第50話

「えっ、嘘。こんなところで? もしかして撮影なんかしてないよね」

「あれでしょ。最近、辰馬さん達が叩かれているじゃない。それで狙って来たんだよ」

「マジで? 絶対許せない。辰馬さん達を攻撃する奴らは、私達の敵だから!」

「だよね。痴漢から守ってくれているのに、なんで責められなくちゃいけないの」

「あれって、痴漢を擁護しているのと同じじゃん。マジ、女の敵」

「大丈夫ですか。何か、嫌な事、言われませんでしたか?」

「私達は味方ですからね! そんな奴らが来たら、代わりに蹴っ飛ばしてやります!」

 辰馬や栄太達にまでそう声をかけてくれ、思わずうれし涙が出そうになる。

 だが感動している場合ではない。そこでここぞとばかり、話に乗っかった。

「有難う。でも気を付けて。あそことあそこにいるんだ。CMTのお兄さん達がなんとか壁になってくれているけど、いつ近づいてくるか分からないからね」

「そうやで。俺らは君らに背を向けとるから、栄太の嵌めとるスマートグラスでは撮影しとらへん。でもあいつら、どこに撮影道具を隠しとるかわからん。マジで盗撮しとるかもしれへんし、混乱に乗じた痴漢がいつ出て来るかも分からへん。変な事されたとか、おかしいと思ったらすぐ声を出すか、アプリで助けを求めるんやで」

 辰馬からも注意を促すと、彼女達は力強く頷いた。

「うん、わかった。今日は自分達の身を守るだけじゃなく、辰馬さん達も守らないとね」

 ただ前回のような騒ぎが起きても、テレビであのように広く言われてしまえば、帰れコールを口にはし難い。 第一、辰馬はそうした事態を望んでいなかった。

 さてどう対処すべきか、と栄太が頭を悩ましていた時だ。

 カーブに差し掛かったのか少し電車が揺れ、中にいる女性の一人が倒れそうになった。

 栄太の横にいた一番近い田端が反応し振り向き、彼女を支えようとしてぶつかった。その瞬間、「キャー!」と叫び声が上がったのだ。

 彼女はお尻に手を当て、素早く振り向き、キッと田端を睨んだ。

 反対側にいた辰馬達が驚いて振り向き、中にいた未知留達も目を丸くしていた。周囲の乗客達の視線も一斉に集まる。

 すると叫んだ子の隣の女性が口を開いた。

「この人、彼女のお尻を触った!」

「えっ、あっ、ごめん、い、いや、ち、違う、触ってない」

 指を差された田端は、あたふたと慌てて首を振る。だが叫んだ女性も重ねて言った。

「嘘! 触りましたよね!」

 詰め寄った彼女の間に栄太が割って入り、落ち着かせようとした。

「ちょっと待って。君とぶつかったのは確かで、それは申し訳ない。でも今のは、倒れそうになった君をこいつが支えようとしただけで、触ってなんかいないはずだ。誤解だよ」

「いえ、触られました! 見たよね?」

「うん! 私、見てました! 彼女がバランスを崩した時、どさくさにまぎれてこの人の右手がお尻に延びたの! そうですよね!」

 二人の女性が騒ぎ出した為、輪の外にいたコンチャイズム達までが大声を出し始めた。

「おお! とうとうやりやがったな! やっぱりこいつら、痴漢する為の行動だったんだ」

 画面に映る映像を見ていたらしい則夫の、思わず呟いた声が入る。

「これか。やられた」

「何ですか、やられたって。私は見ていませんでしたが、本当に触ったんですか」

 監視する別の社員らしき声も耳に入ったが、彼は否定した。

「いや、やってない。こいつらの狂言だ。多分コンチャイズム達とグルなんだよ」

 栄太もそう感じた。被害者ぶっているのは、辰馬達に気が付き声をかけて来た二人だ。コンチャイズム達を敵視した発言や自分達を守ってくれと頼んだのも、最初から仕組んでいたに違いない。そうして近づき、折を見てこうした騒ぎを起こす計画だったのだろう。

