第36話 第6章 入院―準
「辰馬君が入院したんだって。大丈夫なのか」
幹部会メンバーに一斉送信されたメールを見たのだろう。亨先輩が、準の携帯に電話をかけてきた。忙しくなかなか出られなかったが、ようやく対応できた際にそう尋ねられた。
「今のところは大丈夫です。ただ痛みを訴えた場所が場所だけに、現在精密検査中です」
「そうか。頭が痛いと言っていたようだけど、原因はこの間行ったフェスなのか」
「恐らく。電車と違い、相当騒がしく暑い場所に長くいましたからね。健康状態のいい若者でも、それなりに疲労が出る環境です。幸いてんかんの発作は出ていませんが、多少休憩を挟んでいたとはいえ、還暦過ぎた人が普段馴染みのない音楽を十時間近く大音量で聴けば、頭痛くらいはするでしょう。さすがの栄太さんも、しばらく耳鳴りがしていたようですし」
「そうだろうな。炎天下では無かったようだけど、夏の暑い最中に屋外フェスに参加する体力は私もない。それにリハビリで回復したとはいえ、辰馬君は三十年近く眠っていたんだ」
「はい。やはり無理が祟ったのだと思います。ですから検査結果にもよりますが、しばらくはゆっくり休ませるつもりです。今はまだ大学も夏休みなので、丁度いいでしょう」
「それがいい。だが本人はごねているんじゃないか」
「その通りですが、命あっての物種です。無理して何かあれば、多くの支援者達を裏切ってしまう。当麻さんからもそう強く言い聞かされて、渋々ながら今は大人しくしていますよ」
「はは。不貞腐れて唇を尖らせる彼の姿が目に浮かぶよ。ああ、平日だと夜遅くにしか無理だから、今度の土日にでも私は見舞いに行くつもりだ。とにかく今は落ち着いているんだね」
「はい。頭痛も治まったようです。ただ飛び跳ねて体をぶつけあったりもしたようなので、脳への振動が原因なのかをMRIやCT、脳波検査などで問題ないかを検査しています」
「そうか。彼が目を覚ます事が出来た要因は、まだ正確には分かっていないんだったね」
「はい。震災時の揺れが要因なら、逆に今回の脳への刺激で、再び眠りに落ちる可能性も否定できません。スイッチが入り目を覚ましたのなら、いつ切れるかも分かりませんからね」
「心労は尽きないと思うけど頼んだよ。晋先生がいなくなった今、頼みの綱は君や竜君だ」
「肝に銘じています。単に生きているだけでも奇跡なのに、彼は一般人以上の気力と体力を維持しているのでつい勘違いしがちですが、頭に爆弾を抱えているようなものですからね」
「うん。でも彼の目を覚まさせたのは、当時担当医だった君だ。今は息子の竜君が担当医のようだけど、私達は二人を信頼しているからね」
「有難うございます。先程も言いましたが、今は容態が安定しているのでご安心ください」
「分かった。ああそうだ。忙しいのに申し訳ないが、もう一つだけ。ネットでの騒ぎについては、君や辰馬君の耳にも入っているのかな」
「聞いています。実際にいくつか書き込みを確認しました。タッチャンも見ているはずです。そうだ。亨先輩の会社も攻撃されていましたね。大丈夫ですか。ご迷惑をかけていませんか」
「迷惑という程ではないよ。うちの社員が何か悪さをした訳じゃないからね」
以前電車内での痴漢を逮捕した件を皮切りに、辰馬達の過去がネット上で流出していたが、フェスでの騒動でさらに拡散されたのだ。最終的に厳重注意を受けた上で釈放されたユーチューバーやその仲間達による、腹いせに流した動画の影響らしい。
彼らは警察に身柄を拘束された不満について、仲間内で語り合う様子をネットに挙げた。その中で、辰馬達が同じフェス会場に居た点に触れ、彼らの過去について取り上げたのだ。
但し自分達が目論んでいた行動や、辰馬達の策略に嵌まった件は伏せていた。その上で単にフェス会場で動画撮影をしていただけで拘束されたと装い、自分達が迷惑行為で捕まるのなら、元暴走族やその仲間達を捕まえるべきだ、と意味不明な主張をしたのである。
そこで改めて辰馬達の過去が公になり、またどこでどう調べたのかは分からないが、一緒にいたのが竜や看護師や若也とその同僚、さらに亨先輩の会社所属の社員だとまで暴露されたのだ。その影響を受け、彼の会社にもそれが事実かの問い合わせが何件かあったらしい。
しかし単に休暇中の社員がプライベートでいただけであり、当然犯罪行為もしていないことから、会社も特に問題視しなかったという。
ただ一部の役員から、個人的に苦言を言われたと彼は言った。それは単に会社内の派閥争いで、CMTやMMTへの参加を後押しし評判を上げた亨先輩に対するやっかみに過ぎず、当然受け流して済ませたよと笑ってもいた。
「それはそうかもしれませんが、それにしても今後の活動がし難くなったのは確かですね」
「まあ、多少は影響があると思う。だけどMMTの活動は、鉄道会社から依然として喜ばれているし、警察からも感謝状を出したいとの打診があったくらいだ。正しい行いをしているのだから、胸を張っていればいいと私は思うよ。ただ辰馬君達の活動はどうかと思ってね。彼は入院しているから心配ないが、例えば栄太君などは風当たりが強いんじゃないかな。何か、聞いているかい」
「多少は。今度則夫が幹部会を招集すると言っていましたから、その時には詳細が分かるでしょうけど、交番相談員を辞めるかもしれないという話は聞きました」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。彼の過去に問題がなかったから、定年まで警視庁に在籍できたんだろう。その上交番相談員として再就職できているんだ。しかも四十年以上前、暴走族にいたというだけで、今更何の責任を問うつもりだろう。辞めることなどない」
「そうですね。ただ責任を取るというより、栄太さんは事なかれ主義の上の態度にうんざりしたようです。もちろんタッチャンも引き留めていましたし、恐らく考え直すと思いますよ」
「そうか。分かった。幹部会で話し合うなら、後はその時にしよう。忙しいところ悪かった」
そう言って電話を切った後、その日の夜遅くに則夫から連絡があった。
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