第9話 宿の客室
リウが馬を預けている馬宿は、日帰り客の馬も預かってくれるので今回利用したが、本来は馬宿に宿泊する客の馬を預かるのが本業である。
リウはふらつくミウをおんぶして、馬宿に向かった。
「おかえりなさい。もう、町を出るんですかね?」
馬を預けた際に、受け付けてくれた女将がリウに問う。
「いえ、本当はすぐに帰る予定だったんですが、妹の身体の調子が急に悪くなったので、今日は泊まりたいのです。部屋は空いてますか?」
「おやまあ、妹さんが・・・」
女将はリウに背負われているミウを見る。
「確かに具合が悪そうだ。真っ青な顔をしてるじゃないか。早く寝させたほうがいいね。ちょっと、ナンシー、さっきお客さんがチェックアウトした部屋、泊まれるようにしてきてくれないか?」
ナンシーと呼ばれた若い娘はこの宿の従業員なのだが、ちょうど、彼女の恋人から、こっそりと手紙を受け取っている最中だった。
「は、はい?」
慌てて手紙をエプロンのポケットに入れて、女将さんに向き直る。
「えっと・・・?」
「まったく・・・、ちゃんと話を聞いとくれよ。こちらのお客さんが泊まりたいって言ってるから、部屋を準備してきておくれ。」
「は、はい、今すぐにしてきますので、少々お待ちください。」
慌ててナンシーはその場から去っていった。
リウは宿泊代を払った後、ミウと一緒にロビーに置いてある椅子に座ってナンシーを待った。
ミウの胸元で、ネックレスの青いガラスがキラキラと光っている。ミウにもっと高いアクセサリーをプレゼントしたいと思っていたが、今回は安い物を選んでくれたことに感謝だなと思う。
待っている間にもミウの熱は上がり、ますます顔が青くなる。女将さんも心配そうにミウを見ていた。
しばらくするとナンシーが戻ってきた。
「掃除が終わりました。案内しますから、ついてきてください。」
リウはミウをおんぶしてナンシーの後を追ったが、案内された部屋を見ると、ベッドが一つしかなかった。
「すみません、今空いている部屋がここしかなくって・・・。」
「いえ、ベッドがあるだけでも助かります。ありがとうございます。」
「何か必要なものがありましたら、フロントにお申し付けください。」
そう言ってナンシーは部屋から出て行った。
リウはミウのローブを脱がせてベッドに寝かせたが、ミウはますます苦しそうな息遣いになり、ゴホッと咳も出てきた。
「ミウ、もう大丈夫だよ。変身を解いていいよ。誰も入ってこないから。」
「・・・うん・・・」
ミウの耳はシュルシュルと大きくなり、肌の色はますます青くなった。
「ゴホッ・・・ごめんね、帰れなくなって・・・。」
「お金のことなら心配いらないよ。今日はたくさん儲かったから、宿代ぐらい大丈夫だよ。」
ゴホッ、ゴホッとせき込み、苦しそうなミウの髪の毛をなでながら、安心させようとリウはできるだけ明るく言った。
「あのね・・・、父さんが生きてた頃、ゴホッ・・・ミウ、こんな感じの病気になったことがあるんだ。その時、ゴホッ・・・町に行って薬を買ってきてくれた。それを飲むとすぐに治ったよ。」
「薬の名前、何か覚えてる?」
「ええと・・・、確か・・・ゴホッ・・・フェブリなんとかって名前だったような・・・黄色い飲み薬だった・・・ゴホゴホッ」
話すのも辛そうなミウを見ていると、いてもたってもいられなくなる。
「今すぐ買ってくる。ミウはちゃんと寝てるんだよ。」
リウは部屋から出て行った。
だが、すぐに戻って、ドアを開けて顔だけ出してミウに話しかける。
「ミウ、鍵をかけておくから、絶対に誰が来ても開けるんじゃないよ。」
リウは薬屋に向かって急いだ。
部屋にミウを一人で置いておくことに、なぜか不安を感じる。何か嫌な予感がする。早く薬を買って部屋に戻りたい・・・。
リウが受付にいた女将さんに「妹のために薬を買ってきます」と言って宿を出たころ、従業員のナンシーは厨房の手伝いをしていた。
従業員が少ないこの宿では、ナンシーはいろいろな仕事をしている。部屋の掃除はもちろんのこと、今日のように客室が満室で忙しい際は、厨房に入って野菜を切ったり、洗い物をしたりととても忙しい。だから、恋人からもらった手紙を読むことをうっかり忘れていた。
今は、厨房の料理人に玉ねぎの皮をむいてくれと頼まれたので、せっせとむいていたのだが、玉ねぎの数が足りないことに気が付いた。そのことを話すと、料理人はすぐに買ってくるように頼んだ。
「はい。今すぐに買ってきます。」
買い物かごを持って厨房を出た際に、ふと恋人にもらった手紙のことを思い出す。
確かあの時、慌ててエプロンのポケットに入れたはず・・・
ナンシーはポケットに手を入れて手紙を探ったが、ポケットの中には何も入っていなかった。
「あれ? おかしいわね。絶対にポケットに入れたはずなのに・・・。」
どこに落としたのだろうかと、腕を組んでじっと考えていると、あっと思い出した。
「そうそう、女将さんに言われて急いで客室の掃除をしている最中に、エプロンから落ちたんだったわ。掃除が終わるまでテーブルの上に置いといて・・・って、そのまま忘れてきちゃったんだわ。お客様に読まれたら大変よ。早く返してもらわなくっちゃ!」
ナンシーは急いでミウが寝ている部屋に向かった。
「すみません、忘れ物をしたので中に入ってもよろしいですか?」
ドアをノックして声を出してみたが返事がない。
「あの・・・誰もいないのですか?」
耳を澄ませて、部屋の中の様子を探っても、部屋の中は物音ひとつせず静まりかえっている。
「そういえば、妹さんが病気だったわね。病院にでも連れて行ったのかしら? だったら今のうちに・・・」
ナンシーは部屋の合い鍵を取りに行き、ミウが眠る部屋のドアをガチャリと開けた。
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