 則夫が同じく社員にそう説明すると、彼らは怒り出した。

「最悪! なんてことをするんだ、こいつら!」

「CMTやMMT側だけじゃなく、守られる側の登録者の中にも悪意を持つ人が紛れ込むかもしれないと危惧はしていたが、こういう作戦で来るとは。油断した」

「車両内の輪の中に痴漢仲間を引き込むんじゃないかと、打ち合わせでも話はしていましたが、これは防ぎようないですよ。それこそぶつかり男達と同じ、あたり屋じゃないですか」

 何とかしなくてはと、栄太が女性に言った。

「待ってくれ。俺が見ていた映像で、本当にこいつが触ったのかを確認してからだ」

「それって何ですか! 私が嘘を言っているとでも言うんですか!」

「そうですよ! 触られたこの子を疑うなんて、おかしいじゃないですか!」

 キンキンと高い声を張り上げる彼女達を、コンチャイズム達がさらに煽った。

「おお、そうだ! 見苦しいぞ! 痴漢をしておいて、被害者に難癖をつけるつもりか!」

「そうだ、やっぱりこいつら、痴漢が目的だったんだよ! 捕まえて警察に突き出そうぜ!」

 田端に手を伸ばし、取り押さえようとした彼らだったが、そうはさせるものかと栄太が間に入り、それを防いだ。

「おい、じじい、じゃまだ、どけ! そんなことを言って、逃げるつもりだろ! おい、そこの女! 次の駅で降りて警察を呼べ!」

 近藤達にはね退けられそうになったが、近づいて来た辰馬が体を押し込み壁となり、なんとか阻止した。周囲のCMTは、女性達と田端の間に立ってガードをする。

「まあ、待てや! 分かった! ホームに降りたら駅員と警察を呼ぶ! 俺達は逃げへん。お前達も見張っとればええ。せやから手を出すな!」

 辰馬の叫びに則夫が答えた。

「今、次の駅にこちらから通報した。着いたら駅員と警官がいると思う。それまで耐えて」

 その指示を受け、CMTの一人が言った。

「そうだ! 手を出せば、今撮っている映像を元に、後から暴行罪で訴えるぞ!」

 こちらが男性十二人に対し、コンチャイズム達は三人だ。それでも内四人は還暦を過ぎた年寄りだと侮ったのか、彼らは力で対抗しようと思ったらしく、掴みかかって来た。

 しかしそれを辰馬が一人でいなした。相手が前に出ようとする力を利用し、円を描くように動かした腕で横へと払う。

 彼らは転倒しそうになったが、何とか耐えた。車両内が余りに狭すぎるからだ。「てめぇ、この野郎! どけっ!」

 頭に血が上り、こちらが映像を撮っている事を忘れたのか、またはあくまでも現行犯による私人逮捕に拘っているのか、近藤は腕を振りかぶって拳を突き出した。

 だがこの程度のパンチなら、辰馬は簡単に避けられる。近くにいた栄太や田端達はそう思った。映像を見ている則夫もそうだろう。

 けれど彼はそれをまともに顔で受け止めたのだ。バチッと大きな音が、車両内に響く。

「タッチャン!」

 未知留が叫んだ。女生徒達の間で悲鳴も上がった。

 唇をわずかに切ったのか、口から僅かに血が流れている。

 しかし彼は平然とした表情のまま仁王立ちし、近藤を上から睨みつけた。

「何や、若造。そのへなちょこパンチは。そんなんじゃあ、このじじいは倒せへんぞ」

 ドスの利いた彼の迫力に、一瞬その場が凍った。

 だが無謀にも近藤はさらにパンチを繰り出し、それが再度辰馬の顔面を捉えた。「顔は駄目だ! 脳に衝撃を受けたら危ない!」

 栄太が隣で叫ぶと、則夫もマイクで大声を出した。

「もう十分だ! 相手が先に手を出した映像は、こっちでもしっかり捉えた。そいつらを暴行の現行犯で捕まえろ! 駅を降りれば警察も来る! あと田端さんは痴漢してない!」

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