世界平和よりイチャラブ優先! クールな相方を「開発」したいガチ恋オタクな私ですが、向こうの愛と性欲が重すぎて今日も朝まで勝てません
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第1章:研究対象(推し)は相方です
第1話 魔法少女はキスのついでに世界を救う
午後三時四十二分。南西からの微風。気温二十三度、湿度五十二パーセント。
絶好の観測日和だ。
私はポケットの中でカチリ、とストップウォッチのボタンを押した。
「……ん。なに、あかり」
私の視線に気づいたのか、隣を歩く月城シズクちゃんが、不審そうに眉を寄せる。
その角度、推定十二度。
不快感を示しているようでいて、実は構ってほしさが滲み出ている神の角度だ。
「ううん! なんでもないよ! ただ、今の風に揺れるシズクちゃんの前髪が、世界遺産級に尊いなって思って!」
「……ばか。また変なこと言って」
シズクちゃんが顔を背ける。
耳朶が微かに桜色に染まっていく。
その速度、約一・二秒でピーク到達。
――よし、記録更新。
私の脳内ハードディスクにある『月城シズク・照れ顔アーカイブ』に、今の至高の映像が保存された。
フォルダ名は『放課後・帰り道・微風・ツンデレ』。容量なら無限にある。私の脳みそは、シズクちゃんを記録するためだけに存在していると言っても過言ではないのだから。
私は陽向あかり。
表向きは、明るさが取り柄の普通の女子高生。
しかしその実態は、相方である月城シズクを崇拝し、彼女のあらゆる生態を研究・分析・記録する、ガチ恋マッドサイエンティストである。
そして、もう一つの顔は――。
『グオオオオ……! リア充、爆発しろぉぉぉ……!!』
突如、空間が歪んだ。
アスファルトから黒い泥のようなものが噴き出し、見るも無惨な形状の怪人が姿を現す。
その背中には『孤独』という文字がドス黒く渦巻いていた。
出た。
世界を絶望で染めようとする悪の組織の怪人だ。名前は知らないし、興味もない。
私にとって重要なのは、彼らが「シズクちゃんと合法的にイチャつくための舞台装置」であるという事実のみ。
「……はぁ。また出た」
シズクちゃんが、心底めんどくさそうに溜め息をつく。
その唇の艶めき。憂いを帯びた瞳の陰り。
――美しい。
怪人の出現により、日常モードから戦闘モード(=私の護衛対象)へと切り替わる瞬間の、この張り詰めた空気。たまらない。
「シズクちゃん! 変身しよ! 今すぐ! 秒で!」
「……あかり、声でかい。あと、そんなに嬉しそうにしない」
「だって、変身しないと戦えないし!」
嘘だ。
本当は、変身プロセスで発生する魔力供給が目当てだ。
私たちの魔法は、「愛」をエネルギー源としている。
つまり、イチャつけばイチャつくほど強くなるシステムなのだ。これを考案した神様には、菓子折りを持って挨拶に行きたいレベルである。
「……わかった。手、出して」
シズクちゃんが、呆れたように、けれど拒むことなく白い手を差し出してくる。
来た。
私の計算では、ここで普通に手を繋ぐだけでは変身効率(=ラブ・ボルテージ)は六十パーセント止まり。
敵はそこそこ大きめの『嫉妬』タイプ。一撃で浄化するには、少なくとも百二十パーセントの出力が必要だ。
ならば、採用すべき戦術プランは『C』。
『不意打ち・密着・ゼロ距離』だ!
「えいっ!」
私は差し出された手を取ると同時に、強く引いた。
シズクちゃんの華奢な体が、遠心力で私の胸元へと飛び込んでくる。
「っ、ちょ、あか――!?」
驚くシズクちゃんの腰に腕を回し、逃がさないようにロック。
そのまま、まだ状況を理解しきれていない彼女の耳元へ、唇を寄せる。
呼気中の湿度と温度を調整。
もっともゾクリとくるであろう、低めのトーンで囁く。
「……シズクちゃん、今日もいい匂い。大好き」
ビクッ、と腕の中の体が跳ねた。
よし、反応良好!
脈拍上昇を確認。体温急上昇。
私の胸に押し付けられたシズクちゃんの心臓が、早鐘を打っているのが振動として伝わってくる。
カッッッ!!!
