第17話
*
アメリアはアイカという名の大槌を構えた後、”身体能力強化の魔術”で強化された剛腕でアイカの股を片手で掴み上げ、もう一方の手で”煙玉の魔術”を自身の足元に投げつける。
再び煙が立ち込めたことで大蛇は狙いをつけられなくなり、すぐさま首を横に薙ぎ払って二人もろとも攻撃するが、何がしかの”盾”によって防がれてしまう。
「極限まで能力を高めた”身体能力強化の魔術”であっても、大蛇の
薙ぎ払い攻撃によって煙が晴れる。するとそこには、アイカの体を使って首を受け止めるアメリアが立っていた。
魔術によって極限まで高められたアメリアの身体能力と、同じく魔術によって最強の盾となったアイカの肉体。イグニア最強の騎士は隕石すら防ぐ盾を手にしたことで、この瞬間のアメリアは少なくとも大陸最強となっていた。
「な、なぁ…一応言っとくが、アタシは”救世主”だからな?死んだら駄目なんだからな?」
あまりにも雑な扱いにアイカは困惑の色を浮かべる。
「貴女が言い出したことです。もう遅いですよ」
アメリアの目は覚悟が決まっており、アイカの憂いを払拭するような言葉は出てこない。
「そっか、うん、そうだような。大事に扱ってくれよ?」
「勿論です。傷一つないよう、丁重に扱わせて貰いますよッ!」
アメリアはそう意気込むと、アイカの足首を持ち手にし、両手で掴むと自身の体を軸にしてアイカごと回転させる。そして、振り回した勢いで、大蛇の首を”アイカの胴体”で思いきりぶっ叩いた。
あまりの威力に大蛇は呻き声を上げ、応戦する為に次々と別の首で叩きつけてくるが、アメリアはアイカの体で弾いて簡単に
「そんなものですかっ!」
全ての叩きつけ攻撃をアイカで弾いた後、アメリアは中央の首に向かって飛びかかり、アイカを振りかぶって蛇の鼻に叩きつける。大蛇は己の外皮よりも丈夫な”棍棒”となったアイカをモロに喰らい、その痛みから叫び声を上げ、首と胴体を大きく仰け反らせた。
「剣よりも効果的ですね。このまま行けば…!」
次の瞬間、大蛇は全ての首を勢い良く前に出し、深緑色の泥—即ち”毒”を一斉に吐き出した。
「まずいっ!?」空中にいたアメリアは避けることができず、咄嗟にアイカを盾にする。体がはみ出ないようにアイカの両手を広げたことで、アメリアは何とか毒を喰らわずにやり過ごした。
しかし、吐き出された毒の勢いは凄まじく、アメリアの体は大きく後方に吹き飛んでしまう。
イグニア式魔術を用いた”身体能力強化の魔術”で極限までその能力を高めていたがアメリアだったが、その代わりに、魔力不足で”身体保護の魔術”は発動しておらず、このまま壁に激突してしまえばひとたまりもない。しかし、彼女は一線を画す騎士でもあり、咄嗟の判断も一級だ。すぐさまアイカを壁に向けて衝撃を防いだことで、アメリアは事なきを得た。
「ふぅ…危なかったですね」
「危なかったじゃねぇよッ!」
一息ついたアメリアに対し、壁に埋もれていたアイカはその身を起こして怒号を浴びせつける。
「丁重に扱うって言ったよなッ!?」
「あ、アイカさん、無事で何よりです」
「”あ”じゃねぇよッ!アタシの体を棍棒みたい振り回しやがって、挙句の果てにエアバックみたいな扱いしやがってよぉ!」
そうは言いつつも、魔術発動前の傷以外、彼女の体には目立った外傷が無かった。アイカは一瞬胸を押さえて痛そうにするも、直ぐに抗議の眼差しを向ける。
「こんなに可愛いらしい少女の股を掴んで武器みたいに扱って、心が痛まないのか!後で殴られても文句は聞かねぇぞッ!」
「…可愛らしい少女?超野蛮な無法者の間違いでは?」
「手前ッ!」
