速度特化は地雷らしい

ふわりねむ

第1話 速度特化と始まりのスキル

 目を開くと、広い草原。

 素足に伝わる土の温度、顔を上げると正午の位置にある太陽が目に焼き付けられるように眩しく、ジリジリと体に熱が当たっている。

 風が吹いた。

 小さな風ではなく、少し長く、一直線に来たかのような風。

 草を風がかき分けながら俺の体にぶつかり、通り抜けていく。

 草の匂い、少し遠くにある花らしき匂い。

 湿気を含んだかのような心地の良い涼しい風。


「そりゃ、新しい現実なんて言われるわけだな」

 

 全てが今までのVRゲームを一蹴するかのような段違いな感覚。


 一部運の良かった人間だけができた半年前のβテスト、そこに参加した人間は皆口を揃えて言ったのだろう。

 

「これはゲームではない、新しい現実だ」と


その言葉が、今この大地に降り立ったことで真実だと理解できた。

 

「World Revolve Onlineへようこそ」


 まるで俺がこの世界に浸っていたのを少しの間待っていたかのようなタイミングでのゲーム内音声。

 そして、目の前に半透明のウインドウが現れる。

「ユーザーネームを入力してください」


 もちろん決めていた、この日のためにβテストの情報を調べ、何をするか、どんなロールプレイにするかを決めてきたんだ。


 ユズ そう入力する。


「ユズで問題ありませんか?」


 OKボタンを押し、引き続き進めていく。


 その後はキャラクタークリエイト。

 今現在は現実の身長、性別を元にしたデフォルトアバターらしい。

 目の前にはアバターの見た目が確認できるウィンドウ、そして設定項目など書かれたウィンドウが展開されていく。


 どんな仕組みかは知らないが自分の頭の中でイメージしたものを出してくれたり、絵を描いたならそれを元に作ってくれるらしい、3dモデルなども判定して問題ないのならそれに近いようになるみたいだ。


 元々考えていた物をだし、その細かい部分を確認し、完成。


 ショートの銀髪に白い肌、青色の目をしている。身長は低めだが、華奢ではない、足はよく見ると程よく筋肉があり、しっかり戦える見た目をした女の子ができていた。


「せっかく新しい現実に生きるならこだわって好きな見た目にしたほうがいいしな」

 そう言い、俺は完成したアバターを見ながらOKのボタンを押す。

 

「この見た目で問題ありませんか? 尚、ゲーム内で一度だけ変更が可能です」


 一応最後に確認し、返事をする。


「ああ、この見た目で決定する」

「わかりました。では、ボーナススキルポイントの割り振りと初期ステータスの割り振りをおこなってください」


 この世界には種族だとか職業だとかは少なくともプレイヤーが選べる範囲にはないらしい、一律人間スタート。

 ボーナススキルポイントで取るものは具体的には決めていないが方向性は決まっていた。


 俺がこの世界でユズとしてどういう成長をするのか、それは──


 速度極振りだ。


 速度はロマン、一撃の力は少ないが相手を翻弄し、手数で対抗する。

 耐久は低いが全てを避ければ実質的に無敵。


 なにより、速度ってのは自由だ。あの極限の回避、脳や体を疲労させる感覚、その技術は他に依存しない俺の物と言える。

 それに、かっこいいしな、速いって。


 無論、こんなことを考えてる奴は他にもいっぱいいるだろう。

 現にβテストではいろんなステータスの極振りが行われた。

 実際は他のゲームのように際限なくレベルアップでステータスが伸びるわけではないためスキルの掛け合わせなどでだが……


 その結果、速度特化は地雷、不可能と言われた。


 もちろんβテストにも天才はいて、彼は6倍速ほどの世界で戦えていたらしいが……結局辞めてしまったらしい。

 もちろんその天才は俺じゃない。


 結果どうせ極振りするなら火力だとかの方がいいとの結論になっている。


 でも、俺にはこの速度に追いつける勝算がある。

過去にクソゲーと言われた人間の体幹や反応速度を度外視したあのVRゲーム。コンマ数秒の遅れすら死に直結してしまう世界で掴み取った。俺だけの感覚。


 その感覚を再現できるかもしれないスキルを、見つけていた。

 βテスター達が「人外専用」「自殺志願者用」と切り捨てた、しかし一部の人間が使っていたとも言われる不遇だが、何かがあるスキル。


 ──【全手動操作】


 システムによる姿勢制御、武器、魔法などの所謂アシストを切ってしまうスキル。


 普通の人にとってはメリットなんてなく、せいぜい現実で鍛錬をし、剣術などを使う人が型に縛られずに自分の剣術などを使うために生み出されたとの話があったスキルだ。


 このスキルならば、速度とあの『感覚』を両立できるだろう。

 迷わずそのまま決定ボタンを押し、全ての項目を完了した。

 

「どうか貴方の旅路にエルドラシオンの加護が……いえ、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎の加護があらんことを」


 うまく聞き取れなかった。そうしている間に体の感覚も代わり、視線の高さなどが変わるとともに草原がポリゴンのように崩れていき──


 浮遊感。


 そして次の瞬間、靴越しに感じるのは土ではなく硬い石畳の感覚だった。


「やっべえ! まじで異世界じゃねえか!」

「人多っ! これ全部プレイヤーなのかよ」


 視界が戻ると、そこは喧騒の中。

 石造の巨大な広場、周りには初期装備をつけている多種多様なプレイヤーたちが溢れかえり、感動の声を上げていたり、それに負けないように待ち合わせているフレンドを探す大きな声も聞こえる。


 ここが始まりの町『レオラリア』だ。分厚い石壁に囲まれた、新参プレイヤーたちの最初の拠点。その中央広場には、プレイヤー達の熱気が渦巻いている


「さて……」


 俺──いやユズは、自分の手を見下ろす。白く華奢な手。

 しかし簡単に折れるような手ではない、この体にはそれだけの力が満ちている。


 周囲のプレイヤーはシステムによるアシストのおかげで現実とは違う人間を超えた力の中でも難なくと歩き、動けている。


 だが、俺は違う。


 【全手動操作】


 このスキルはこの現実を超えた超人の肉体に対するブレーキや制御すらも無くしてしまう。

 さらに俺は初期ステータスを全て下限まで削り、速度に注ぎ込んでいる。


 俺は深く息を吸い、広場の出口に向かって――ただごく普通の一歩を踏み出した。


 グンッ!!


 普段歩いている通りの『歩行』のつもりだった。

 だが、システムのブレーキがない足、そしてこの体は俺が想像した十倍の力で地面を蹴り付けた。


 景色が歪む――体が瞬間的に加速し、まるでスケートリンクを滑るかのように制御不明のままおよそ5メートルほど前方に滑り出す。


「ッッ!」


 反射的に、かつてクソゲーで培った『体幹』『反射神経』、そしてあの『感覚』。

 体が前のめりに倒れる前に足首、そして腰の筋肉を極限まで硬直させて急停止する。


 周囲のプレイヤー数名が「え、何その変な動き……」と怪訝な視線を送ってくる。


 汗ひとつかいていない体だが、今の一瞬で脳がフル稼働したかのように疲れが来る。


 (……これが【全手動操作】。歩くことすらここまでの集中力が必要なのか)


 その代わり、この一瞬の歩行でわかった。

 これは、他の奴らの『全力疾走』の初速を凌駕した速さだと。

 


「最高じゃん」

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