第11話 呼び声の正体

世界が裂けた瞬間、

空気が反転するような圧が押し寄せた。


森の匂いが消え、

代わりに“無”の風が吹き抜ける。


黒い粒子が雨のように降り、

地面に落ちるたび微かに歪んだ音が鳴った。


影の俺が、裂け目の向こうに立っている。


穴の中心で揺らめく黒いシルエット。

線だけで構成されたような身体。

そして──空洞の目。


なのに、確かに“俺の顔”だった。


「やっと、ここまで来れたね」


声は俺とまったく同じ響き。

ただ、わずかに“古い記憶”の匂いがした。


「誰だ……お前」


問うた瞬間、空気がひとつ震えた。


影の俺はゆっくり手を伸ばす。


「誰だ、じゃない。

 “僕ら”は──ひとつだよ、シン。」


鳥肌が一気に立つ。


“僕ら”。


なぜそれが、自然に聞こえてしまうのか。


(……知っている? こいつのことを)


心の奥の奥、

普段意識できない場所に、

小さく何かがざわついた。


取り戻せ、という言葉。


元の場所へ、という声。


全部、影の俺と同じ響きだった。


思考が引っ張られる。

感情が手を取られるように動く。


(戻らなきゃ……?)


その瞬間、俺の腕を誰かが掴んだ。


「ダメ!!」


ルフェリアだった。


彼女の手は震え、必死に俺を引き寄せていた。


「シン、聞いて……!

 あなたは“呼ばれている”だけなの。

 それはあなたの意志じゃない!」


「……呼ばれてる……?」


ルフェリアは涙をこらえるような顔で続ける。


「あなたは……“以前にも深層に触れた”のよ。

 本来なら戻ってこられなかったはず……

 でもあなたは境界を越えてしまった……!」


(……以前?

 俺、覚えてない……)


影の俺が笑った。


「覚えてるよ。

 ただ、思い出せないだけ。」


その声が、胸のどこかを刺した。


(なんでそんな言い方を……)


影はさらに言葉を重ねる。


「深層の底には“始まり”がある。

 君が触れたのは、その一部。

 本来の君は、もっと深いところまで行けたはずだ。」


ルフェリアの顔が強く歪む。


「やめて!

 シンを引き込まないで……!」


「隠してるのは君の方だよ、ルフェリア。」


影の俺が彼女に向けて笑う。


「ねえ──彼女、本当は知ってるよ?

 僕と君の“関係”を。」


「っ……!」


ルフェリアが息をのんだ。


影はゆっくりこちらに手を伸ばす。


「さあ、帰ろう。

 “本当の世界”に。」


森の色が薄れ始める。

現実のレイヤーがゆっくり剥がれていく。


ルフェリアが叫ぶ。


「シン!!

 その手を掴んだら──あなたはもう戻れない!!」


影の俺の指先が、俺の手に触れかける。


世界が白くはじける。


(俺は……)


影の俺の目の奥で、

なにか“懐かしい景色”が揺れた。


(どこかで……見た……)


そして──影が囁いた。


「思い出してよ、シン。

 “君は初めからここにいた”んだ。」


世界が、裂けた。

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