鬼』だ」

「魔法使いなのに近接戦闘でカイルを圧倒したらしいぜ」

「やべぇな、関わらないようにしよう……」


 畏怖と尊敬、そして少しの差別意識。

 遠巻きに眺められる居心地の悪さはあるが、直接的な嫌がらせを受けないだけマシだろう。

 俺の実力が「生徒レベル」を超えていることが周知されたおかげで、無用なトラブルは避けられている。


 今日の授業は『魔法理論』。

 大講堂で行われる座学だ。


「――というわけで、火属性魔法の威力は、術者の感情の昂ぶりに比例して増幅される。これを『感情係数』と呼ぶ」


 老教師が黒板に複雑な数式を書いている。

 俺は頬杖をつきながら、それを冷めた目で見ていた。


(……非効率だな)


 人間の魔法理論は、感覚や精神論に頼りすぎている。

 魔法とはシステムだ。

 魔力回路の最適化、詠唱の短縮、イメージの具体化。これらを数値的に管理すれば、感情などという不安定な要素に頼らずとも最大火力を出せる。


「では、この理論について意見のある者はいるか?」


 教師が問いかける。

 すると、最前列に座っていた少女がスッと手を挙げた。

 Sクラスのもう一人の注目株、エリス・フォン・アルメリアだ。


「先生。感情係数はあくまで初心者向けの補助輪に過ぎませんわ」


 エリスは立ち上がり、凛とした声で述べた。


「高位の魔術師に必要なのは、感情の制御と、魔力配列の『並列処理』です。感情に任せた魔法は威力こそ出ますが、燃費が悪く、暴発のリスクも高まります」


 完璧な回答だ。

 教室中が感嘆の声を上げる。

 彼女は誇らしげに胸を張り、そしてチラリと――なぜか俺の方を見た。


(……なんだ?)


 目が合った瞬間、彼女はツンと顔を背けた。

 どうやら、意識されているらしい。


 授業が終わると、エリスが俺の席にやってきた。

 取り巻きの令嬢たちを引き連れ、腕組みをして俺を見下ろす。


「貴方がアルス・ブラッドベリーね」

「……そうですが。何か?」

「先日の模擬戦、拝見しましたわ。野蛮な剣技と闇魔法……。まあ、魔族らしい戦い方でしたこと」


 嫌味な言い方だが、その瞳には強い対抗心が燃えている。

 彼女は王族(公爵家)の娘であり、自身の魔力に絶対の自信を持っている。

 自分以外の「目立つ魔法使い」が気に入らないのだろう。


「私はエリス・フォン・アルメリア。この学園で最も優れた魔術師になる女ですわ。

 ……勘違いしないでくださいね? 貴方の実力は認めています。ですが、魔法の真髄は『火力』と『美しさ』です。貴方のような泥臭い戦い方は、美しくありません」


「それはどうも。参考にさせてもらうよ」


 俺が軽く受け流すと、彼女は肩透かしを食らったような顔をした後、頬を赤らめて怒った。


「なっ……! 張り合いのない男! 次の実技試験では、私の極大魔法(バースト・マジック)で黒焦げにしてさしあげますから、覚悟なさい!」


 捨て台詞を残し、エリスは去っていった。

 典型的な「高飛車お嬢様」だ。

 だが、彼女の魔力光は本物だ。磨けば素晴らしい砲台(ソーサラー)になるだろう。


(……攻略対象その2、接触完了ってところか)


 カイルが「勇者」なら、彼女は「賢者」の器だ。

 二人とも、将来が楽しみな人材(素材)である。


 ***


 放課後。

 俺は一人で**『王立学園大図書館』**へと足を運んだ。

 レイラとフェルは別行動だ。レイラは街での買い出しと情報収集、フェルは……「食堂の裏で餌付けされている」という目撃情報があったので放置している。


 図書館は、吹き抜けの巨大なドーム状の建物だった。

 蔵書数は数十万冊。歴史、魔法、地理、魔物図鑑……この世界のあらゆる知識が眠る場所。


「……宝の山だ」


 俺は静かに興奮していた。

 職業が『バトルメイジ』であれ、俺の本質はゲーマーだ。

 世界の歴史や真実になど興味はないが、それらが記された書物は**「攻略本」**として極めて価値が高い。

 特に、俺が探している『万象核石』の素材となる『概念核』の情報は、ネットのないこの世界では書物から得るしかない。


 俺は検索端末(魔導検索機)を使い、目当てのキーワードを入力した。

 いくつかのヒットがあった。

 俺は書架エリアへと向かう。


 一般生徒用のエリアには、基礎的な歴史書や魔法指南書が並んでいる。

 俺はそれらを片っ端から速読していく。


【Aux Skill Check】


[魔力感知(100%)] ……魔導書のインクに含まれる魔力を読み取る。


[魔力操作(100%)] ……脳への血流と魔力を微調整し、一時的に思考速度を引き上げる。


 ページを捲る手が止まらない。

 文字を目で追うのではなく、ページ全体を「画像」として認識し、脳に焼き付ける。

 前世で膨大な攻略Wikiを読み漁った経験と、ヴァンパイアの身体能力が成せる業だ。


『熟練度上昇』

『補助スキル更新:[速読 (Speed Reading)] (1%)』


(よし、新しいスキルが生えた)


 行動がシステムに認められた証拠だ。

 スキル補正が乗り、さらに速度が上がる。

 パラパラパラパラ……ッ!

