第5話 未完成の吸血鬼

 レイラとの実技訓練が始まってから、約二年が経過した。  俺の肉体は順調に成長し、7歳になった現在、見た目は人間の9歳児ほどのサイズ感になっている。これはヴァンパイア種の「初期の肉体成長速度が速い」ことによるものだ。


 訓練の成果と、夜な夜なこっそりと行う「屋敷の敷地内に迷い込んだ害獣駆除(レベリング)」により、俺のステータスは着実に上昇していた。


【Status】 Name: アルス・ブラッドベリー Level: 14 Race: ヴァンパイア (Vampire) Job: なし Traits:


[夜宴] Lv.2


[吸血] Lv.1


[霧化] Lv.1 Trait Pt: 0 Skills:


[種族]: [吸血鬼の体質]


[職業]: ―


[特性]: [ブラッドバレット]


[補助]: [魔力感知(100%)], [魔力操作(100%)]


(……やはり、道のりは遠いな)


 俺はステータス画面を見つめ、ため息をつく。  この世界のシステムはシビアだ。  Lv10に到達した時、初めて「特性ポイント」が1ポイント付与された。俺はそれを[夜宴]に振った。  その結果、[夜宴]はLv2になった。


 しかし、次のスキルが解放される[夜宴] Lv3にするには、もう1ポイント必要だ。  次のポイント付与はLv20。  さらにその先、Lv50に到達すれば種族としての「進化」が訪れ、この『夜宴』も新たな種族スキルへと変化するはずだが……今はまだ遥か彼方の話だ。


 つまり今の俺の手札は、『ブラッドバレット』のみ。  この貧弱な手札で、屋敷の外へ出る許可を勝ち取らなければならない。


「アルス様、お湯加減はいかがですか?」


 思考に耽っていた俺の耳に、涼やかな声が届く。  現在はバスタイム。大理石で造られた広すぎる浴槽で、俺はレイラに背中を流されていた。  7歳(肉体年齢9歳程度)ともなれば一人で入れると主張したのだが、「当主様より、アルス様が成人(Lv20または15歳)するまでは世話をするよう仰せつかっております」と却下されたのだ。


 レイラの指先が、石鹸の泡と共に俺の背筋を滑る。  彼女の手つきは丁寧で、戦闘時の冷徹さが嘘のように優しい。  だが、振り返った際に見えた彼女の姿――濡れて肌に張り付いたメイド服と、そこから透ける白い肌、そして豊満な曲線美に、俺は思わず視線を逸らした。  中身は成人男性の記憶を持つ俺にとって、この状況は精神衛生上よろしくない。


「……レイラ、背中はもういいよ。前は自分で洗う」 「あら、照れていらっしゃるのですか? 耳まで赤いですわ」


 レイラはクスクスと笑い、いたずらっぽく俺の耳元に息を吹きかけた。  ゾクリとした感覚が背筋を走る。  彼女にとって俺はまだ「可愛い坊ちゃん」なのだろうが、ヴァンパイアの早熟さを甘く見ないでほしい。


「……からかうなよ。それより、明日の朝、父上に話があるんだ」 「旦那様に? ……外出の件ですね」


 レイラの雰囲気がスッと真面目なものに戻る。  彼女は俺の体をタオルで包みながら、憂いを帯びた瞳で俺を見た。


「アルス様の実力は、同年代の子供とは比較になりません。ですが、外の世界は……」 「分かってる。だからこそ、証明しなきゃいけないんだ」


 ***


 その夜、俺は最後の調整のために裏庭へ出た。  狙うは『フォレスト・ゴブリン』。  Lv14の俺にとって、Lv3程度の雑魚は経験値ソースとしては枯渇気味だが、スキルの「熟練度」を上げる実験台にはなる。


 俺は『ブラッドバレット』を発動する。  通常ならば、血液を弾丸として撃ち出すだけの単調な魔法。  だが、スキルの仕様を逆手に取る。  弾丸の形成イメージを「球体」ではなく「針」に変え、回転を加える。    シュッ。  鋭い風切り音と共に、赤い針がゴブリンの眉間を貫いた。


『Level Up!』


【Status】 Level: 15 (New!) Trait Pt: 0 (Next: Lv20)


 節目となるLv15に到達した。  だが、特性ポイントの付与はない(次はLv20だ)。劇的なパワーアップもない。  上がったのは基礎ステータスのみ。


(……よし。これで最低限の準備は整った)


 俺は拳を握りしめる。  手札は増えない。  あるのは、地道に上げたレベルと、ゲーマーとしての知識(プレイスキル)だけ。  だが、それで十分だ。


 ***


 翌朝。朝食の席。  重厚な空気が漂うダイニングで、俺は父ヴァルガスと対峙していた。


「父上。以前お願いした、外出許可の件ですが」


 父はワイングラス(中身は高濃度の血液)を揺らしながら、チラリと俺を見た。  その瞳の奥には、絶対強者特有の傲慢さと、微かな期待が混じっている。


「アルスよ。レイラから報告は聞いている。Lv15に到達したそうだな」


 見抜かれている。さすがは父だ。


「はい。基礎訓練は終わりました。これ以上の成長には、実戦が必要です」


「実戦か。……よかろう」


 父が立ち上がる。  その瞬間、部屋の空気が鉛のように重くなった。威圧感だけで呼吸が苦しくなる。  推定レベル80前後。このノクス・ドメインでも指折りの実力者。


「口で言うのは容易い。貴様が本当に外で生き残れるか、私が直接試してやる」


 父はニヤリと笑い、凶悪な牙を覗かせた。


「今夜、修練場に来い。  条件は一つ。この私に**『一撃でも入れること』**。  魔法でも爪でも構わん。私の体に傷一つつけることができれば、その心意気を認めて外出を許そう」


 母エリザが心配そうに声を上げようとしたが、父は手で制した。  俺は乾いた喉を鳴らし、父の紅い瞳を真っ直ぐに見返した。


「……分かりました。その条件、呑みます」


 一撃。  言葉にすれば簡単だが、レベル差60以上の相手に攻撃を当てるのは、至難の業だ。  防御力や回避率の補正で、まともな攻撃は全て無効化(レジスト)されるだろう。


 だが、勝機はある。  俺はこの2年間、ただ漫然とレベルを上げていたわけじゃない。  この世界の「判定」の穴を突く。  今夜、俺のゲーマーとしての真価が問われる。    俺は自室に戻り、ステータス画面を開く。  そこに表示されている、一つの補助スキル。  俺が二年間、気配を消して歩き回り、屋根裏に潜み、死角を突く訓練を繰り返した結果。


【Aux Skill】


隠密(99%)


(今の熟練度は99%。あと一回、実戦で成功させれば完成する)


 このスキルこそが、この「レベル差の絶壁」を登り切るための鍵だ。  たった一つのメインスキルと、完成直前の補助スキル。  これが俺の全戦力だ。


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