余裕そうな態度から怪我は酷くなっていないのだろうとアメリアは安堵し、今度は興味深そうにアイカを観察する。
「それにしても…」
大蛇の毒光線を喰らっても尚、”服”すらも腐食していないアイカに、アメリアは好奇心に満ちた眼差しを向ける。
「アイカさんの”魔力濃度”は相当なものですね。”身体保護の魔術”では通常、衣服まで効果は及びませんが、現状を見るに、あらゆる体組織と、その周囲が保護されるようです。三色もある不可思議な現出流ですから、何か特別なもののようですね」
「何分析してンだよ…」
「いえ…そもそも”ゼス魔術”は発動しきりの、ある種”完成された魔術”です。もしかしたら、アイカさんが発動した”身体保護の魔術”は、我々が使うような”イグニア式魔術”とは似て非なるものなのかもしれません…うーん、世の中にはまだ、私の知らないことばかりのようですね」
アメリアが冷静な分析をしていると、後方から大蛇が這いずる音が耳に入り、二人は慌てて振り返った。
「しかしよぉアメリア。こっからどうするよ。打撃による損傷を与えてるみてぇだが、奴さんまだ元気そうだぜ?」
アメリアは溜息を漏らす。
「全く、とんでもない化け物がいたものです。私の称号も返上した方が良さそうですね」
「はっ!称号ってのは、貰った事実がありゃ何でも良いんだ。それだけで箔が付くんだからよ…って、そんなことはどうでも良い。それよりも、どうする?アイツが死ぬまで殴り続けるか?」
彼女は冷静に答えた。
「戦闘は長期化させるもではありません。それに、貴女の”魔術効果”がいつまで続くか分かりません」
「…魔術が解けるってことか?だったら、また発動するさ」
アイカの発言にアメリアは苦い表情を浮かべ、魔術についてのとある事実を伝える。
「基本的にはそれで良いでしょう。ですが、魔力は体力と同じで限度があります」
「走ったら疲れるように、魔術も発動したら疲れるってことか?」
「その通りです。現に、私の”魔力”は戦闘前よりも半分以下になっています。今発動している”身体能力強化の魔術”だけなら暫く持ちますが、保護魔術との併用や”火球の魔術”等の遠距離型魔術は厳しいですね」
アイカは納得した様子になった後、自身の体に耳を傾けてみる。
「つまり、アタシが今発動してる魔術の効果がきれたら、また同じ奴を発動できるか分からねぇと…?」
「ええ…因みに聞きますが、もう一回発動できますか?」
アメリアの疑問に、アイカは苦い顔を浮かべる。
「分からねぇが…当てにしない方が良いかもな。体の痛みとは別に、怠さを感じる。長距離走の後半手前って所だ」
「であれば、短期決戦で決める他無いようですね」
「勝算はあンのか?」
「あることにはありますが…現状の人数では実行に移せません」
つまりどうしようもない事を伝えるアメリアだったが、そんな彼女に、アイカは覚悟の決まった眼差しを向けた。
「何人必要だ…?」
「え…?」
生死をかけた共闘という濃密な時間を過ごした二人にとって、互いが何を言いたいのか、少ない言葉でも察し合うことができる。だが、それを認められるかは別問題であり、アメリアは不安げな表情を向けた。
「まさか…アイカさんが時間を稼ぐと?」
「分かってンじゃねぇか。おぅ、アタシが時間を稼ぐから、必要な人数連れて来いや」
「し、しかし…!」
「アタシが何もできねぇ穀潰しだと思ってるだろう?大丈夫だ、何とかしてみる」
その言葉が嘘であると、アメリアには簡単に察することができた。何もできないと初めに口にしたのはアイカであり、それは、アメリアを安心させる言葉に他ならない。であれば、その言葉は嘘である可能性が高く、アメリアは必死に止めようとする。