 傍から見ればただページを弾いているようにしか見えないだろうが、俺の脳内には膨大な情報が奔流となって流れ込んでいた。


 だが、読み進めるにつれ、俺の眉間の皺は深くなっていった。


(……浅い。表面的な情報ばかりだ)


 一般書には、「古代文明があった」「強力な魔物がいる」程度の記述しかない。

 肝心の「場所」や「入手方法」になると、決まって『詳細は禁書指定』や『閲覧権限が必要』という記述で途切れている。


 俺は視線を上げた。

 図書館の最奥。

 そこには、重厚な鉄格子で閉ざされたエリアがあった。

 『特別閲覧室(禁書庫)』。

 鉄格子の前には、厳重な魔法障壁が張られ、無骨なゴーレムが番人として立っている。


「……あそこか」


 俺は『魔力感知』で障壁の構造を解析する。

 ID認証式の結界だ。

 生徒手帳(学生証)の魔力コードを読み取り、権限レベルを照合する仕組み。


 試しに近づいてみると、空中に赤い警告ウィンドウが表示された。


【Access Denied】

[Warning]


Required Rank: A Class Scholar or Higher (A級学生または教授級)


Current Rank: 1st Year Student (1年生)


(やっぱりな。簡単には通してくれないか)


 この学園には「学生ランク」という制度がある。

 成績、依頼達成数、貢献度などによってランクが上がり、それに応じて閲覧できる情報のレベルも上がる仕組みだ。

 今の俺は、まだ入学したての下っ端だ。


 力ずくで破る?

 いや、それは悪手だ。警報が鳴り響き、即退学&指名手配コースだ。

 スパイとして潜入している以上、目立つトラブルは避けたい。


(地道にランクを上げるか、あるいは……教師(ギデオンあたり)の許可証をくすねるか)


 いずれにせよ、すぐには手に入らない。

 だが、場所は分かった。

 あの鉄格子の向こうに、俺が求める『万象核石』の素材情報や、まだ見ぬ『エンドコンテンツ(高難度ダンジョン)』への地図が眠っている可能性が高い。


「……ふぅ」


 ため息をつき、一般エリアの席に戻る。

 今日は入手可能な範囲の情報収集に留めておこう。

 俺は『中級魔法理論』や『大陸魔物図鑑』などを積み上げ、再び速読モードに入った。

 知識を得るだけでも、微量だが経験値は入る。


『熟練度上昇』

『補助スキル更新:[速読(1% -> 15%)]』

『補助スキル更新:[古代語解読(1% -> 5%)]』


 数時間後。

 窓の外は既に夕焼けに染まっていた。

 俺は本を閉じ、席を立った。


 帰り道、校舎の影が長く伸びる渡り廊下で、俺はふと立ち止まった。

 夕日を背に、一人の生徒がこちらを見ていたからだ。


 エリスだ。

 彼女は腕を組み、不満げに唇を尖らせていた。


「……遅いですわよ、アルス・ブラッドベリー」

「待っていたのか?」

「か、勘違いしないでください! 貴方が図書館に引きこもっていると聞いたから、変な魔術書でも読んで禁忌を犯していないか、監視に来ただけです!」


 分かりやすいツンデレだ。

 だが、その手には二つ分のバスケット(中身はサンドイッチだろうか)が握られている。


「……腹が減ったな」

「っ! ……た、たまたま余っていただけですわ! 感謝して食べなさい!」


 彼女はバスケットを俺に押し付けると、逃げるように走り去っていった。

 俺はそれを受け取り、苦笑する。


(……意外と、悪い奴じゃないのかもな)


 『ブラッドロード』という隠し職業を背負い、禁書庫を狙うスパイ活動。

 そんな裏の顔を持つ俺だが、こうした学園生活(表の顔)も、案外悪くないものかもしれない。


【Current Status】

Name: アルス・ブラッドベリー

Level: 30

Race: ヴァンパイア

Job: ブラッドロード (Blood Lord) / [偽装: バトルメイジ]

Traits: [夜宴] Lv.4, [吸血] Lv.1, [霧化] Lv.1

Main Skills: [ブラッドバレット], [シャドウウィーブ]

Job Skill: [鮮血操作], [魔矢]

Aux Skills:

[魔力感知(100%)], [魔力操作(100%)], [隠密(100%)], [短剣術(40%)], [投擲(25%)], [回避(60%)], [体術(25%)], [解体(85%)], [罠解除(15%)], [隠密歩行(98%)], [鑑定(15%)], [野営(88%)], [環境耐性(92%)], [魔力制御(65%)], [連携(20%)], [速読(15%)], [古代語解読(5%)]

Key Items: 携帯型・融合装置, 炎竜の魔核(B)


 サンドイッチを齧りながら、俺は夕闇の寮へと歩き出した。


____________________

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク(フォロー)と★評価をお願いします。執筆の励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る