第2話 速度特化は戦闘したい!
グンッと加速した体の感覚が、まだ眼裏に残っている。
「最高じゃん」
満足気に反芻した。
この力が満ち溢れている現代人にとっては不安定な体。まるで猛獣の背中にでも乗っているようだ。
だが、あの感覚と照らし合わせ、コツさえ掴めれば乗りこなせるだろう。
周囲のプレイヤーの怪訝な目線は、もはやどうでもいい。
俺は再び歩き出した。
気持ち的には今からでも走り出したかったが制御ができないだろう。
(今やるべきはせめて武器を用意し、ここよりもっと広く、試せる場所に行くことだ)
既に慣れた……とは言い難い不恰好な歩行ではあったが、俺はユズとして、落ち着いた仕草で周囲の喧騒を抜け、門へと続く大通りへと踏み出した。
初期地点から出てきたであろうプレイヤーたちがここでも溢れかえり、NPCであろう初期装備以外を身につけている人たちもいる。
しばらく体の動きを慣らしながら歩いていると、軒を連ねる店の中に、シンプルな剣のマークの看板を見つけた。
他の店より簡素ではあるが、初期装備なども扱っているかもしれない。
(ここだな)
俺は迷わず、その店の扉を開けた。
中には武器がずらりと並んでいて壮観だ。
短剣のような小さなものから大斧や盾のようなものまで、ある程度が揃っているらしい。
正直言ってまだ武器を何にするかは決まってはいない。試せるところなどがあるといいんだが……
そう考え少し武器を眺めていると急に声をかけられた。
「嬢ちゃん、何を探してるんだ?」
声が聞こえた方へ顔を向け、見上げる。そこにいたのはこの武器屋の店主だろうか、体鍛治仕事でできたであろう傷などがついている大柄だが優しい目をした男性だった。
「持ちやすくて、使いやすい短剣を探している」
俺はユズとしてそう答える。
「そうか、このあたりのだとは思うが……そうだな、裏庭で軽く試すか?」
いくつかの短剣を持ってきながら大柄な男は答える。
俺はそれに頷き、軽くこの武器屋の裏庭で試させてもらうことにした。
店主についていきながら裏庭に出る。店主も一応見守ってくれてるのだろうか、後ろで腕を組みながら立っている。
俺は一つ目の短剣をもつと軽く武器を振るう――しかしその勢いに体が追いついていないようで俺はふらついてしまう。
「……嬢ちゃん、まるで今までとは違う体に入ったみたいな危なっかしい振り方をするな」
ほとんど正解のようなことを言われながらも俺は体の重心のバランスをとり、真っ直ぐ立ち直す。
「俺は詳しくないが、体の制御に慣れていないなら武器なんて使うのは危ないぞ」
「……心配しないで、すぐ慣れる」
俺はそういうと先ほどよりは弱く、体のバランスが制御できる力の範囲で短剣を振るう。
それを眺めていた店主は呆れたようにいう。
「嬢ちゃん、それじゃ力が足りなすぎて魔物にダメージも通らないだろうな」
(……根本から認識を変えないといけなかったらしい。弱くすれば確かに制御は簡単になるが)
俺は力強く、しかし今までの歩行や振った時の体の反動を考えて振り直す。
「おっとと」
少しふらついてしまったが、及第点だ。
少なくとも立って武器を力強く振るうということには成功した。
しかし……初期ステータスですら現実の数倍も明らかに力がある。
だからアシストがほとんど必須なのか……そう納得できてしまう。
「飲み込みは早いのになんで今の今まで嬢ちゃんはできてなかったんだ?」
「……いや、そうか、今日が『ぷれいやー』とやらが来る日だったか」
「アドバイスしてくれてありがと」
店主は何かぶつぶつと言っていたが……俺は構わず礼をする。
「で、そいつでいいのか?」
店主は俺が手に持っている短剣を指差していう。
「うん、そのつもり。この短剣なら慣れるのも早そうだから」
他にも試しても良かったが……今はこの力を早く実戦で使いたい。
「じゃ、金貨2枚と銀貨5枚くらいだが……ま、サービスでまけといてやる。金貨2枚だ」
大体初期の所持金の半分くらいか……相場とかはわからないが。まあ、すぐに稼げるだろう。
「はい、これ」
俺はメニューを操作し金貨を出す。
「おう、じゃあ頑張れよ」
「もちろん」
俺は名も知らない武器屋の店主に送られて、店を出た。
「じゃあ、戦いにいこっかな」
俺はそのまま門まで歩いた。ここまで歩くと流石に俺も普通に歩くという行為に慣れ出してきたらしい。
あまり意識せずとも歩けるようになってきた。
ここまで、いろいろな店もあったが……何より早く戦いたかった。
門の前には兵士がおり、街へ出入りするものを確認している。
俺もそこをそのまま通過していく、どうやら、特に通行証のようなものは必要ないようだ。
街を出て少し歩き、街道から少し外れるとうさぎ型の魔物がいた。
「きゅるぅ」
魔物は呑気に前足で頭を掻いているようだ。
「よし、まずは……」
俺は短剣を逆手で持ち……今までとは違い力を込め、駆け出した。
――今!
うさぎ型の魔物に極限まで近づいた瞬間相手が動き出すより前に俺は体を翻し、体の感覚に任せて短剣を振り下ろす。
「やった」
見事にうさぎの頭を俺が振り下ろした短剣は貫いた。この速度でも正確に振り下ろした短剣は、俺の技術の証明でもあった。
「楽勝じゃん」
俺の口角はにやりと上がっていた。
「次は……アクティブスキルを試そう」
そう、あの時選べたスキルは合計で3つ。その中でも一時的に自分の速度を増加するアクティブスキルも取っていた。
倍率は――二倍。
ただでさえ通常のプレイヤーより圧倒的に速い俺が、一時的ではあるがさらに速く動ける。
「ターゲットはっけーん」
俺はユズとして話しながら次の獲物に狙いを定める。次も同じくうさぎの魔物。
「加速」
加速を使い、最高速度で駆け出す。しかし――
「とまっとまんない!?」
ブレーキは全く効かない。地面を踏みしようとしても足が地面に触れられない。
俺の体はそのまま宙へ浮かび、まるで制御不能な弾丸のように吹き飛ばされる。
全身を打ち付けるような鈍い衝撃が俺を襲う。
10mほど先の固い地面に俺の体は受け身も取れずに叩きつけられ、視界がチカチカと瞬いた。
体が痺れている。
「こんなとこまでリアルな……」
考えが足りなかった。
こんなことは聞いていなかった。それもそうだろう。いくら早くてもアシストがあればこうはならなかった。
「失敗……? いや、何か方法はあるはず」
地面から体を起こしていると、こちらへ向かってくる影があった。
先ほど狙ったうさぎの魔物だ。
俺はそれを回避しようとし、不恰好なまま動き出す。反射的にクソゲーで培った回避を行おうと動こうとしたが、俺の体は言うことを聞かない。
「クソ……動けよッ! 俺の体ッ!」
思わずユズとしての言葉遣いが崩れてしまうがそれどころではなかった。
うさぎが目の前に見える――回避は間に合わない。いや、この速度なら別に回避なんて……
一瞬のうちに俺が感覚的に導き出した結論、それは。
短剣を手に取り、うさぎが到達する前に殺しきることだッ!
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