第26話 選ばれなかった少女と甘美な契約
図書館の『禁書庫』に入るためには、学生ランクを「A級」まで上げなければならない。
そのための最短ルートは、学園が斡旋する「討伐依頼(クエスト)」を達成し、貢献ポイントを稼ぐことだ。
放課後。
俺は学生ホールの掲示板前で、手頃な依頼を物色していた。
ホールは多くの生徒でごった返している。
「おい、見ろよ。Sクラスのガレスだ。あいつ、またソロでオークを狩ってきたらしいぞ」
「レンのやつも姿が見えないと思ったら、もう依頼達成の報告をしてやがる」
耳に入ってくる噂話。
ガレスは全身鎧の重戦士、レンは無口な斥候(スカウト)。
カイルやエリス以外にも、Sクラスには有望な「駒」が揃っているようだ。
さらに、2階の渡り廊下からは、生徒会役員とおぼしき上級生たちがこちらを見下ろしている。
その中心にいるのは、聖職者のローブを纏った優雅な女性、生徒会長のクラウディア(3年)。
彼女から放たれる神聖なオーラは、吸血鬼の俺にとって肌がピリつくほど強烈だ。
(……人材には事欠かないな。だが、今は目立つ連中と組むのは得策じゃない)
俺の目的は「スパイ活動」と「裏での戦力拡大」だ。
正義感の強いカイルや、勘の鋭いエリス、あるいは生徒会のような組織と深く関われば、俺の「吸血鬼としての本性」や「種族専用職」に感づかれるリスクがある。
「……悪いなカイル。俺はもう、目をつけているメンバーがいるんだ」
先ほど誘いに来たカイルとエリスを適当な理由で断った俺は、ホールの隅に視線をやった。
そこには、パーティー結成の輪に入れず、うつむいている生徒たちがいた。
その中に一人、壁の花のように目立たない少女がいた。
灰色の髪に、瓶底眼鏡。制服はサイズが合っておらず、どこか自信なさげに縮こまっている。
クラスは……Cクラス(一般科)か。
【Target Analysis】
Name: シア (Cia)
Race: ヒューマン
Job: ヒーラー (Healer)
Level: 12
Attribute: 聖 (Holy) / 光 (Light)
一見すると、平凡な低レベルのヒーラーだ。
この世界の『ヒーラー』は、基本的に聖教会の教えに基づく職業であり、先天的に「光・聖属性」への適性が高い者が選ばれる。回復魔法だけでなく、解毒や浄化(クリーン)といった補助魔法も使える便利な職だ。
だが、俺の**『魔力感知(100%)』**は、彼女の内側で渦巻く異常な魔力の乱れを捉えていた。
器から溢れ出しそうなほどの、過剰なエネルギー。
そして、それがうまく循環せずに彼女の体を蝕んでいる様子が見て取れる。
(……なるほど。これは『鑑定』する価値がある)
俺は意識を集中し、補助スキルを発動させる。
【Aux Skill】
[鑑定(15%)] ……詳細表示。
[Trait Info]
特性: [魔力過多 (Mana Overflow)]
先天的にMP生成量が異常に多い体質。制御できずに身体不調を起こしやすいが、外部供給源(バッテリー)としては極上の資質。
(……見つけた)
光属性のヒーラーでありながら、魔力過多という爆弾を抱えているせいで、まともに魔法を使えずに落ちこぼれているのか。
だが、俺にとっては好都合だ。
**「光属性素材の供給源」としても、「魔力タンク」**としても利用できる。
俺は口元を歪め、彼女に近づいた。
「君、一人か?」
「あ、あ……はい……。私、回復職なんですけど、動きが遅いからって……」
「そうか。なら、俺と来い。君が必要だ」
俺は有無を言わさず彼女の手を取り、受付カウンターへ連れて行った。
フェル(護衛枠)を含めて3人。これで規定はクリアだ。
俺たちはその足で、学園裏手の「迷わずの森」へと向かった。
***
森の奥深く。
俺たちはオークの集落を前にしていた。
「ひぃ……っ! 無理です、帰りたいです……!」
シアが青ざめて震えている。
俺は彼女を下がらせ、フェルと共にオークを殲滅した。
戦闘終了後、俺はわざと自分の腕をオークの剣で軽く切らせた。
「……ッ、出血したか」