「貴女に何ができると言うのですか!現状、貴女は一種類の魔術しか発動できないのでしょう!?」
アイカは冷静に答える。
「…代案はあるのか?」
「それは…」
「だったら、あの化け物に勝てる方法は今のところ一つしかない。アタシが時間を稼いで、アメリアが必要人数を連れてくる…だろう?」
アメリアは必死に脳を回転させるも、良い代替案は浮かんでこなかった。
「大蛇は直ぐにそこいンだ、悩んでる暇はねぇぞっ!」
考えが湧かず、アメリアは断腸の思いで頷こうとした次の瞬間、
「お困りのようっすね!」
元気で快活な声が、二人の背後から発せられた。
*
アメリアは振り返り、今最も求めていた赤髪の少女の笑顔を視界に収めると、同じように満点の笑みを浮かべた。
「サリア、良い所に!」
「え!?あ…」
アメリアは嬉しそうだったが、その反面、アイカは気まずそうに顔を逸らす。
「何故ここに、救助活動は終わったのですか?」
「まだっすよ?救助対象がどっかに行って困ってたとこっす」
サリアは呆れた表情を浮かべ、救助対象であるアイカを細い目で見つめた。
アメリアを助ける前、アイカは同じ場所に留まると彼女に約束していたのだが、事情はともかく、アイカはその約束を破った自覚があった。
サリアの不満げな眼差しに一層と気まずく感じ、アイカは話を逸らすようにアメリアの肩に手を置く。
「そんなことよりよぉ!なぁサリア、手伝ってくれんのか?」
サリアは「むぅ」と頬を膨らませた後、溜息混じりに返事をした。
「あの化け物を倒すために人数が必要なんでしょ、アメリアさん?」
アメリアは一瞬、ただ一人の友人であるサリアを危険な目に合わせたくないと返事を渋るが、これ以上の適役は彼女以外にいないことは明白であることは変わらない。アメリアは”相棒”を信じた時のように、力強く頷いた。
「助かります。他にも頼みたいことがありますので、手短にお話しますね!」
アメリアは”身体能力強化の魔術”を解除した後、”盾の魔術”で前方に大きな膜を作って安全を確保をする。膜が邪魔で、大蛇がこちら側に来れない事を確認した後、アメリアは二人を呼びつけて自身の計画を告げた。
*
計画の為にサリアが修練場へと走り去った後、アメリアは大蛇との対決を再開させる。アメリアは”盾の魔術”が消えないように踏ん張り、額に汗を浮かべながら大蛇と対峙する。
一方の大蛇は、何かに急かされるように”盾”に向かって体当たりや毒を吐いており、その度にアメリアは苦悶の表情を浮かべていた。
「くっ…サリアが間に合うか、それとも、私の魔術が先に消えるか」
そんなアメリアを見兼ね、傍にいたアイカが彼女の肩に手を回した。
「大丈夫だアメリア、アタシがついてる」
「え…?」
何とも頼り甲斐のある言葉をかけてくれたアイカに対し、アメリアは思わず微笑んでしまう。
「ふっ…貴女がいて、私の魔力が回復するのですか?」
「お、おい…そんなこと言うなって。アタシだって役に立ちたいんだ」
「ふふっ、そんな寂しそうな顔もするなんて、アイカさんは思ったよりも可愛らしいのですね」
アメリアの茶化しにアイカは不服そうにするが、その手がアメリアの肩から離れることは無い。
「ウルセぇよ。そんな軽口を叩くくらい余裕なんだったら、嘘でも感謝しとけって」
「…アイカさん、ありがとうございます」
皮肉っぽく言ったアメリアに、アイカは鼻を鳴らして答える。
「気遣いが上手くなったもんだぜ」
「いいえ…?本当にそう思っているのですよ?」