その瞬間、私たちの体から眩いピンク色の光が迸った。
愛のエネルギーが物理法則を無視して質量を持ち、光の粒子となって世界を包み込む。
変身シークエンス、開始。
『グ、グアアアア!? なんだこの甘ったるい光はぁぁぁ!!』
怪人が苦悶の声を上げるが、完全に無視だ。今の私には、光の中で衣装が再構築されていくシズクちゃんの神々しい姿しか見えていない。
制服が光に溶け、フリルたっぷりの魔法少女コスチュームへと変化する。
太ももを締め付けるガーターベルト。ふわりと広がるスカート。
そして何より、露出度が三割増しになった背中のライン。
ありがとうございます。録画機能付きのコンタクトレンズを装着していて本当によかった。
「……変身、完了……」
光が収まると、そこには《マジカル・ムーンライト》ことシズクちゃんと、《マジカル・サンシャイン》こと私が立っていた。
「ふぅ……。あかり、さっきの変身……ちょっと強引すぎ」
シズクちゃんが、スカートの裾を直しながら睨んでくる。
その頬はまだ赤い。
潤んだ瞳が、私を責めるように、絡め取るように見つめてくる。
「ごめんごめん! でも見てよ、魔力充填率百五十パーセントだよ! これなら楽勝だね!」
「……そういう問題じゃない。心臓、まだうるさいんだけど……どうしてくれるの」
「えっ、本当!? 聴かせて!」
私は聴診器代わりの耳を、シズクちゃんの胸に当てようと身を乗り出す。
『おい! 無視するな! 我は孤独の――』
「――うるさい」
シズクちゃんが、私に向けた甘い視線を一切変えずに、右手だけを怪人の方へ向けた。
その瞬間。
彼女の掌から、桁外れの魔力が奔流となって放たれた。
ドォォォォォォォォォォン!!
「ギャアアアアア! 理不尽だぁぁぁぁ……!!」
怪人は何もさせてもらえないまま、シズクちゃんの「邪魔だ」という殺意(愛の裏返し)の波動を浴びて、星屑となって消滅した。
戦闘時間、わずか三秒。
「あーあ、可哀想に……。シズクちゃんとのイチャラブを邪魔するからだよ」
私は消えゆく敵に合掌し、すぐに視線を最愛の推しに戻した。
「すごいよシズクちゃん! 今の攻撃、過去最高出力だったんじゃない? やっぱり私の『耳元囁き作戦』が効いたんだね!」
私はデータ収集のためにストップウォッチを取り出し、記録をつけようとする。
けれど。
ギュッ。
私の手首が、思いのほか強い力で掴まれた。
見上げると、変身が解けたシズクちゃんが、私の目の前に立っていた。
前髪の隙間から覗く瞳は、どこか昏く、そして熱っぽい。
「……あかり」
「は、はい?」
「……敵、いなくなったね」
「う、うん。瞬殺だったね」
シズクちゃんが一歩、踏み込んでくる。
私は思わず一歩、下がる。
背中が街路樹の幹に当たった。逃げ場がない。
「……さっき、好きって言ったよね」
「言った! 言ったよ! 事実だし!」
「……耳元で、あんな風に」
シズクちゃんの手が、私の頬を包み込む。
その手は冷たいのに、触れられた場所から火傷しそうなほどの熱が伝染してくる。
あれ?
私の計算では、ここでシズクちゃんは「もう、調子に乗らないで」と顔を背けて終わるはずだった。
それが、どうしてこんなに、獲物を追い詰める肉食獣のような目をしているの?
「……私が、あれくらいで満足すると思った?」
「えっ」
「……火をつけたのは、あかりだよ」
シズクちゃんの顔が近づいてくる。
吐息がかかる距離。
甘いシャンプーの香りが、思考回路をショートさせる。
「ちょ、シズクちゃん、ここ外……!」
「……誰も見てない。見てても、関係ない」
重なる唇。
私の計算なんて、すべて吹き飛ばすような、深く、濃密な接吻。
ストップウォッチが手から滑り落ち、カチリ、とアスファルトに音を立てた。
ああ、困る。
これじゃあ記録が取れない。
今のシズクちゃんの心拍数も、体温も、キスの圧力も、すべてデータ化しなければならないのに。
私の脳内メモリは、「幸せ」というエラーコードで埋め尽くされて、何一つ思考できなくなってしまった。
(……変だな。シズクちゃん、いつもより積極的……? もしかして、変身の副作用で魔力が暴走してるのかな?)
薄れゆく意識の中で、私はそんな的外れな仮説を立てていた。
目の前の美少女が、魔力など関係なく、ただ単に私への執着と独占欲を持て余しているだけだという真実に、気づくこともなく。
「……ん。……あかり、帰ろ」
数分後、ようやく唇が離れると、シズクちゃんは満足げに目を細め、私の手をぎゅっと握り直した。
その強さは、絶対に離さないという意志表示のように痛かった。
でも、それすらも愛おしい。
「う、うん……帰ろう、シズクちゃん!」
私はへらりと笑って、少しふらつきながら、彼女の後をついていく。
繋いだ手から伝わる熱が、私の心を溶かしていく。
今日の研究結果。
『月城シズクは、今日も世界一可愛い。そして、キスは世界を平和にする(主に私の脳内を)』。
以上、報告終わり!
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