第2話 視える少女

草原を満たす淡い青白い光は、どこか現実離れしていた。

空には雲ひとつなく、風の代わりに金色の粒子が漂っている。


粒子は触れれば溶けるように揺れ、

その動きがまるで“誰かの気持ち”そのものみたいだった。


「……視えているのね。“そのままの形”で。」


銀髪の少女は、穏やかな声でそう言った。


近づくと、彼女の周囲には薄い金色の波紋が広がっている。

安心、興味、落ち着き……

その全部が光として漂っていた。


「あなた、珍しいわ。

感情の粒子を、色で見ているんでしょう?」


「……感情? これが……?」


少女は小さく頷いた。


「ええ。この世界では、感情は空気と同じように“流れる”の。

怒りは赤い稲妻、悲しみは青い霧、

喜びは金の粒子……そうやって色になるの。」


少女は一歩だけ近づき、俺を覗き込んだ。


「でも、あなたの視界はそうじゃない。

あなたは“線”まで視えてる。」


「……線?」


少女は指先で金の粒子をすくい上げるように動かす。

すると、粒子の裏で淡い“揺れ”の線が震えた。


「これが見えるってことは……

あなた、相当特殊よ。普通の人には視えない。」


「俺は……ただ、ノイズが多いだけだと思ってた。」


「ノイズじゃないわ。」

彼女は首を横に振る。


「あなたは“構造”を見ているの。

感情の裏側にある、世界の設計図みたいな線。」


そう言った瞬間、俺の視界がまた変わった。


喜びの金色の粒子の奥に、細い線の束が映る。

それぞれが互いに影響し、意味を持って流れている。


怒りの赤い稲妻には歪んだ線が絡み、

その根元へ向かって黒いひびが伸びていた。


悲しみの青は、沈むような緩い曲線を描いている。


(……全部 “理由”がある線だ。)


「あなた、名前は?」


「……シン。」


少女は柔らかく笑った。


「私はルフェリア。調律師をしてるの。」


「調律……師?」


「感情の流れを整える仕事よ。

乱れている揺れを優しくほどいて、

街に溜まった感情を“調律”するの。」


歩き出すルフェリアの後ろをついて行くと、

草原の奥に白い街が見えてきた。


「この世界のこと、ちゃんと説明するね。

あなたに“見えてしまう”理由も。」


金色の粒子が風の代わりに揺れ、

その後ろで、ルフェリアの金色の波紋が静かに光っていた。


(……この世界は。

現実よりずっと“やさしい”のに、

どこか哀しさを抱えている。)


そんな空気が胸の奥で静かに震えていた。

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