「あ、あの! 私、回復魔法を……!」
シアが慌てて駆け寄ってくる。だが、俺はそれを手で制した。
「いや、君の魔法じゃ間に合わない。……俺には、特殊な治療法が必要なんだ」
俺はシアの肩を掴み、木陰へと押しやった。
逃げられないように、影で退路を塞ぐ。
「シア。君は『魔力過多』で苦しんでいるな? 常に頭痛や倦怠感があるはずだ」
「え……? な、なんでそれを……」
「俺が治してやる。その代わり……少しだけ、俺に『味見』をさせろ」
俺は彼女の首筋に顔を寄せた。
甘い、処女の血の香り。そして、ほのかに香る聖属性の清浄な気配。
吸血鬼にとって聖属性は毒だが、微量であれば極上のスパイスになる。
ここで、父ヴァルガスの言葉が脳裏をよぎる。
『吸血とは、相手の魂と同化する神聖な行為だ』と。
確かに、吸血鬼にとって伴侶を得るための「真の吸血(トゥルー・バイト)」は重い儀式だ。
だが、吸血にはもう一つの側面がある。
単なる「食事」としての、あるいは「支配」のための吸血。
魂を混ぜ合わせるのではなく、一方的に魔力を奪い、快楽という鎖で縛り付ける**『支配の吸血(ドミネート・バイト)』**。
これなら、伴侶の枠を埋めることなく、手駒を増やせる。
(悪いな。君は俺の「運命の相手」じゃない。だが、最高の「道具」にはなれる)
「い、いや……何を……あッ!?」
俺の牙が、彼女の白い肌を貫いた。
「ん……ぁ……!? な、に……これ……ッ!」
シアの身体が弓なりに反る。
吸血鬼の唾液に含まれる麻酔成分と催淫魔力が、彼女の脳髄を溶かす。
痛みは一瞬で消え、代わりに性的な絶頂にも似た、強烈な甘い痺れが全身を駆け巡る。
「あ、あぁ……っ! 熱い、すごい……っ! 頭、おかしくなるぅ……ッ!」
シアの瞳から焦点が消え、涎(よだれ)が垂れる。
彼女の中に溜まっていた過剰な魔力が、俺の体内へと流れ込んでくる。
頭痛の原因だった圧力が抜け、代わりに快楽が満たされていく感覚。
彼女は無意識に俺の背中に抱きつき、もっと吸ってくれとばかりに首を差し出した。
下腹部が熱く濡れ、膝がガクガクと震えている。
(……美味い。これが『魔力過多』の味か)
俺は喉を鳴らして血を啜る。
減っていたMPが一瞬で全快し、さらに上限を超えて溢れてくる。
彼女は最高の「生きたポーション」だ。
「んぐッ……ぷはっ」
適量で口を離す。
シアは白目を剥きかけ、脱力して俺の腕の中に崩れ落ちた。
その顔は紅潮し、恍惚とした表情を浮かべている。
「はぁ、はぁ……あ、アルス、さん……」
「気分はどうだ? 頭痛は消えただろう?」
俺は血を拭い、優しく問いかける。
シアはトロンとした目で俺を見上げ、熱っぽい吐息を漏らした。
「はい……凄く、気持ちよかった……。また……してくれる?」
「ああ。君が俺のパーティーにいてくれるなら、いつでも」
【Contract Established】
Type: Servant (Subordinate) / 従属契約(仮)
State: [吸血中毒 (Mild)] / [精神依存 (Lv.1)]
契約成立だ。
魂の伴侶ではない。だが、彼女はもう俺の「毒(快楽)」なしでは生きられない。
俺が守り、俺が使い、俺が管理する「所有物」。
「行くぞ、シア。フェル。次の獲物が待っている」
俺はふらつくシアの腰を抱き、歩き出した。
シアは俺に寄りかかり、幸せそうに頬を擦り付けてくる。
フェルは「ズルいぞ! あたしにも何かよこせ!」と騒いでいる。
勇者パーティー? 結構だ。
俺には、この歪だが居心地の良い、手作りのパーティーがお似合いだ。
【Current Status】
Name: アルス・ブラッドベリー
Level: 31
Job: ブラッドロード / [偽装: バトルメイジ]
Party:
アルス (Leader)
レイラ (Sub)
フェル (Tank)
シア (Healer / Battery) [New!]
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