唐突に発せられるアメリアの静かな声にアイカは動揺する。同時に、今まで茶化し気味に接してきた彼女が真剣な声色を浮かべたことで、その差異にアイカは昔忘れた恋心のような感情を思い出して背筋がゾワゾワするのを感じてしまう。
「貴女が傍にいるだけで、不思議と力が湧いてくるのです」
「な、何だよ急に…恥ずかしいじゃねぇか」
アメリアは、曇りのない真っ直ぐな表情でアイカを見つめた。
「何の力も無かったのに、それでも貴女は私を護ろうとしてくれました。それだけじゃありません。私を助けようと、無謀な戦いにも挑んで…」
「アメリア…」
「その姿に、私は勇気を頂いたのです」
恥ずかしげもなく繰り出される素直な言葉と、目鼻立ちの整った綺麗な顔に浮かぶ芸術のような微笑み。
アイカは思わず頬を赤らめ、その”やり口”を身を以て理解する。
これが、イケメン尻軽女の恋愛テクニックなのだと。同時に、彼女のストレス発散に付き合う女達の気持ちが少しだがアイカは理解できた。
恥ずかしげもなく真っ直ぐに臭いことを言ってくるような、こんな素敵な女性に口説かれたら抱かれても良いと思ってしまいそうになる。
「だからこそ、イグニアを護ろうと立ち上がれのです。それだけで—」
「口説いてるところ悪いっすけど、もう呼んできたっすよ?」
「はやっ!」
思わず突っ込んでしまうアメリアと、未だに頬を赤らめるアイカ。そんな微笑ましい様子を、一人の男が関心深そうに呟いた。
「…ふむ。これが噂に聞く百戦錬磨の口説き文句か。何とも情熱的で、国王の私ですら乙女になってしまった」
彼女達の背後には、納得した様子で何回も頷く国王ガイウスと、ニヤニヤするイグニアの騎士や魔術士達がいた。
「へぇ…そうやって女を落としてきたのか、危うくアタシも
サリアや国王の一連のやり取りを聞いて我に帰ったアイカは、人生で一番の怒りをアメリアに向けた。
「アイカさん!?いや、私はそんなつもりで言った訳じゃ…!」
「アタシに魅力が無いって言いてぇのかッ!あぁん!?」
アイカは腹立たしげにアメリアの肩を小突いた後、ぷいっと不満そうに顔を逸らすのだった。
「あぁあぁ後で謝らないと、女心を弄んだ罰っすよ」
「…うぅ、五月蝿いですよサリア!」
アメリアはサリアを蹴るが、サリアはひょいっと避けた。
「もうっ…それで、どうしてこちらに陛下が?避難されたのでは」
国王ガイウスは金色の前髪をほつれた糸のように垂らしながら、仕事帰りの中年男性のような溜息を吐きながら淡々と答える。
「救世主殿がここにいては避難しても意味がないのだ。だから、こうして”魔晶石”を持って馳せ参じた次第である」
国王はそう言うと、懐から”魔術式組み込み結晶石”を取り出した。
「修練場から”灯り”が消えて避難者は混乱しておる。”魔晶石倉庫”が大蛇の被害にあったから仕方ないとはいえ、避難者の為にも、早く決着をつけるのだぞ?」
国王に合わせるように、周囲にいた数十人の騎士や魔術師達も魔晶石を持ち上げた。
「あ…!皆々様方、お手数をお掛けします…!」
「全く…お主がこのような計画を立てるとはな。誰に影響を受けたから知らんが、もう少し”倫理観”を持つことだ。イグニア最強の称号が…って、いや、正しいのか?」
多くの者達が駆けつけてくれたことで、アメリアはこの戦いの”勝利”を確信する。そして、国王の独り言をよそに、アメリアは声高々に指示を出した。
「それでは皆さん!”爆発の魔術”を魔晶石に組み込み、ありったけの爆弾をアイカさんに取り付けてください!」
*
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